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玉座を破壊されて、その足で地面に立った魔王は、暗い瞳をミヨリに向けてくる。ドス黒い殺気を視線に込めて、口を開いてきた。
「オオオオオオオオオ……!」
咆哮をあげると、膨大な魔力が奔流となってあふれ出す。
それによって視界が上下に揺さぶられ、地鳴りがした。天井から細かな埃が落ちてくる。
:なんだこれ!
:ボス部屋が揺れてる!
:また地震か!
:もう地面が崩れたりしないよね?
広間を震撼させる揺れが激しくなっていくと、綾乃たちは歯を食いしばって警戒する。
――ピシッと亀裂が入った。
ピシピシピシッと亀裂はひろがっていき、ボス部屋を取り囲んでいた四方の壁が一斉に音を立てて崩壊する。もともと広かった空間がひらけて、さらに広大なフィールドとなった。
:ほげええええええええええええええええええ!
:壁が破壊されたあああああああああああああああ!
:ボス部屋がめっちゃ広くなったああああああああああ!
こんな現象を目の当たりにするのは初めてだ。それに魔王がまとう魔力が爆発的にふくれあがった。一気に何段階も強化された魔王に、綾乃たちは鼻白む。
:魔王の魔力が爆増したっぽい!
:もともと押さえ込んでいた力を解き放ったのか!
:いや待て! 魔王の背後に何かが……!
魔王の後方に、魔力が凝縮されていく。それによって、宙に大きな魔法陣が浮かびあがる。描かれた魔法陣はまばゆい光を放ち、形を持ったものを召喚してきた。
超大型の巨人さながらにそびえ立つソレは、額に三本の角を備えた悪魔。鋼鉄の塊のような肉体は、堅牢な城塞そのものだ。はるか頭上から鋭い眼光で、ミヨリたちを見下ろしてくる。
その召喚された巨大な悪魔の身体には、千手観音よろしく何十本もの腕が生えていた。
:なんだよあれえええええええええええええええ!
:魔王が背後になんか守護神みたいなの召喚してきたああああああああ!
:魔神!
:デカすぎだろ!
:マジで生きてる巨大な石像みたいだ!
:てか腕が何本も生えてる!
:身体の左右や背中から生えまくってる!
:ざっと見ただけでも三十本以上は腕があんぞ!
魔王が背後に召喚してきた超大型の魔神は、視聴者たちだけでなく、綾乃たちにも絶望感を与える。
あの魔神は、人間がまともに刃向かっていい相手ではない。伝説のなかに登場する邪悪な神そのものだ。
途方もないサイズの魔神を見あげる綾乃たちは冷や汗をかいて、全身から力が抜けていった。
魔王が暗い瞳で見つめてくる。ミヨリは左側へと跳んだ。その直後に、爆撃が起きる。ミヨリが立っていた地面が吹き飛んで、陥没した。
:なんだ!
:いきなり爆発した!
:魔神の姿がブレたような気がしたけど……?
「あの大きな魔神さんがパンチを打ってきたね。拳が飛んでくるのが速すぎて、いきなり爆発したように見えたんだよ」
:マジかよ!
:あんなデカイ拳でパンチしてきたのか!
:速すぎてぜんぜん見えねぇええええええええええええ!
:探索者だけどなんも見えんかった……
:トップの探索者でも、あの速度の攻撃はよけきれない!
:探索者ニキたちも目で追えなくて困惑しとる!
:ムラサメちゃんたちも何が起きたのかわからずポカ~ンなってる!
:デカイ拳で神速パンチを打ってくるとか怖すだろ!
:しかも威力がやべぇ!
:いきなり爆撃が襲ってくるようなもんだ!
:腕がめっちゃ生えてるけど、あれぜんぶから神速パンチを打ってくるのか!
ミヨリは指先にバチバチと黒い電撃を弾かせると、魔神を指差した。黒い稲妻を撃ち出す。
影の力がそそがれた稲妻は宙を駆けていき、魔神に直撃する。だが、弾かれてしまい、遠方で轟音を鳴らして散っていった。
:ミヨリ様の雷魔法が通じないだと……!
:なんで効いてないんだ!
:ていうかよく見たら、魔王と魔神の身体が光ってないか?
毅然と佇む魔王と、その背後に浮遊する巨大な魔神は、暗色に光るベールをまとうように、全身が闇のオーラによって包み込まれていた。魔王が特殊な魔法を発動させたようだ。
ミヨリは試しに足元の影から一本の触手を生やすと、魔王に向けて伸ばす。高速で直進する触手は魔王を貫こうとするが、肉体に触れる寸前に弾かれてしまった。
「こっちもダメみたいだね。あの闇のオーラで、攻撃を防がれるみたいだよ」
どんな攻撃も効果がないことを確認すると、伸ばしていた触手を引っ込める。
:攻撃が通じないとか、そんなのどうすりゃいいんだよ!
:今回は異界のブルードラゴンのときみたいに専用武器っぽいものは見当たらなかったぞ!
:ギョロちゃんは? ブルードラゴンを突き刺したみたいにゴリ押しできないの!
「こっちの攻撃が完全に無効化されているからね。たぶん、ギョロちゃんでも突き破ることはできないよ」
:そんな……!
:万事休すか……!
:オワタ……
ブルードラゴンの結界を破った漆黒の大剣でも、あの魔王には傷を負わせることができない。それを知らされると、視聴者たちは打ちひしがれていた。
「ミヨリの攻撃が無効化されるだなんて……」
「じ、じゃあ、どうすれば……」
綾乃と小春も表情に不安の影を落として、途方に暮れている。
「それに配信的に考えて、今回はギョロちゃんとは別の方法で倒したいよ。ギョロちゃんだと、ブルードラゴンのときと見せ場が被っちゃうからね」
:いやいやいやいや! 今は配信のこととか気にしてる場合じゃないから!
:なにを真面目な顔で考え込んでんだこのやべぇ子は!
:ミヨリ! 勝つための手段を選んでる場合じゃないだろ!(父より)
:ミヨリちゃんはどんな方法で勝ってもステキだよ!(大親友)
こんなときでも配信のことを優先させるミヨリを、「おまえマジか?」という目で綾乃と小春が見てくる。やっぱりこの子は普通じゃないのだと、再確認してゾッとしていた。
思考をめぐらせるミヨリは足場を移す。またしても、爆音と共に土埃が噴きあがった。魔神から繰り出された神速の拳が、ミヨリが立っていた地面にクモの巣状のヒビを入れてクレーターをつくる。
「どうやら闇のオーラをまとった無敵状態でも、あっちの攻撃は当たるみたいだね」
:はあああああああああ!
:なんじゃそりゃあああああああああ!
:魔神が攻撃するときもオーラは解除されないのか!
:あっちだけ攻撃判定ありとかチートすぎだろ!
:反則すぎじゃねぇか!
あまりにも一方的な魔王のやり方に、コメント欄から非難の声が飛ぶ。
その魔王は地面を蹴ると、宙へと舞いあがった。魔神もそれにともなって、飛翔していく。
高々と跳躍すると、魔王の肉体が輝き出す。
膨張していく魔力を警戒し、ミヨリは影から触手を伸ばす。三台のカメラと、綾乃、玲奈、小春の身体に触手を巻きつける。
いきなり触手をからめられた三人は「うひゃあ!」「うわっ!」「ぎゃあ!」と短い悲鳴をあげていた。
魔王の肉体から発せられる輝きが強まる。ふくれあがった魔力が弾けると、それは巨大な炎の刃、氷の刃、雷の刃となって放射状に撃ち出された。無数の刃が広範囲に及んで飛んでくる。
ミヨリは三台のドローンカメラと仲間たちを触手で確保したまま、縦横無尽に駆けまわって、高速で飛来する巨大な刃の群れを避けていく。
炎と氷と雷の刃によって、天井や地面に裂傷が刻まれていき、全域にわたって絶え間ない破壊が繰り返される。
:どうなってんだこれえええええええええええ!
:わけわからんすぎるううううううううううううううう!
:カメラ視点で動きまくっててめちゃくちゃだけど、画面内がチカチカって光っててすげぇ音が鳴りまくってるぞ!
:カメラの視点が速すぎて目がまわりそう!
:魔王が超火力の魔法をブッ放してきた!
:すごい魔力が込められた炎、氷、雷のデッカイ斬撃が超スピードで飛び交ってる!
:あんなの高レベルの探索者でも、一発かすっただけで消し飛ぶぞ!
:ミヨリちゃんはぜんぶ避けてるのか!
:カメラと三人を触手でつかんで避けてるっぽい!
:てか三人ともめっちゃブン回されてる!
:三人の叫び声も聞こえてくる!
:カメラにちょいちょい三人が映り込んでるな!
:ミヨリイイイイイイイイイイ! もっとやさしくブン回せないのかあああああああああああ!(父より)
:やさしくブン回すwwww
:やさしくブン回すってなんだよwwww
:結局ブン回してんじゃねぇかwwww
:おとんムラサメちゃんのことが心配なんだなwwwww
:ムラサメちゃんはブン回される宿命なのでwwww
魔王は特大の魔力を放出し終えると、魔神と共に宙から降下してきて、地面に着地した。
飛来してきた炎と氷と雷の刃によって、広大なボス部屋は到るところが焼け焦げ、凍りつき、亀裂が刻まれて凄惨な有様になる。
一撃も被弾しなかったミヨリは、無傷である三台のドローンカメラと仲間たちから触手を外して解放する。三人の無事を確認して、足元の影のなかに触手を引っ込めた。
綾乃は切羽詰まった面持ちでハァハァと浅い呼吸を繰り返していて、玲奈は口元を押さえて「うっぷ……」と声をもらす。小春は魂が抜けたようにポケ~となって、口の端からよだれを垂れていた。
:三人とも被弾してないのに死にかけてるな……
:いや、まぁ、あんだけメチャクチャにブン回されたらね……
:頭と身体のなかがシェイクされまくったから……
:代表が吐きそうになってるな……
:小春ちゃんがまた壊れかけとる!
三人とも、すごく体調が悪くなっていた。魔王の必殺技っぽいのを回避するためだったから仕方ないとはいえ、ミヨリは少しだけ申し訳なくなる。




