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足音を立てずに近づいてきたのは、狼の顔をした大柄なモンスターだ。全身が白い体毛におおわれていて、人間みたいに二本足で歩いている。
見たことないモンスターを前にすると、玲奈は意識を切り替えて、腰から剣を抜いた。
綾乃も小春の肩から手を離すと、警戒心を引きあげて抜剣する。
目覚めたばかりの小春は、上手く状況を飲み込めていないが、とりあえずいつでも魔法を発動できるように構えを取った。
:このタイミングでモンスター出現かよ!
:小春ちゃん目覚めたばかりなのに、いきなり戦闘とかキツすぎる!
:あんな白いワーウルフ見たことないぞ!
:新発見のモンスターか!
:ホワイトウルフ!
未知の階層で初めて遭遇するモンスターに、コメントが色めき立つ。
ホワイトウルフと視聴者に呼ばれた白いワーウルフは、牙を剥いて唸ると、地面を蹴って迫ってきた。
綾乃たちは接近してくる敵を迎え撃とうとするが、正面から突っ込んできたホワイトウルフが突如として消える。
いなくなったホワイトウルフに、綾乃は目を見張った。ミヨリのように、影のなかにもぐるだなんて芸当はできないはずだ。それでは一体どこに行ったのか? 綾乃は混乱しつつも、思考を働かせる。
「ムラサメちゃん、右だよ」
ミヨリの声に従って、綾乃は反射的に真横に向き直った。既に目の前には消えたはずのホワイトウルフが出現していて、右腕を振りかぶって鋭い爪で切りかかってくる。
綾乃は構えた剣で、爪を受け止める。甲高い金属音が鳴った。かなりの腕力だ。防御したにも関わらず、ハンマーで殴られたような衝撃と重みが両肩に加えられる。
綾乃は奥歯を噛みしめて押し返す。ホワイトウルフが仰け反ると、踏み込んでいって水平斬りを放つ。
グルルルルッと唸ると、ホワイトウルフは仰け反ったままの体勢で後退する。繰り出した刃は空を切った。
ホワイトウルフは綾乃から距離を取ると、また姿を消した。かと思えば、前方の遠く離れた場所に出現する。
:なんか消えたり出てきたりしてないかあの白い狼!
:いきなりムラサメちゃんの近くに現れてた!
:それに反応できたムラサメちゃんすげぇな!
:ミヨリちゃんが教えてなかったらやばかった!
:ていうかいつの間にかあんな遠くにいる!
:瞬間移動か!
:マジかよ! そんなことできんのか!
「助かった、ミヨリ」
綾乃は前方にいるホワイトウルフを睨みつつ、ミヨリに感謝を伝える。ミヨリが声をかけてくれなかったら、防げていなかった。
「あの白い狼は、どうやら瞬間移動の能力を有しているようだな」
ミヨリの配信のコメント欄に書かれていたことと、同じ見解を綾乃も示す。
一瞬で別の方向に現れたかと思えば、次の瞬間には遠く離れたところまで移動している。かなり厄介な相手だ。
「いや、あれは……」
ミヨリは何かを言いかけるが、ハッとすると口を閉ざした。
:ミヨリちゃん?
:ミヨリン?
:どうなされましたミヨリ様?
「ミヨリ? いま何か言おうとしなかったか?」
「…………」
視聴者たちや綾乃から不審に思われるが、ミヨリは目をそらして黙り込む。質問に答えようとしなかった。
「グガッ!」
ホワイトウルフは相貌を凄めて吠えると、その姿が再び消失。今度は玲奈の真後ろに現れる。鋭利な牙の並んだ口を開けて、噛みつこうとしてくる。
玲奈は身をひるがえしつつサイドステップを踏み、飛びかかってきたホワイトウルフの牙をかわすと、すかさず反撃に転じる。斬撃を叩き込むが、ホワイトウルフは軽妙な身のこなしでよけて姿を消した。
そして今度は小春の近くに出現して、爪で切り裂こうとしてくる。綾乃がそれをはばむようにホワイトウルフに斬りかかるが、またしても刃は当たらずによけられしまう。
小春は魔法攻撃を撃とうとしていたが、ホワイトウルフがすぐに消えてしまったので狙いを定められない。
そこからホワイトウルフは連続で瞬間移動を繰り返し、猛攻を仕掛けてくる。綾乃たちは翻弄されつつも、どうにかホワイトウルフの爪や牙を凌いでいく。特殊能力を抜きにしてもパワーとスピードがあるので、苦戦を強いられる。
:めっちゃ瞬間移動しまくってる!
:ムラサメちゃんたちが防戦一方だ!
:小春ちゃんが魔法を撃つ前に消えるから狙えねぇ!
綾乃たちの体力を削ると、ホワイトウルフは姿を消して正面に移動する。嘲笑うかのように口を開けて、大きな舌を出していた。




