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【話題沸騰!】やべぇ子ちゃん考察スレ【何者だ?】
723 名無しの一般人
やべぇ子ちゃんの告知きてる!
『ミヨリのダンジョン攻略配信チャンネル』
→URL 18:00開始
724 名無しの一般人
うおおおおマジか!
しかもシルバーダスクの事務所から配信するってどういうことだよ!
725 名無しの一般人
ついにシルバーダスクとの全面抗争か……
726 名無しの一般人
ちゃうわ!
727 名無しの一般人
ムラサメちゃんが他の探索者に怪我を負わせてたらガチでヤバかったろうしな
たぶんそのことのお礼だと思う
728 名無しの一般人
こいつはさっさと仕事を終わらせて見なきゃな!
◇◇◇
翌日の放課後。シルバーダスクの事務所である高層ビルを訪れたミヨリは、案内された応接室のソファーに腰を下ろしていた。
スーツ姿の大人が行き来するオフィス街なんて滅多に足を運ばないし、大きなビルのなかに踏み込むのは初めてダンジョンに入ったときくらい勇気がいった。
就活生とか、こういう緊張感を味わっているのかもしれない。
昨日ミヨリのもとに届いた探索者組合からのメッセージには、村雨綾乃の件についてシルバーダスクから正式にお礼を伝えたいとの旨がつづられていた。
そのためにシルバーダスクは探索者組合を介してミヨリにコンタクトを取ってきたわけだ。
ミヨリとしてもシルバーダスクの人達とはちゃんと会って話をしておきたかったので、こちらの連絡先をシルバーダスクに教えることを了承して招きに応じた。
そして本日、ミヨリはお客さんとしてこの事務所に招待された。
テーブルを挟んだ向かい側には、二人の人物がソファーに座っている。
一人は一昨日ダンジョンで助けた村雨綾乃。ダンジョンで見かけたときとは打って変わって、シャツにスラックスという私服姿だ。
だけどミヨリが応接室に入ってくると、ビクッと震えていた。
そしてもう一人はショートの髪に、温厚な顔つきをしたスーツ姿の女性だ。
「シルバーダスクの代表の神崎玲奈です。よろしく」
人好きのしそうな笑顔を向けて挨拶をしてくる。
この人が国内トップのクランをまとめているリーダーだ。
なんだか想像していた人物とは違っていた。もっと漫画とかアニメに出てくるベテラン冒険者みたいな筋骨隆々で強面な人だと思っていた。
玲奈は軽い口振りで挨拶を済ませると、隣に座っている綾乃にチラリと視線を送る。
綾乃はハッとすると、焦点の定まらない瞳でミヨリを見てくる。
「む、む、村雨綾乃だ……! お、一昨日は、本当に、た、助かったぁ……!」
バグッた動画みたいに声が乱れている。
完全に怖がられているね、これ。
綾乃の様子から、ミヨリはそのことを察する。
「宮本ミヨリです」
こちらも名乗り返して微笑んでおく。
そしたら綾乃は肩をビクンとさせて固まってしまう。
……なぜ?
「ミヨリくん、と呼んでもいいかな?」
「はい。好きに呼んでもらって結構ですよ」
「では、そのように呼ばせてもらおう」
こっちをリラックスさせるためだろう。玲奈はやわらかな笑みを浮かべてくる。
「ミヨリくんには本当に感謝しているよ。クランメンバーが他の探索者を襲って怪我を負わせたところが配信で流れていたら、大騒ぎになっていた。ボロクソに叩かれて炎上待ったなしだ。キミは綾乃だけじゃなくて、シルバーダスクにとっても恩人だよ」
玲奈はミヨリのことを見ながら相好を崩してくる。心から感謝しているのが伝わってきた。
「にしても、綾乃が雑に引きずられているところは爆笑モノだったな。おもしろすぎて切り抜き動画を何度も見てしまったよ」
「あああああああああ! 忘れてください忘れてください! 凜々しくて格好いいという、これまでの配信で築いてきたわたしのイメージが崩壊した不甲斐ない姿は忘れてください!」
綾乃は頭を抱えると、激しい声でわめき散らす。
羞恥心に苛まれる綾乃を横目に見て、玲奈はクスクスと笑っていた。
「えっと、なんだかごめんね」
どうやら先日の一件で綾乃のなかのプライドが傷ついてしまったようだ。しかもネットでは『ムラサメちゃん荷物扱いwww』とネタにされているようなので謝っておく。
「い、いや、いいんだ……。元はといえば、迂闊にも呪われた魔剣を握ってしまったわたしがいけないのだから。ダンジョン内で発見した装備は未成年では持ち帰れないとわかっていたのに、見た目が格好よかったからつい触ってしまうなんて……」
ハァ~と綾乃は首を垂れながらため息をこぼす。
不満はあるものの、自分に原因があることは認めているようだ。
ちなみに綾乃が普段使っている装備一式は、シルバーダスクからの支援でそろえられている。クランに所属していれば、そういった恩恵が受けられる。
「ミヨリくんは我々の恩人だ。できることなら、どんなことでも協力しよう」
玲奈は右手をミヨリのほうに差し出しながら、笑いかけてくる。
それに対してミヨリは「ありがとうございます」と答えておいた。
今回シルバーダスクの事務所での配信を許可してくれたのは、玲奈なりの謝礼だろう。
話題性としては抜群なので、ミヨリとしてもありがたい。
そしてシルバーダスクの事務所に招かれたことを配信するように提案してきたのは千紗だ。
「このバズをモノにするためのチャンスだよ!」
と目をギラギラ光らせながら言ってきた。
ダメ元で頼んでみたけど、まさか本当にシルバーダスクからの許可が下りるとは驚きだ。
「ところでミヨリくん。クランに興味はあるかな?」
「れ、玲奈さん! それは……!」
玲奈が少しだけ前のめりになって、ニコニコしながら笑いかけてくる。隣にいる綾乃が泡を食っていた。
もしかしてこれは……勧誘されているのだろうか?
トップクランであるシルバーダスクの代表から直々に誘われるなんて、探索者なら喜ぶべきことだ。大抵の探索者なら二つ返事で頷くだろう。
だけど……。
「申し訳ないですけど、お断りさせてもらいます。わたしは個人でやっていきたいので、クランに所属するのは今のところ考えていません」
憧れのあの人もパーティを組むことはあっても、特定のどこかに属することはしなかった。
だから玲奈からの誘いも、ミヨリにとっては魅力的なものには感じられない。
「……まさかフラれてしまうとはな」
ミヨリの返答が意外だったのだろう。玲奈は目を大きく見開いている。
わりと本気でがっかりしているみたいで、唇をつぐんだまま「むむっ」と唸っていた。
「残念ではあるが、それがミヨリくんの意思なら仕方あるまい」
それ以上は粘ることはせずに、玲奈は小さく吐息をもらすと、大人しく引き下がった。
「さてと、わたしはそろそろ次の予定があるのでね。後のことは綾乃に任せるとしよう。ミヨリくんは恩人なんだから、ちゃんと感謝して協力してあげるんだぞ」
「ひ、ひゃい!」
綾乃が変な声で返事をする。これからミヨリと二人きりになるのが不安みたいだ。
「それではミヨリくん。綾乃のこと、本当にありがとう」
誠意のこもった声音でもう一度お礼を口にすると、玲奈はソファーから立ち上がって応接室から出ていく。
ドアが閉まると、残されたのはポツンとソファーに座っているミヨリと、吹雪のなかで凍えているようにガクブルになっている綾乃だけとなった。




