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足場が消失すると、深い闇の底へと引きずり込まれるように身体が落ちていく。
その直前、ミヨリは影のなかから触手を伸ばした。自分と綾乃と小春の三台のドローンカメラに、触手を巻きつける。
:はええええええええええええ!!!
:地面が崩れたあああああああああああああ!!!
:なんだよこれええええええええええええええええ!
:まさかトラップか!
:ボス倒した後にこんなトラップが待ってるとか理不尽すぎだろ!
:ボス部屋の大部分が崩落したけど、少しだけ崩れてないところがあった! たぶんあそこに避難しなきゃいけなかったっぽい!
:なんだよそれえええええええええ!
:こんなん初見じゃ無理ゲーすぎる!
幅広な縦穴を自由落下するミヨリたちを見て、視聴者たちは恐慌状態となる。
綾乃と小春も混乱から悲鳴をあげていた。玲奈はどうするべきか、沈痛な表情で対応を考えている。
さっきまでいたはずのボス部屋は、とっくに遠い頭上のものとなっている。常人よりも肉体が頑丈な探索者とはいえ、このまま地面に叩きつけられたらどうなるかわからない。
ミヨリは冷静な眼差しで、足元を見下ろす。そこに呼びかける。
「ワン太」
ミヨリの声に応えるように、足元に影が湧きあがる。それがグニャリと歪むと、巨大な影によって形作られた黒い犬が飛び出してきた。
野性味たっぷりの顔についた八つの赤い瞳を動かして、落下中のミヨリや綾乃たちのことを把握してくる。
:ワン太!
:デッカイ犬!
:なんだよあれえええええええええ!
:バケモノ……!
:新規の人たちが驚いてる!
:ワン太「おう、久しぶり」
出現したワン太は後ろ足で壁を蹴った。滑空するように宙を駆けていく。向かう先は綾乃のもとだ。
自分のほうに巨大な犬が飛びかかってきてると気づいた綾乃は凍りつく。
間近まで迫ってくると、ワン太は大きな口を開けてきた。
「うぇええ! ちょっ……うああああああああああああ!」
叫んでいた綾乃は、ワン太の口のなかに丸ごとすっぽりと入ってしまう。そして……。
――ゴックン!
ワン太は喉を鳴らすと、口の奥に綾乃を飲み込んだ。
:…………
:………………
:…………………………
衝撃的な映像に、たくさん流れていたコメントが停止する。
あれ? バグッた? とミヨリは首をひねった。
:はあああああああああああああああああああああ!!!!
:ええええええええええええええええええええええええええええええ!!!
:ムラサメちゃん食べられたああああああああああああああああああああああああ!!!
:えっ……ウソ! 食べられちゃったの!
:画面内の出来事が理解できなくて、一瞬フリーズしちゃったよ!
:コメントが一時停止してたから、たぶん視聴者みんなフリーズしてた!
:ウソだああああああああああああああああああああああ!!!(父より)
:お父さん大発狂wwwww(母より)
:お、お、おとん! お、おち、落ち着けぇえええええ!
:↑おまえも落ち着け! そして俺も落ち着け!
:自分の推しが娘のペットに食べられるというありえないケース!
:どういう意味なのかコメントで書かれてもわけわかんねぇぞオイ!
:イミフすぎる!
:えっ? これホントに大丈夫なの!
:リスナーが大混乱に……!
綾乃がワン太に食べられたことを理解すると、止まっていたコメントが何倍も勢いを増して流れはじめる。よかったバグってなかったみたいだと、ミヨリは安心する。
綾乃を飲み込むと、ワン太はまた壁を蹴った。
次は玲奈のほうに飛びかかる。
「うああああああああああああ!」
ダンジョンの底に落ちていくこの状況を、どうやって切り抜けようかと思考をめぐらせていた玲奈だったが、巨大な黒い犬が飛びかかってくると、頭のなかが真っ白になった。
ワン太はバックンと口のなかで玲奈をキャッチすると、そのままゴックンと丸飲みにした。
:だいひょおおおおおおおおおおおお!
:玲奈さああああああああああああああああああん!
:昔のアニメか漫画で仲間キャラが死亡したとき名前を叫ぶシーンみたいになっとるwww
:ムラサメちゃんに続いて代表までもが犠牲に!
:てことは次は……!
ワン太は大きく口を開けたまま、ダンッと壁を蹴る。
次は小春のもとに飛びかかった。
「ひぃぃぃぃ……! いやああああああああ! お母さん! お母さん! 助けてお母さああああああん!」
自分が落下中であることを忘れたかのように、小春は手足をバタバタと動かして、空中でもがいて逃げようとする。だけど迫ってきたワン太にバックンと口のなかでキャッチされると、そのままゴックンと飲み下された。
:こはるうううううううううう!
:お母さんって叫んでたwwww
:それ絶望したとき最後に出る叫び声wwww
:お母さんってwwwwwww(母より)
:おかん笑うなwwww
:おかんが「お母さん」って叫んだことを笑うんじゃないwwww
三人を飲み込んだワン太は壁を蹴ると、最後は主人であるミヨリのもとに向かって飛びかかっていく。
:ミヨリちゃんまで!
:全員ワン太の胃の中に!
:ミヨリちゃんも食べられてしまう!
勢いよく迫ってきたワン太は、ミヨリの真下までやってくる。ミヨリはタイミングを見計らうと、その大きな背中に腰を下ろして、ちょこんと乗っかった。
:って自分はワン太の背中に乗るんかい!
:ミヨリちゃああああああああああん! って叫べるようにスタンばってました……(先生)
:先生wwww
:俺もスタンばってたwwww
:ワイもwwww
:いや、それよりも今は食べられた三人のことよ!
「心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと、わたしとムラサメちゃんと小春ちゃんのドローンカメラは触手を巻きつけて確保したからね。配信は続けられるよ」
:そこじゃねぇええええええええ!
:そういやまだ三人の配信が続いてるなと思ったけど、そこじゃねええええええ!
:ボス部屋が崩落したことよりも、ワン太が三人を食べたことのほうが衝撃的すぎる!
展開していた感知スキルによって、そろそろ地面が近いことを感じ取る。
そろそろかと思うと、真下から凄まじい音と衝撃が突きあげてきた。ワン太の背中を両手でつかんでいた身体が大きく跳ねあがり、土煙が散った。
無事に地面に降り立ったみたいだ。




