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ボス部屋のなかに進んでいくと、そこには四方にひらけた広大な空間があった。
広間の中央には、頭から二本の角を生やした、醜悪な相貌の悪魔がいる。大柄で頑強な肉体には鈍色の鎧を装着しており、右手には鉄塊さながらのグレートアクスを握っている。
デーモンナイト。そう呼ばれるモンスターが、鋭い目つきで侵入者たちを睨んできた。
ボス部屋にある気配は、それだけではない。
奥にもう一体。長い白髪に、儚げな美貌をたたえた女性がいた。純白のローブを羽織っていて、背中からは真っ白な翼が生えている。
醜悪なデーモンナイトとは対照的な美しさに彩られたソレは、人間に酷似した外見をしているが、まぎれもなく人外のモノだ。
その見た目から、探索者たちには天使と呼ばれている。
:ボスが二体!
:悪魔と天使がいる!
:一体でも危険なのに二体同時に相手しないといけないのかよ!
:こいつらのギミックは特殊で、対面してからしばらくの間、どれだけ攻撃の意思を見せたかによって難易度が変わってくる!
:たくさん攻撃を仕掛けたら、それだけパワーアップするってことだ!
:なんだその変なギミック!
:この情報が判明するまで、いろんな探索者が敗れてきた!
:開幕ブッパで総攻撃を仕掛けて、敗走する羽目になった探索者もいる!
:ギミックがわかってても、まだこのボスたちを誰も倒せてない!
:そもそもここまでたどり着ける探索者自体が少ないからな!
「ボスを前にして、身構えてしまうのはわかるが、まだ攻撃を仕掛けてはいけないよ。昔のわたしと同じテツを踏むことになる」
うかつに手出ししないようにと、玲奈は他の三人に警告してくる。
モンスターを前にすると、反射的に戦闘態勢になってしまう。綾乃も小春も懸命にその衝動に抗っていた。ここで攻撃したら、二体のボスを強化させて攻略難易度が上がってしまう。それだけは、絶対にやってはいけないことだ。
「ぼん!」
ミヨリが指先から発射した超高速ファイアーボールが飛んでいき、デーモンナイトの足元近くで炸裂すると、爆音を立てて砂塵を噴きあげた。
「……え?」
「ちょっ……!」
「へ……? い、いま……」
綾乃も玲奈も小春も目の前で起きたことが信じられず、うろたえながらミヨリに疑問の眼差しを向ける。
狙ったとおり、ファイアーボールはデーモンナイトに命中しなかった。だけど怒りを煽ることはできたようで、悪魔も天使も両目に憤怒の炎をたぎらせて、その身にまとう魔力を爆発的に増大させていく。
:いやいやいやいやいや!
:はぁあああああああああああ!
:ミヨリちゃんなにやってんの!
:代表やムラサメちゃんから攻撃するなって念押しされてたよね!
:なぜです! なぜですかミヨリさまぁ!
:ミヨリイイイイイイイ! なにやってんだオマエはあああああああああああああああああああああ!(父より)
「なぜだミヨリくん!」
「な、なにやって、なにやってるのミヨリちゃん!」
「いや、ホントになんでだミヨリ!」
たくさんのコメントだけでなく、仲間である三人からも問い詰められる。
「玲奈さん言ってましたよね? あの二体のボスは、対面してからしばらくの間に、どれだけ攻撃の意思を示したかによって難易度が変わるって。攻撃すれば難易度が上がってしまうから、なるべく攻撃しないほうがいいって」
「そ、そうだが…………」
「だから攻撃しました」
「………………………………………………………………いや、なんでだ!」
:代表、ミヨリちゃんの言うことが理解できなくて変な間があったwwww
:俺も代表と同じリアクションしちゃったよwwww
:俺もちょっと考えたけど理解できんかったwwww
:やっぱりこの子おかしいよ!
:ミヨリちゃん「はい。わかってますよ(ぜんぜんわかってない)」
:ミヨリちゃんならやってくれると私は信じてたよ!(大親友)
:信じんなwww
:先生! 宮本さんが勝手な行動を取りました!
:ちょっと宮本さん! 何をやってるんですか! あれほど注意されたのに攻撃するなんて…………ブハァッ! そんなことしちゃうなんてやっぱミヨリちゃんしゅごしゅごしゅごっ! しゅごしゅぎて、しゅぴしゅぎりゅううううううううう!(先生)
:先生www 真面目な教師をやるなら最後まで貫いてくださいwww
:途中からミヨリちゃんラブがあふれてるwwww
:二重人格かな?
:きっとコメントの途中で別の人に交代したんだよwwww
:ちょっと洗濯物を取り込みに席を外して戻ってきたら、お父さんが頭かかえてたwwww(母より)
:洗濯物を入れてる間に娘さんがやらかしましたwwww
ミヨリは再び指先に火の玉を灯すと、デーモンナイトの足元を狙って発射しようとする。
「それ以上はやめるんだミヨリ!」
「ちょっと待つんだミヨリくん!」
綾乃と玲奈がミヨリのもとに駆け寄ってきて、止めようとする。
ミヨリは足元の影から何本かの触手を伸ばすと、綾乃と玲奈の身体に巻きつける。シュルシュルシュルと、触手は二人の手足を縛って拘束した。
「うひゃああああああああ!」
「うわっ! 気持ち悪っ……!」
触手の感触に、二人ともゾワゾワと鳥肌が立ち悲鳴をあげていた。身動きが取れなくなって、ミヨリに近づくことができない。
まだ無事な小春は、ガクブルと震えながら、どうするべきか迷っていた。
そんな小春に、ミヨリは微笑みかける。
「あっ、もしかして、小春ちゃんもわたしの意見に反対なのかな?」
「……わ、わた、わたしは……」
小春は助けを求めるように、触手に巻きつかれて動けなくなっている綾乃と玲奈のほうに目を向ける。
「頼むぞ、小春……」
「小春くん……」
二人が両目に力を込めて見つめてくる。残されたおまえだけが、最後の希望なんだと。
「わ、わた、わたしは…………」
小春は仲間である三人の間で、何度も視線を行き来させる。いろんな感情が胸のなかで渦巻いて、せめぎ合った。自分がやらないと、大変なことになってしまう。勇気を出さないと。怖くてもがんばらないと。逃げちゃダメだ。ここで逃げてはいけないんだ。
そして悩んだ小春は……。
「そ、そんなまさかぁ~! わたしはいつだって、ミ、ミヨリちゃんの味方だよぉ~! 邪魔なんてしないよぉ~!」
涙目になりながら、へへへへっと卑屈に笑うことしかできなかった。
:小春ちゃんwwwww
:小春wwwwおまえってやつはwwwww
:怖いからしゃあないwwww
:小春ちゃんは悪くないwwwww
:人って笑いながら泣けるんだねwwww
:同じ立場ならたぶん俺も屈しちゃうから、小春ちゃんのこと責められないよwwww
ミヨリに媚びへつらう小春を、綾乃と玲奈はシラーッとした目つきで見てくる。その眼差しには、明らかな失望がこもっていた。
「ち、違うんですごめんなさいわたしだって自分の命が惜しいんですよぉだからそんな目で見ないでぇ弱いわたしを許してくださいお願いします!」
:めっさ早口www
:言い訳めっさ早口wwwwww
:早すぎてなに言ってるのかわかんなくて草ぁ!
:かつてこんなにも早い言い訳があっただろうかwwww
ギュッと胸の前で両手を組みながらまくし立てる小春に、コメントからツッコミが入る。
小春は邪魔するつもりがないようなので、これ以上は触手を増やす必要はなさそうだ。
ミヨリは相好を崩すと、デーモンナイトと天使に視線を定める。
「黒野スミレちゃんだったら、全力の相手をねじ伏せるはずだよ。スミレちゃんはね、そうすることで相手の心さえも折って、実力を証明してみせるんだ。それにこれがゲームだったら、ボスの全力モードを見てみたいし、そっちのほうが配信映えするよね」
:相変わらず黒野スミレちゃんに(一方的な)幻想を押しつけてるwwww
:スミレちゃんへのリスペクトという名の激重感情やべぇwww
:またアビスソフトの社員を混乱させるような発言をwwww
:アビス社員「……ぼくたち悪くないよね?」
:エッジのきいたゲームばかりつくってたら、まさか現実にこんなバランスブレイカーな怪物が誕生するなんて、誰も想像してなかったろうなwwww




