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変わらぬペースで歩き続けるミヨリたちは、第七階層まで進行していた。ダンジョンによっては、もう終盤に差し掛かっていてもいい階層だが、この『常闇の迷宮』はまだまだ先が長そうだ。
ミヨリは、ぴたりと足を止める。
感知スキルが、異様な気配を捕捉する。
「なにか来たみたいだね」
綾乃たちも察知していたようで、厳しい面持ちになって前方を睨み据える。
緩慢な足取りで、こっちに近づいてくるモノがいた。
視線の先に現れたのは、フードつきのローブを羽織った生き物だ。背丈は成人男性と同じくらい。その素顔は目深に被ったフードのせいで隠れているが、人間ではない。ダンジョンに出現するモンスターだ。
「闇の商人か……!」
ローブ姿のソレを視認すると、綾乃は歯がゆそうにその名を呼んだ。
:コイツここにもいるのかよ!
:『常闇の迷宮』では高確率で出現するぞ!
:ほんとコイツ厄介すぎる!
:コイツのせいで、ダンジョンの難易度が爆上がりしてる!
:このダンジョンが攻略できないのは、間違いなくコイツが原因の一つ!
:他のダンジョンでもコイツのせいで、探索を断念しなきゃいけなくなった!
:コイツから渡されたアイテムのせいで、レベルダウンした探索者が本気で怒ってたな……
コメ欄でも不満が爆発している。よっぽど嫌われているらしい。とりわけ探索者たちからは、蛇蝎のごとく嫌悪されている。
:この闇の商人ってなんなん?
:死神と同じダンジョンのイレギュラー! 階層を無視してどこに出現するのかわからない!
:商品を提示してきて、探索者の所持品と交換するように取り引きを持ちかけてくるけどそれが罠!
:コイツが渡してくる商品はどれもデメリットあるやつばかり! 受け取ったら状態異常や呪いにかかったり、レベルダウンしたり、とにかくよくないことが起きる!
:なんだそれ! 最悪だな!
:しかも探索者側には、所持品のなかでも上質な装備やアイテムを要求してくる! そうじゃないと取り引きに応じない!
:スルーできないの?
:無視したり、取り引きを断ったり、逃げだそうとしたら、敵対行為と見なして襲いかかってくる!
:厄介なのはコイツがかなりの強敵だってこと! ダンジョンによっては最下層のボスよりも強い!
:出会ったらデメリット覚悟で、取り引きに応じないといけない!
:だから遭遇しないに越したことはないんだよ……
:渡された武器やアイテムのデメリットがキツすぎて、その場で探索を切りあげたパーティがたくさんいる……
:疫病神そのものだな!
:実際、探索者たちからは疫病神として忌み嫌われとるよ!
:出会ってしまったらダンジョンの攻略難易度が格段にあがっちまう!
闇の商人について、コメントで説明されていく。こうやってわからない人達に詳しいことを教えてくれる視聴者には助けられる。
「グアッ、グアッ!」
闇の商人はカエルみたいな鳴き声をあげると、右手に黒い短剣を、左手に黒い盾を持って、ミヨリたちに差し出してきた。
取り引きを持ちかけてきている。
どこからどう見ても、手に取ったらダメなヤツだ。短剣も盾も禍々しい雰囲気をまとっていて、探索者に害を与えてくる気満々だ。
「小春くんは、解呪系のスキルは使えないんだよね?」
「あっ、はい、すみません、使えないです! 役立たずですよね、わたし! まったくなんのためにいるんだか! あっはははは! ……あ、土下座しましょうか?」
「……しなくていいよ」
無理して明るい笑みを振りまいてくる小春を、玲奈は半目になって見ていた。
:代表めんどくさそうwww
:小春ちゃん面倒くさいwww
:会話しててここまで疲れる相手も珍しいなwww
「状態異常を治す魔法は、使えるんだったね?」
「は、はい! それなら使えます!」
「それじゃあ、闇の商人が渡してきたモノが状態異常を引き起こすようだったら、小春くんに治癒をお願いするよ」
「はい! 任せてくださいよ! わたしがチャチャ~ンと治しちゃいますからね!」
対策をお願いされると、小春は胸を反らして誇らしげな笑みを浮かべてくる。
:うれしそうだな小春ちゃんwwww
:頼りにされて自己肯定感が増してそうwwww
:さっきまであんなに卑屈そうにしてたのにwwww
「そして渡してきた商品が、なんらかの呪いをもたらすモノだったら、そのときはミヨリくんにお願いするよ。前に綾乃が魔剣に呪われてしまったときみたいに、呪いの装備だったら破壊してくれ。そのために、ミヨリくんに同行してもらっているわけだしね」
そう言って玲奈はミヨリを横目で見て、笑いかけてくる。
:呪いへの対策=ミヨリちゃんwww
:魔剣を破壊するの定期wwww
:力技だけど対策としてはバッチリだな!
:どんな対策の仕方だよwwww
:さすが代表wwww
:解呪系スキル持ち「……呼んだ?」
:↑いりませんwww
:帰ってくださいwwww
「かつての仲間たちと『常闇の迷宮』に来たときも、闇の商人と取り引きをすることになった。そのせいで、パーティの戦力がだいぶ落ちてしまったよ。そうなるとわかっていても、なるべくこいつとの戦闘は避けたかったからね」
なんらかの呪いや状態異常を引き起こす商品なら、ミヨリと小春がいれば取り引きを行った後でも対応できる。だけど、それ以外のデメリットを引き起こすモノだったら、パーティの戦力は大幅にダウンするだろう。
それを承知の上で、玲奈は取り引きに応じることを決断した。いくらミヨリがいるとはいえ、戦うには危険すぎる相手だ。
玲奈は足を前に踏み出して、闇の商人のもとに近づいていく。
「その必要はありませんよ」
「……え?」
声をかけられると、玲奈は慌てて振り返った。
そのときにはもうミヨリは玲奈の隣を通り過ぎていて、闇の商人のもとまで歩み寄っていた。
なにをするつもりなんだと、綾乃と小春はドギマギしながらミヨリのことを凝視する。




