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「みんな、戦闘態勢に……!」
すかさず玲奈は指示を飛ばす。それに先んじて、綾乃は腰から剣を抜いて身構えており、小春も両手を突き出して、いつでも魔法を発動できるようにしていた。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオ!」
ベヒーモスは雄叫びをあげると、四人の探索者を丸ごと粉砕せんと突っ込んでくる。
猛然と迫ってくるベヒーモスの突進。直撃すれば、重傷はまぬがれない。どんな重装備で守りを固めていても、甚大なダメージを受けることになる。それほどの強敵だ。
「ごめんね。あんまりスタート地点で、時間をかけたくないんだ」
ミヨリは前に踏み出すと、薄笑いを浮かべた。
足元にある影がうごめく。そこから複数の黒い触手が生えてきて、直進してくるベヒーモスに向かって一斉に伸びていった。
ベヒーモスは一瞬だけギョッとして表情をこわばらせたが、そのときには既に数十本の触手が巨体を貫いて蜂の巣にしていた。
「……グッ……ガア……ガ…………!」
なにが起きたのか理解できず、ベヒーモスは全身を触手に貫かれたまま、断末魔の声をもらす。
伸ばした触手を引っこ抜いて影のなかに戻すと、巨体が崩れ落ちていく。大きな音がして、土埃が舞いあがった。
横たわったベヒーモスは、口からダラリと舌を出したまま動かなくなる。もうその瞳に生命の光はなかった。
『常闇の迷宮』の最初の難所をわずか数秒で突破した。それを間近で見ていた綾乃と玲奈は、身構えたまま呆気に取られる。
一方で両手を構えて固まっていた小春は限界まで目を見開くと。
「うぅえああうおあああああああ! 触手ううううううううううう!」
はじめて生で見るミヨリの触手に、ビビリ散らかしていた。
:小春ちゃんwwwwww
:小春ちゃんしっかりしてぇえええええ!
:男の人呼んでえええええええええ!
:はじめての触手に小春ちゃんドッキドキwwww
:ワイもはじめて見てドッキドキしてる……
:ミヨリちゃんの恐怖のまとめ動画で予習してきたのにねwwww
:動画で見るのと生で見るのとではやっぱり恐怖感が違うんだろwwww
:リハーサルはしょせんリハーサルということかwwww
:ていうかベヒーモス瞬殺!
:すげえええええええええええええ!
:他のダンジョンでは最下層のボスやぞwwww なんでザコ敵みたいにあっさりやられてんだよwwww
:あぁ……神よ……!(大親友)
:大親友ちゃんこれもう祈ってるだろwwww
¥50000 ベヒーモス:もっと出番ほしかったっス……
:モンスター名義で赤スパすんなwww
:ベヒーモスとして赤スパしてるアホがおるwwww
ベヒーモスを仕留めると、コメントが大いに沸いた。スパチャまでしてくれた視聴者までいる。
「玲奈さんから事前に情報を聞かされていたのもあるけど、スタート地点のそばに強敵がいるのはアビスゲーではよくあることだからね。そんなに驚きはないかな」
:ゲームと現実をごっちゃにすんなwww
:この子は何を言ってるんだ?
:アビスゲーでの常識を語ってる!
:スタート地点に強敵がいるのがよくあること?
:いや、これガチだから! スタート地点のそばに強敵が配置されてるのはアビスゲーなら常識!
:どうなってんだアビスゲーwww
:ゲームではそうだとしても、現実のダンジョンでいきなり強敵出てきたら普通はビビるだろwwww
:↑ミヨリちゃんが普通だとでも?
リスナーが喜んでいるようなのでよかった。
だけど呆然と佇んでいる玲奈たち三人を見て、ミヨリはハッとする。
「もしかして、配信的に考えてちょっとは戦ったほうがよかったですか?」
テンポを優先して秒で片づけてしまったが、少しは玲奈たちが戦うシーンを視聴者が見たがっていたかもしれない。そのことに気づき、ミヨリは焦りはじめる。
「いや、問題ないよ。苦労せずに倒せるのなら、それに越したことはないからね」
ははは、と玲奈は苦笑しながら答える。
それを聞けて、ミヨリは一安心した。
「さてと、それじゃあ……」
まだやることがある。どうするのかは、そのときの気分次第で決めているけど、このベヒーモスはいただくとしよう。
ミヨリの足元にある影が、前方に向かって伸びていく。影は何倍にも大きくなって拡張していき、地面に横たわっているベヒーモスのもとまで届いた。
そして……。
ズズ、ズズズズズズズズ――――
沈没船が暗い海の底に沈んでいくように、ベヒーモスが影のなかに引きずり込まれていく。
「ひぃぃぃ! ホ、ホントにモンスターを食べてる! わ、わたし無理かもしれない! こんなのまとめ動画で予習してても耐えられないよ!」
「配信で見て知っていたが、実際にこの目で見るとヤバいなこれ。……どうしよう綾乃? 想像していたよりも怖い」
「ミヨリとパーティを組むとは、そういうことです。ていうかわたしも怖いです」
:小春ちゃんがもうピンチ!
:やっぱ予習してきても耐えられなかったかwww
:ミヨリ様に対して予習など無意味www
:代表がうろたえておるwwww
:代表しっかりしてwwww
:まだダンジョンに入ったばっかなのにwwww
:モンスターではなく、味方に追い詰められるという異常事態www
:トップクランのクランマスターさえもビビらせるミヨリンwwww
:ムラサメちゃんも、やっぱ怖いみたいだなwwww
:ミヨリちゃんとパーティを組むのは二回目だけど怖いもんは怖いwww
:目の前でモンスターを食いはじめたら怖いだろwwww
:ミヨリとパーティを組むとは、そういうことですwww
:残りSAN値 ムラサメちゃん74 代表72 小春ちゃん31
:小春ちゃんのSAN値がwwww
:一人だけめっちゃ低いwwww
:このまえミヨリがモンスターを料理して食べる漫画がおもしろいって読んでましたwwww(母より)
:このタイミングでなに言ってんだおまえ……(父より)
:おとん困惑www
:俺もおかんのコメントに困惑してるよ……
:この母親にしてこの子ありだなwww
ものの数秒でベヒーモスの亡骸を影のなかに取り込んでしまうと、ひろげていた影を縮小させていき、足元に戻した。
「それじゃあ、先を急ごうか」
テンポよくいかないといけない。ミヨリは後ろの三人に呼びかけると、前進していく。
まだ恐怖心が抜けきっていない三人は、お互いに顔を見合わせると、おぼつかない足取りでミヨリの小さな背中を追いかけていった。




