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事前にSNSで告知していた次の休日になると、青空から降り注ぐ真昼の陽光をあびながら、ミヨリは待ち合わせ場所である『常闇の迷宮』のゲート前まで来ていた。
いつものように黒野スミレを真似た黒いローブをまとって、左腕にスマホを装着している。
今回パーティを組む三人も来ており、綾乃と玲奈は白銀の軽装鎧に身をつつんで鋼の剣を腰に下げていた。小春は白いローブをまとっている。『鋼鉄の審判』にいたときと同じ装備だ。
綾乃は疲れた表情をしながら、隣にいる玲奈に尋ねる。
「……なんでですか?」
「いや、わたしだってビックリだよ。何年か掛けて攻略する予定だったのに、まさかこんなことになるなんて想定外すぎるよ」
『常闇の迷宮』に再挑戦するのは数年先だと見積もっていたのに、なぜかもうゲートの前まで来てしまっている。状況がわけわかんなすぎて、玲奈は頭痛でもするように眉間をひそめていた。
「こうなったら腹をくくるしかない。ミヨリくんが言っていたように、『常闇の迷宮』を攻略して、過去の心残りを清算しようじゃないか」
銀の軽装鎧におおわれた胸のあたりに手をそえると、玲奈は気持ちを切り替える。
「……わたしも覚悟を決めるしかないですね」
玲奈のためだ。全力で協力しよう。綾乃も自分にそう言い聞かせた。
そして綾乃は、ガッチガチに緊張している小春のほうに目を向ける。
「小春、本当に同行してよかったのか? 怖いなら辞退してもいいんだぞ?」
「た、確かにミヨリちゃんとパーティを組むのは怖いけど、今日のダンジョン攻略はとっても注目されているからね。参加すれば、チャンネル登録者数が何倍にも増えるかもしれない。もしかしたら、わたしの人生が変わる可能性だってあるんだもん。こ、ここで逃げたりはしないよ」
平気だと主張してくる小春は声も身体も震えていて、まともにろれつが回っていなかった。ぜんぜん大丈夫そうではないが、チャンネル登録者数を増やすために、小春なりに覚悟を決めてきたようだ。
「ミヨリくん。もう何度も聞いたことだけど、『常闇の迷宮』に入るための指輪は三つ足りていない。それでも大丈夫なのかい?」
「はい、心配いりませんよ」
伝説のダンジョンで配信を行うと決めた日から、何度も玲奈からSNSにメッセージが送られてきて同じことを尋ねられた。
ミヨリはそのときと同じように、事もなげに返事をする。
ちゃんと『常闇の迷宮』に入る方法は考えてある。
ミヨリは左腕に固定したスマホを見る。そろそろ告知していた時間だ。身体の内側から緊張感がせりあがってくる。故障したエンジンみたいに心臓が騒がしい音を立てていた。
伝説のダンジョンに玲奈たちと一緒に挑むので、今回の配信は注目度が高い。ミヨリのチャンネルには、配信前からかなりの人数が待機している。
汗ばんだ手で自分のドローンカメラを浮かせる。綾乃と小春も緊張した手つきで、各々のドローンを浮かせていた。
目配せすると、綾乃と小春が頷いてくる。いつでも配信を始められるようだ。
そして時間がやってくると、三人同時に配信を開始した。
:ついにきたあああああああああああああああああああ!
:はじまっちまったぜええええええええええええええええ!
:本当に『常闇の迷宮』のゲート前にいるううううううううう!
:マジで伝説のダンジョンを攻略しちゃうのかよおおおおおおおおおおおおおお!
:ムラサメちゃあああああああああああああああああん!(父より)
:おとんwwww
:ミヨパパは娘のことを心配してくださいwww
:娘の配信で第一声がムラサメちゃんwwwww
:たぶん二窓で見てるムラサメちゃんの配信でも同じコメントしてるwwww
:今回のミヨリ様のお供はムラサメちゃん、代表、小春ちゃんか!
:今回のミヨリちゃんの犠牲者たちだな……
:↑未来予想するのやめろwwww
:ミヨリちゃんは仲間がいるくらいがデバフかかってちょうどいいwww
:ソロだと敵無しで強すぎるwwww
:仲間が増えればそれだけ守る対象が増えてデバフになるwww
:仲間が増えるとデバフになるってなんだよwww
:仲間がいるとデバフになる女wwww
いきなりすごい量のコメントが洪水のように流れてくる。ミヨリは目を見張って、その場で仰け反りそうになった。
そして驚くべきことは他にも起きていた。
「ど、同接が三十万……!」
その数字を目にして、ビクッとなる。
:ホンマや! 同接が三十万いってる!
:すげえええええええええええええええええ!
:いきなりミヨリちゃんのチャンネルの最高記録更新しとる!
:ビクッかわいい!
:ミヨリ様がかわゆいのは当然であろう!
:今日もミヨリちゃんのビクッが見れて幸せ!
:ミヨリちゃあああああああああああああああああん!(大親友)
:初っ端から飛ばしてんな大親友wwww
まだ配信がはじまったばかりなのに、フリーズしそうになった。たくさんの人達が見にきてくれると期待していたけど、まさかいきなり同接の最高記録を更新してくるなんて予想していなかったことだ。
「わたしのほうでも、すごい数の視聴者が集まってきているぞ……」
「み、見たことないほど、同接が伸びて……。え? これホントにわたしのチャンネル?」
綾乃と小春の配信にも、大勢の視聴者が押し寄せてきているようだ。それで小春はアワアワと震えて取り乱しており、自分のチャンネルなのかどうかを疑っていた。
ミヨリもバズった直後はそんな感じだったので、気持ちはよくわかる。
:思ってたとおり同接がすげぇことになってんな!
:現在の同接 ミヨリちゃん三十万 ムラサメちゃん二十八万 小春ちゃん二万
:圧 倒 的 格 差 !
:同接の格差エグいwwwww
:なんで同じパーティでこんな差があるんだよwww
:いや、普通は二万でもすげぇからな!
:さっきまで小春ちゃん「見たことないほど同接が伸びて……」って喜んでたのにwww
:コメントで他二人の同接を教えられてガックリしてんなwwww
スマホ画面から視線を外して小春をうかがうと、コメントに書かれていたとおり、さっきまでのうれしい震えはどこへやら、財布でも落としたみたいにションボリしていた。
:しゃあないwww みんなミヨリちゃんとムラサメちゃんの配信を二窓で見てるからwww
:俺もミヨリちゃんとムラサメちゃんを二窓で見てる!
:おまえら小春ちゃんの配信も見てやれよ! 俺もミヨリちゃんとムラサメちゃんを二窓で見てる!
:小春ちゃんのご指名なしwwww
「いや、わたしわいっ!」
小春の配信にも似たような書き込みがあったのだろう。ドローンカメラに向かって、犬みたいに吠えていた。
そんな小春を、綾乃が気の毒そうな目で見ている。
かと思えば、小春はムリヤリつくった明るい笑顔を浮かべてくる。
「あっ、でもそうだよね! 大バズりしたミヨリちゃんや、もともと人気のあるムラサメちゃんに比べたら、わたしなんてその辺に転がってる小石にすぎないのにね! なぁにを調子に乗ってたんだかこの女は! これでわたしも人気配信者の仲間入りだよ、きゃぴ~! なんてハシャいでた昨夜の自分を殴ってやりたいよ! どうせわたしなんていらない子なのにねぇ? 身のほどをわきまえろっての! あっははははは!」
小春は口早にまくし立てて笑い出す。事情を知らない人が見たら、だいぶ引きそうな姿だ。
:こんなに見てて胸が張り裂けそうな笑顔ってある?
:この子どうしたん?
:明るく振るまってるけど、根は陰キャだからwww
:二人との格差で受けたダメージをムリに笑うことでごまかしてるwwww
:そんなにショックだったのかwwww
:ったく、しょうがねぇなぁ~!
:勘違いするなよ、別におまえのために見てやるわけじゃないんだからな!
:べ、別にアンタの配信を見たいわけじゃないんだからねっ!
:ツンデレ湧いてて草
「はわわわ! ど、同接がすごいスピードで増えてく……!」
痛々しい笑顔を浮かべていた小春だったが、たくさんの新規視聴者が流入してくると、スマホを見ながら狼狽していた。
「うへ、うへへへへへへ!」
:笑い方wwww
:完全に甘々なラブコメアニメを見てるときの俺やんwwww
:承認欲求が満たされてよかったね小春ちゃんwwww
溶けかけのアイスみたいにダラしない顔つきになった小春だったが、ハッとすると咳払いをしてまたカメラを見あげる。
「えぇ~、もぉう! みんなわたしのこと好きすぎじゃん! 素直じゃないんだからぁ~! わたしを見たくて来たのなら、はじめからそう言ってよね!」
今度は心からの晴れやかな笑顔を浮かべると、小春は頬に指を当ててドローンカメラにむかってパチンと星くずが散りそうなウィンクをする。
:うざwwww
:うっっっっっぜwwww
:なんだこの子ウザったいなwwww
:友達になったら絶対面倒くさいタイプwwww
:調子出てきたな小春wwww
この前までミヨリは底辺配信者だったので、人気が出ないことの悲しさには共感できる。今回の配信で小春にも固定ファンがついてくれたらいいなと、ミヨリは内心で声援を送った。
だけどあんなふうにかわい子ぶって恥ずかしげもなくカメラにむかってウィンクするとか、自分だったら死んでも絶対無理なのでやらないけど。




