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ミヨリはクスリと微笑むと、あることを思い出す。
「ところでムラサメちゃん、配信を再開したんだね」
そう言いつつミヨリが歩き出すと、綾乃は追いかけてくる。歩幅をミヨリに合わせて、肩を並べるように隣をついてきた。
「あぁ、クランのほうでドローンカメラを新調してもらった。それで楽しみにしながら配信を再開させたんだが……」
「どうかしたの?」
「……『今日は悲鳴をあげないんだねwww』とか『まだ触手にブン回されないのwww』とか『得意技の気絶はまだかなwww』とか、そういったコメントばかりが書き込まれるようになった」
「……あっ、うん」
「しかもファンネームは『ムラサメ騎士団』だったはずなのに、ネットの悪ノリで『ポンコツ騎士団www』とか呼ばれてて、もう完全にこれまで築いてきたわたしの凜々しいイメージが吹っ飛んでしまったよ!」
「……えっと、ごめんね」
もしかしなくても原因はミヨリとダンジョン配信を行ったせいだろう。それで綾乃にポンコツなイメージが定着してしまった。
「ひょっとして、そのせいでムラサメちゃんの人気が下がっちゃったのかな?」
だとしたら非常に申し訳ない。何かお詫びをしないと。
「そう思うだろ? だけど逆なんだよ! ポンコツ扱いされるようになって、なぜか更にチャンネル登録者数が増えて人気がはねあがったよ! こんなの予想外だよ! 世の中どうなってんだっ!」
まるで理解できない超常現象にでも直面したかのように、綾乃は頭を抱えて叫んでいる。
どうやら人気が落ちたわけではないようだ。ミヨリは胸を撫で下ろす。
「人気が高まったけど、ムラサメちゃんとしては不本意な形だったってことかな?」
「あぁ、そうだ。いや、応援してくれる人が増えるのはうれしくはあるんだがな……」
どうにも腑に落ちないと綾乃は感じているらしい。
「ムラサメちゃんのその気持ちはよくわかるよ。わたしもネットでは何故かやべぇ女として扱われているからね」
「……いや、ミヨリの場合は当然というか、もはや運命だろ?」
綾乃に共感したつもりだったのに、「なにを言ってるんだこいつは?」という目を向けられて否定されてしまう。
……やべぇ女として生きる運命を背負ったつもりはない。
ミヨリは不満からムムッと唇をとがらせる。
軽口を叩きながら隣を歩く綾乃を見ていると、以前シルバーダスクの事務所で顔を合わせた玲奈のことがふと頭に浮かんだ。
「さっきの話に戻っちゃうけど、そもそもどうして玲奈さんはわたしをシルバーダスクに入れたいのかな?」
「それはミヨリが探索者として優れているからだろう。今となってはチャンネル登録者数が100万人を突破していて、配信者としても大人気だ」
「理由はそれだけ? 何か目的があって、わたしを仲間に引き込れたいんじゃないの?」
「……言われてみれば。そのあたりは掘り下げて聞いていなかった」
ミヨリからの指摘を受けると、綾乃は神妙な面持ちになって唇を結んだ。
玲奈がミヨリを仲間に引き入れて何をしたいのか、綾乃も詳しくは知らないようだ。
いずれにしろミヨリがクランに所属することはない。これから先もそれは変わらないことだ。
今は綾乃との会話を楽しもう。そう思って足を進めていく。
すると隣にいる綾乃が黙り込んだまま、こっちをチラチラとうかがってくる。
「どうしたの? ムラサメちゃん?」
「あぁ、いや……」
綾乃は唇を閉じて口ごもると、今度はあからさまに顔をそむけてくる。数秒ほど迷ったように唇をモゴモゴさせると、思いきってこっちを見てきた。
「言っておくが、別に玲奈さんの命令やギルドの意向があるから、こうしてミヨリに会いに来ているわけじゃないぞ。そういうのも全くの無関係とは言い切れないが、わたしがミヨリのところに来ているのは、それだけが理由じゃない」
まくし立てるように喋ると、綾乃は口元を手で隠しながら目をそらす。
「まだ一度だけだが、一緒にパーティを組んでダンジョンを冒険したんだ。……ミヨリのことは、探索者として仲間だと思っているよ。心のなかでは」
綾乃は胸の内にある想いを吐露すると、喉に詰まっていたものが取れたようにフゥ~とかぼそい息をもらした。
「ミヨリはいろいろとハチャメチャだが、良識はある。ギルドが危惧しているようなことは起きないし、監視は不要だとわたしは思っている。まぁ、そばにいたら負担が凄まじくて心臓に悪いがな」
ミヨリとのダンジョン配信での出来事を思い出したのか、綾乃は気が滅入ったようにうなだれた。
そんな綾乃を見ていたら、自然と顔がほころぶ。
「わたしもムラサメちゃんと仲良くできてうれしいよ。バズったきっかけをくれたのはムラサメちゃんだし、探索者としても仲間だと思っているよ」
綾乃がそうしてくれたように、ミヨリも胸の内にある想いを打ち明けた。
……が、ミヨリからの言葉を聞いた綾乃は、なぜか胸元に拳を当てて黙り込むと、目を閉じて片眉を微妙にヒクヒクさせていた。
「えっと……それはどういう表情なのかな?」
「……自分でもわからない。ここは喜ぶべきところなんだろうけど、素直に喜べないというか……なんだか複雑」
ミヨリと出会ったことをどういうふうに受け止めればいいのか、まだ綾乃は感情の整理がしきれていないようだ。
それから綾乃と会話を交わしながら歩みを進めていくと、住宅街によくある一戸建ての我が家が見えてきた。
「そういえば、玲奈さんの昔の配信を見たいってムラサメちゃん言ってたよね。ムラサメちゃんの都合さえよければ、これから一緒にうちで見る?」
自宅に招くと、綾乃はビクリと肩を竦ませる。それから鞄を握る手にギュッと力を込めていた。
しばし考え込むと、綾乃は「よし!」と気合いのこもった声をあげて頷く。
「……いいだろう。ダンジョンにもぐるくらいの勇気を出して、お邪魔しよう」
「うちはダンジョンじゃないから、勇気はいらないと思うけど?」
ちょっと家で遊んでいかないかと誘っただけなのに、なぜか綾乃は大きな覚悟を決めていた。




