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「あれは……」
ミヨリは千紗と別れて一人になると、いつものように帰宅ルートをたどっていく。
そしたら家の近くで、見知った少女の後ろ姿を発見した。
すらりと背筋を伸ばしていて、姿勢良く立っている。それだけで絵になるくらい容姿に恵まれている。後ろで束ねた長い黒髪が、夕陽をあびて艶やかな光沢を帯びていた。
まだこっちには気づいていない。
ミヨリはスマホを取り出すと、このまえ交換した連絡先に『うしろ』とだけメッセージを送る。そして気配を殺して忍び寄っていく。
着信音に気づいた少女は手に持った鞄からスマホを取り出すと、メッセージを確認して首をひねった。
「うしろ?」
少女は長い黒髪をたなびかせて、反射的に後ろを振り返ってくる。
「こんにちは、ムラサメちゃん」
「うひゃあああああ!」
微笑みながら背後に立っていたミヨリと目が合うと、村雨綾乃は悲鳴をあげて地面から跳びあがった。
「ふ、ふつうに声をかけられないのか?」
「ふつうに後ろから声をかけたら、ムラサメちゃんは驚かないのかな?」
「……いや、ミヨリが背後にいる時点で、人として驚くのは当然の反応だろう」
「当然ではないと思うけど、わたしってムラサメちゃんのなかでどういう扱いなの?」
「小型のバケモ…………真っ当な探索者からはかけ離れた存在だ」
「……へぇ、そうなんだね」
いま明らかに失礼なことを言おうとした。次に会うときは、もっとビックリさせてあげよう。
ミヨリが薄笑いを浮かべると、綾乃は自らの失言を後悔するようにグヌヌと唸っていた。
「今日もわたしを家の近くで待っていたのかな? こうしてムラサメちゃんと会って話すのは楽しいからいいけど、どんなにしつこく勧誘されてもわたしがシルバーダスクに入ることはないよ?」
「あぁ、わたしもそれはわかっているんだがな……」
綾乃はハァ~と長いため息をついて、肩を落とした。
先日の『鬼神たちの戦場』を攻略した配信は、多くの人々と探索者たちに衝撃を与えた。
あの配信を見ていたシルバーダスクのクランマスター、神崎玲奈は綾乃に「なに? あの怪物?」とミヨリのことを尋ねてきた。聞かれたところで綾乃に答えられるはずもないが。
規格外の力を持ったミヨリのことを、玲奈はどうしても手元に置いておきたいと思ったようだ。それで綾乃を通して頻繁に勧誘の声をかけてきている。
あそこまで意欲的になっている玲奈を見るのは初めてなので、綾乃としても驚きだった。
そういう事情から、綾乃はここ数日クランマスターからの命令によって、ミヨリを待ち伏せてはクランに誘っている。
だけどミヨリには全くその気がないので、勧誘される側よりも、むしろ勧誘する側である綾乃のほうが先に辟易してしまっている。
「シルバーダスク以外からも、たくさん声をかけられたんだろ?」
「そうだね。ぜんぶ断ったけど」
この前の配信の反響から、多くのクランや探索者たちからSNSに勧誘のメッセージが送られてきた。みんなミヨリのことを恐れているけど、裏を返せばそれだけ強力な存在だと見なしているので、仲間に引き込みたいのだろう。
だけどミヨリはそういったことには興味がないので、どこにも所属する意思がないことを伝えて、全てお断りさせてもらった。
「普通は多くのクランから引く手あまたなら喜んでしかるべきなんだが、ミヨリにとってはそうじゃないということか」
綾乃は首を左右に振った。ミヨリは探索者としての常識を逸脱しているので、一般的な価値観は当てはまらない。
「一応聞いておくが、断った理由は……」
「もちろんダンジョンブラッドの黒野スミレちゃんがそうしていたからだよ。スミレちゃんはね、パーティを組むことはあっても特定のどこかに属するようなことはしないよ。どうしてだかわかるかな? それはね、自分が最強であることをスミレちゃんが誰よりもよく理解しているからだよ。どんな強敵が現れても、自分一人いれば十分だってことをわかっているんだよ」
相変わらず黒野スミレのことになると早口になるミヨリに、綾乃は引く。深掘りしなきゃよなかったと内心で反省中。
「それとメディアからの出演依頼もきていたけど、そっちも今はダンジョン配信に注力したいからってことで断らせてもらったよ」
そういうのはクランからの勧誘よりも興味がない。そんなことをしているヒマがあるなら、ダンジョンにもぐるか、ゲームをしていたい。
「探索者組合のほうも、ミヨリの動向を気にかけている。要注意人物として警戒しているようだ」
「もしかして近頃ムラサメちゃんがわたしに会いに来てたのって、それも関係しているのかな?」
「あぁ、そうだ。ミヨリが危険な爆弾なのかどうか見定めるように、ギルドがシルバーダスクに監視を頼んできた」
その役目は、ミヨリと一緒にダンジョンにもぐってしまった綾乃にまわってきたというわけだ。綾乃はミヨリの見張り兼クランへの勧誘という二重の使命を任されている。
「大変だね、ムラサメちゃん」
「まるで他人事のような口振りだな……」
全ての元凶であるミヨリから哀れみの目を向けられると、どういう反応をすればいいのかわからなくて綾乃は困ってしまう。




