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 光の柱のなかに踏み込んだミヨリは、ダンジョンの出入り口であるゲートの前に降り立った。


 宣言していたとおり、無事に地上に戻ってくる。……綾乃は気絶したままだけど。


 短時間で攻略したので、まだ日は沈んでおらず街並みは明るい。 


 それとどういうわけか、周りにはたくさんの人がいた。


 ダンジョンのゲート付近は探索者か、探索者組合などの関係者以外は立ち入り禁止だ。周りにいるのは全員探索者だろう。


 ここにいるのはミヨリの配信を見て集まった者たちだ。みんなミヨリに興味があってやって来た。だけど遠巻きに見るだけで、誰も声はかけない。まだミヨリが配信中なので気づかっている。


 もっとも、なかには実物のミヨリを見て気圧されてしまい、やっぱり声をかけるのをためらっている者が多数いるのだが。


 ミヨリは集まった探索者たちのことを意に介さず、頭上にあるドローンカメラに声をかける。


「ただいま。地上に戻ってきたよ」


:おかえりなさい!

:おかえりなさいませ! ミヨリ様!

:おかえりミヨリン!

:おかえり! だけどムラサメちゃんは気絶したままwwww

:おかえり! ミヨリ!(父より)

:おかえりなさい(母より)

:おかえりミヨリちゃん!(大親友)


 今まではダンジョンから帰還しても、出迎えてくれる人は誰もいなかった。こんなにたくさんのコメントが返ってきて、うれしさで胸の鼓動が高鳴る。ミヨリは口元がだらしなくゆるみそうになるのを必死に堪えた。


:ドラゴン討伐の切り抜き動画がすごいことになってるよ!

:切り抜かれまくった動画がどれも爆速で百万超え!

:これ一千万再生いくやろ!

:ミヨリちゃんのチャンネルが登録者数100万人を超えてる!


「チャンネル登録者数100万人……!」


 そのコメントが目につくと、ミヨリは驚愕のあまり声が裏返ってしまい、首根っこをつかんでいた綾乃から手を離してしまった。


:ドラゴンと戦ってるときよりも驚いてて草

:ムラサメちゃん落としたwwww

:ゴンッて音したぞwwww


「っ……! わたしは一体……!」


 思いっきり地面に頭を打ちつけた綾乃は目を覚ますと、慌てて周りを見まわした。


:起きたwww

:ムラサメちゃん起きたwwww

:頭を打った衝撃でwwww

:ムラサメちゃんは頑丈だから大丈夫だろうけどwwww

:配信終わる前に起きてくれてよかったwwww


「異界のボスであるブルードラゴンを倒して、地上に戻ってきたんだよ。ムラサメちゃんは途中で気を失っていたけど」


「っ……そうだ! あの目玉と口がたくさんついた気持ち悪い剣が大きくなって……」


 綾乃は起きあがると、ガクガクと震えながら自分の身体を抱きしめる。新種のドラゴンよりも、ミヨリが取り出したギョロちゃんのほうが怖かったようだ。


:またムラサメちゃんに新たなトラウマがwww

:なんなら視聴者たちもトラウマ刻まれた!

:マジで最後に出てきた剣はこわすぎる! 今夜は眠れそうにない!


「……と、とにかく戦闘中に気を失ってしまうなんて、面目ない……」


「大丈夫だよ。気にしてないから」


 いくらミヨリが取り出した剣がおぞましすぎたとはいえ、最後まで意識を保っていられなかったことを綾乃は申し訳なく思っていた。


:気絶したとはいえ最後まで付き合ったムラサメちゃんは立派だよ

:普通の探索者なら途中で逃げ出しててもおかしくない

:ミヨリちゃん何気にムラサメちゃんのこと戦力外だって言ってるねwww


「まさか本当に異界のボスを倒してしまうとは……。というか、やけに頭が痛いのはなんでだ?」


「………………」


:黙ってるwwww

:教えてあげなよwwww

:この配信見返したらムラサメちゃん恥ずかしくなって顔真っ赤になるだろwww


 綾乃にはあとで謝っておこう。そう決めると、ミヨリは綾乃のほうに向き直った。


「ムラサメちゃん。今日はパーティを組んでくれてありがとう。こんなにたくさんの人が見に来てくれたのは、ムラサメちゃんのおかげだよ」


「助けてもらったお礼だからな。……まぁ、わたしがいなくてもミヨリなら多くの新規視聴者を獲得できていたと思うが……。と、とにかく、無事に戻って来られてよかった」


:ムラサメちゃん声が震えてるwwww

:まだちょっと怖いみたいwww

:すげぇホッとしてるなwwww

:ムラサメちゃんがいたからおもしろかったwwww

:触手にブン回されてるところとかなwwwww

:どうも娘がお世話になりました(父より)

:むしろ娘さんがお世話してたけどね!

:ムラサメちゃん「できればこの子とは二度とパーティを組みたくないな……」

:↑こらぁ! ムラサメちゃんの心の声を勝手に読むな!

:みんなこれこそがミヨリちゃんだよ! 神だよ! 現世に降臨した神そのものなんだよ!(大親友)

:大親友さん相変わらずやばいwww

:それぐらい心酔しちゃう気持ちはわかる!


 コメントが大賑わいだ。今日の配信が上手くいったことに、ミヨリは胸を撫で下ろす。


 振り返ってみれば、綾乃がそばにいてくれてとても助かった。緊張するなかで、誰かが近くにいてくれるのは心強いものだ。


 言葉にして伝えた以上に、綾乃には感謝している。


 長い旅を終えたような良い雰囲気になっているので、そろそろまとめに入るとしよう。


「無事にダンジョンを攻略できたから、今日の配信はここまでかな。明日は楽しみにしているダンジョンブレイドの発売日だからね。じっくりプレイして心を休めるよ。それじゃあご視聴ありがとうございました」


 ミヨリは微笑みながら別れの挨拶して、配信を切る。


 そうするつもりだったのだが……。


:……ん?

:え……?

:あっ……?

:??????


 なにやら様子がおかしい。困惑したコメントが次々と表示されていく。一体なんだというのか?


 疑問に思ったミヨリは配信を切るのをやめた。


「えっと、みんなどうしたのかな?」


:あ~……

:それって……

:ミヨリちゃんもしかして……


 どういうわけか視聴者たちがミヨリのことを心配しはじめる。ますますわけがわからない。ミヨリの疑問は深まった。


:えぇっと…………

:ミヨリ様……非常に言いづらいのですが……

:ダンジョンブレイドの発売日は……

:ミヨリ。あなた勘違いしてるわ。そのゲームの発売日は明日じゃないわよ。今日よ、今日!(母より)


「…………っ!」


 母親からのコメントが目に飛び込むと、ミヨリは顔が真っ青になってカチコチに固まった。


:wwwwww

:発売日まちがえてたのかwwww

:バズってゴタゴタしてたからねwwwww

:ブルードラゴンの攻撃よりもダメージ受けてて草不可避!

:ブルードラゴン「俺はゲームの発売日よりも弱いのか……」


 ダンジョンブレイドの発売日をまちがえていた……。バカな……そんなことが……。


 いや、言われてみれば最近はバズった影響で精神的に余裕がなくて、ゲーム情報を細かくチェックできていなかったけども……。


:しかもミヨリがアビスソフトのことを配信で喋ったからすごい話題になってて、店頭のパッケージ版はどこも売り切れ状態wwww(母より)

:ネット通販サイトもどこも品切れみたいwwww(母より)

:やっちゃったわねミヨリwwwwww(母より)

:母ちゃん笑うんじゃねぇwwww

:俺もミヨリ様の配信を見てネットでダンジョンブレイド買ったwww

:ワイもwww

:おまいら、どれだけミヨリ様にダメージ与えてんねん! 俺も買った!

:ミヨリちゃんがみんなも買うよにって販促してたもんね!

:ミヨリちゃん「よかったらみんなもダンジョンブレイドを買って遊んでみてね(いい笑顔)」

:やめてあげろwwww


「そんな……」


 どこのお店でも売り切れている。通販サイトも軒並み全滅。


 楽しみにしていたゲームを発売日に買えないという絶望感に、ミヨリは膝から崩れそうになる。


「なにかショックを受けているようだが、どうかしたのか?」


 明らかにミヨリの様子がおかしいことに気づいた綾乃は真剣な表情で聞いてくる。ミヨリのことを本気で心配していた。


「ダンジョン攻略中に話していたダンジョンブレイドなんだけど、発売日は明日だって思っていたのに、それはわたしの勘違いで、本当の発売日は今日だったみたい。わたしが配信でダンジョンブレイドのことを話しちゃったから、どこももう売り切れだって……」


「……え? それだけ?」


 事情を聞いた綾乃はキョトンとなる。もっと重要なことだと思っていたのに拍子抜けだった。というかそこまで落ち込むようなことなのかと疑念さえ抱く。


 だけどミヨリは相当がっかりしている。ゲームにかけるミヨリの情熱は理解できないが、冒険を共にした仲間として、はげましの言葉をかける。


「楽しみにしていたゲームなら、店に予約してあるんだろ? だったら問題ないじゃないか」


「…………い」


「え?」


「……予約してない。いつも店に行けば、アビスのゲームはだいたい置いてあるから、今回も大丈夫かなって……」


 なぐさめたつもりだったが、かえってミヨリの傷口をひろげてしまった。綾乃は「うっ……」と声をもらす。


「そ、そうだ、ダウンロード! ネットにつないでダウンロード版を購入すればいいじゃないか! これならパッケージ版が売り切れてても遊ぶことができる!」


「それだけはできないよ」


「できないって……え? なんでだ?」


「わたし、楽しみにしてるゲームはパッケージ派だから」


「……そこ、こだわるのか」


 きっぱりと断言してきたミヨリに、綾乃は「なに言ってんだこの子は……」と呆れた視線を向けていた。


「ゲームをお店に買いに行くときのワクワク感が好きだし、購入してから家に帰るまでの時間は幸せでたまらない。大好きなゲームの箱を手に取って開いたときの喜びは唯一無二のものだよ。わたしはそういうことを大切にしたいからね」

 

「…………めんどくさいな、こいつ」


 綾乃はついボソッと本音がもれてしまう。


:こ、こらぁ! ムラサメェ!wwwwwww

:ミヨリ様に救ってもらった恩義をもう忘れたか!

:ミヨリちゃんの言わんとしていることはわかる! 俺もパッケージ派!

:ワイは断然ダウンロード派だ!

:わたしは二刀流! 本当に気に入ったのだけパッケージでも買う!

:…………ミヨリ(父より)

:…………ミヨリちゃん(大親友)

:おとんと大親友さんがガチで心配してるwwww


 もうダンジョンから脱出したはずなのに、二人のやりとりになぜかコメント欄が盛りあがっていた。


「ま、まぁそのうち買える日がくるだろ。だから元気を出したらどうだ? まだ配信は終わっていないんだし」


 綾乃はぎこちなく微笑んでみせると、どうにかしてミヨリを立ち直らせようとする。


:ムラサメちゃんなぐさめようとしてて偉いwww

:今日はじめて役に立ったなwww

:確かにwww

:ダンジョンのなかじゃなくて、ダンジョンの外で役立つ女wwwww


「……だって」


「ぐっ……」


 ミヨリがコメントを読みあげると、綾乃は眉間をひそめて唸った。否定したいけど、できない事実のようだ。


 でも綾乃が言ったように、まだ配信は終わっていない。ちゃんとしないと。


「……黒野スミレちゃんなら、どんなことがあっても最後まで戦う。楽しみにしていたゲームの発売日をまちがえても、くじけたりしない。それに多くの人の手にアビスソフトのゲームが行きわたるのは、良いことのはずだよ」


 自分にそう言い聞かせて、ミヨリはどうにか感情を制御した。


:ここでそれ言うかwwww

:ダンジョンのボス戦ならともかく、ゲームの発売日まちがえたショックで言うんじゃないwwww

:黒野スミレちゃんはゲームの発売日まちがえてもここまでくじけないだろwwwww

:この子は一体なにと戦ってるんだwwwww


 どうにか気持ちを静めると、ミヨリは再びドローンカメラを見あげた。なるべく自然な微笑みを浮かべて、もう一度みんなにお別れの挨拶をする。


「予期せぬハプニングがあったけど、き、今日の配信はここまでにします。ご、ご視聴ありがとうございました」


:めっちゃ笑顔ひきつっててかわいい!

:渾身の笑顔www

:お疲れ~!

:乙~!

:最後まで俺たちを飽きさせないミヨリ様wwww

:いいもん見せてもらった!


 大勢の視聴者たちとの別れを済ませると、今度こそ配信を切って、浮いているドローンカメラを回収した。


 これでようやく本当の終わりだ。


 配信を終えると、綾乃も「ハァ~」と長いため息をこぼして脱力する。信じられないスピードでダンジョンを攻略したが、これまで経験したどんな冒険よりも長い一日に感じられた。全身にまとわりつく疲労感もいつもの比ではない。


 今日は帰って、しっかりと休もう。そう決めた綾乃はミヨリに軽く声をかけて、解散しようとするが……。


 バタッと隣で音がした。


「ゲ、ゲームが……! わたしの……ダンジョンブレイドが……!」


「え?」


 綾乃が横を向くと、そこには地面に膝をついたミヨリがうつろな表情になって何かをつぶやいていた。


「ダンジョンブレイドが……うっ……ぐっ……」


 ショックのあまり身体に力が入らない。意識が遠のいていく。ミヨリは胸をかきむしりながら、その場でバタリと力つきた。 


「ええええええええ! ちょっ……! 倒れちゃうとかウッソだろ! そんなことありえるのか!」


 綾乃は眼球が飛び出しそうなほど両目を見開いて仰天すると、倒れたミヨリを抱きかかえる。


「ミヨリ! ミヨリ! しっかりしろ! ミヨリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 周りに集まっている探索者たちがザワつくなかで、綾乃は胸に抱いたミヨリを何度も揺さぶりながら、喉が裂けそうなほど叫んだ。


 今日一日振り回されつづけた少女の名前が、青空の彼方まで高らかに響きわたった。




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