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 第九階層をミヨリは素早い足取りで歩いていく。緊張しているせいで足の動きが速くなっていた。


 そばにいる綾乃はまだおびえた表情をしていて、ちょっとだけ距離を取ってミヨリの小さな背中を追いかけていく。


:「アークデーモン強化状態を被弾ゼロ」、「ワン太がパクパク」、「コメント見てる場合じゃねぇぞおおオオオオオオオオオオオイ!!!(父より)」がトレンドに入ってる!

:なんでおとんがトレンド入りしてんだよwww

:「フリーズしたお父さん」に続いてまたお父さんがトレンド入りしてて大草原


 さっきのボス戦がネット上で騒がれているようだ。コメントの流れが止まらない。同接も十五万までいって、もうわけがわからなかった。ミヨリは目がまわりそうになる。


:とうとう九階層まできたからゴールまであとちょっと!

:第十階層のボス「き、今日はもう帰ったほうがいいんじゃないかな(必死)」

:↑ボスびびってて草

:ボスさん逃げてぇ!

:もはや誰もミヨリちゃんの心配をしてないwww

:むしろボスを心配してるwww

:ミヨリンにダメージを与えるにはアビスソフトのゲーム情報を伝えるしかない

:やめとけ! ワンワンにパクパクされるぞ!


 コメントにもあったように最深部の第十階層まであと少しだ。ミヨリは首を左右に振って緊張を振り払うと、気合いを入れなおした。


:ようやくこの頭がおかしくなりそうな配信も終わるのか……(父より)

:おとん配信が終わりそうでホッとしてるww

:娘のこんな姿を見せられたらね……

:お父さんお疲れさまですwww


 コメントを見ながら歩いているミヨリだったが、ぴたりとその足を止める。


 いきなりミヨリが立ち止まったので、同行していた綾乃も慌てて歩みを止めた。


「どうしたんだ、ミヨリ?」


「……音が聞こえるね」


「音……?」


 綾乃は不安げに眉間をひそめる。


:音?

:音って……?

:いや待て! 小さいけど何か聞こえるぞ!


 シャリシャリと硬質なものが擦れるような音が、どこからともなく聞こえてくる。


 ……鎖の音だ。


「……っ! まさかこれは死神か!」


 綾乃は肩を大きく竦ませると、後ろ髪を揺らしながら周囲に目を配る。


:うわあああああ! とうとう現れちまったか!

:十階層まであとちょっとだったのに!

:え? 死神ってなに?

:ごく稀にダンジョンに出現するイレギュラーの一つ!

:最深部にいるボスよりも強いという理不尽なヤツだ!

:どの階層に現れるかわからないし、突然やってきて探索者を攻撃してくる!

:ベテランの探索者でも死神とは戦闘を避けるようにしてる!

:この鎖の音が聞こえたら、真っ先に逃げるべし!

:このダンジョンの真の恐ろしさはオーガやアークデーモンじゃなくて、死神の出現率の高さなんだよ!

:てことはいまミヨリンたちピンチじゃん!


 死神が近くまで来ていることに、多くのコメントが浮き足立っていた。

 

「逃げるぞ、ミヨリ! トップクラスの探索者でも、死神が相手では苦戦を強いられる!」


 それが最善の判断だと、綾乃は語気を強めて訴えてきた。


:逃げろ!

:逃げて! 冗談抜きで!

:ミヨリぃぃぃ! 逃げろおおおおお!(父より)


 パーティを組んでいる綾乃も、コメント欄も撤退するように催促してくる。


 しかしミヨリはその場から動かずに、「へぇ」と薄ら笑いを浮かべて前を見据えていた。


「だけどもう遅いみたいだよ」


「なに……?」


 ミヨリがそのことを教えてあげると、綾乃は凍りつく。


 既に鎖の音はすぐそこまで来ていて、数メートル先にソレがいた。


 ツギハギだらけの紺色のローブが宙に浮遊している。枯れ木のような細い身体には何本もの鎖がからみつき、フードを被った顔は包帯が巻かれていて、その隙間から赤い瞳が殺意の光を放っていた。


 比喩でもなんでもなく、探索者にとってそれは正真正銘の死神だった。


:アレが死神……!

:画面越しでもゾッとする!

:明らかに他のモンスターとは異質の存在だ

:え? アレって関わったらダメなヤツだろ?


 直接ではないにしろ、死神のまとう冷たい空気を感じ取った視聴者たちは騒然となっていた。


 その死神が、ゆらりと緩慢な動きで右手をあげてくる。


「っ……!」


 既に撤退の機を逃したことを悟った綾乃は剣を抜く。気圧されつつも駆け出した。距離を縮めていき、死神が仕掛けてくる前に斬りかかる。


 渾身の力を込めた一撃が叩きつけられた。

 

「なに!」


 その一撃を、死神は右手だけで造作もなく受け止めてみせる。掌には刃が触れているのに、傷を負わせることができない。


:ムラサメちゃんの剣を素手で……!

:ぜんぜん効いてねぇ!

:防御力おかしいだろ!

:死神は物理防御だけじゃなくて、魔法防御も桁違いに高いぞ!

:理不尽の塊じゃねぇか!


 全力の一撃が防がれてしまった。綾乃は相手との圧倒的な力量の差を感じ取る。まるで勝ち筋が見えない。


 引きつった頬に汗が流れると、綾乃は地面を蹴って後退し距離を取る。


 死神はシュュュと包帯におおわれた口元から冷ややかな息をこぼすと、右手を突き出してくる。その掌が血のような赤い輝きを帯びていく。


 死神の右手が明滅すると、魔力の塊である赤い光が放たれる。薄暗い洞窟のなかを閃光が直進してきた。

 

 眼前まで飛んできた赤い魔弾を、綾乃はギリギリのところで身をそらして回避する。全身からブワッと汗が噴き出した。あとコンマ数秒でも遅れていたら直撃していた。


 だが、まだ赤い魔弾は追跡をやめない。綾乃の後方に飛んでいった魔弾は半円を描くように旋回すると、先ほどよりも速度を増して舞い戻ってくる。


「しまっ……!」


 背後からの襲撃に綾乃は目を見張る。回避は間に合わない。


 赤い魔弾が綾乃の背中を撃ち抜こうとしたその直前、ミヨリの足元にある影から黒い触手が伸びてくる。鞭のようにしなる触手がバシィと飛んできた魔弾を弾いた。


 弾き飛ばされた魔弾はダンジョンの壁に衝突して、盛大な爆破を起こす。砂埃を飛び散らした壁がクレーターのように陥没する。死神の放った魔弾がどれほど高い威力なのかを物語っていた。


「危なかったね。ムラサメちゃん」


「……あ、あぁ」


 ミヨリが笑いかけると、綾乃は狼狽しながら頷いた。


:自動追尾の魔法攻撃! しかも威力が激ヤバすぎる!

:こんなんチートやん!

:だから第十階層のボスよりも強いんだよ!

:ミヨリ様が触手で弾いてなかったら、ムラサメちゃんに当たってた!


 死神の放った魔弾にコメント欄がどよめく。ミヨリたちの身を案じる多数の書き込みがされる。





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