18
「さてと、おやつの時間だね」
飛び交う魔法攻撃をよけながら、ミヨリは薄笑いを浮かべてつぶやく。
その瞳を自分の影に向ける。
「ワン太、出ておいで」
ミヨリが呼びかけると、足元の影がグニャリと歪んでうごめいた。そのなかからソレが飛び出してくる。
巨大な影によって形成された黒い犬のようなモノが、四本の足でボス部屋に降り立った。だけど犬ではありえないほどサイズが大きい。五メートル近くはある。
その野性的な顔には左右に四つずつ、全部で八つの赤い瞳がついていた。
ミヨリの影から出てきた巨大な犬のようなモノに、綾乃はアワアワとなってしまう。
:ウェッ…………!!!
:えっ! えっ! えっ!
:チョッ! なんだよアレェェェェェェェ!!!
:イヌ? イッヌなのか?
:イヌは目ん玉が八つもねぇだろ!
:イヌにしてはデカすぎる!
:う、うちのワンちゃんとぜんぜん違う……(困惑)
:↑落ち着け! 当たり前だ!
:アークデーモンさんの魔法攻撃が当たりまくってるのに、あのイヌさん平気そうなんだが……!(震え声)
:ムラサメちゃんもアークデーモンさんも俺らもアワアワなってる!
唐突に現れた巨大な犬にアークデーモンは魔法攻撃を集中させるが、全くダメージを与えることができない。悔しそうに歯ぎしりをしてアークデーモンは混乱する。
ミヨリは唇に微笑をはりつけたまま、呼び出した魔獣に命令を下す。
「よし。めしあがれ」
主人からの許しが出ると、八つ目の魔獣は牙を剥いてグルルルルルと唸った。四本の足で地面を蹴って疾走する。
アークデーモンは「グガアアアアア!」とわめき散らしながら魔法攻撃を放ちまくる。だが魔獣にはまるで効いていない。
猛スピードで駆け抜けた魔獣は鋭利な牙の並んだ大きな口を開けると、錯乱状態になっているアークデーモンをバクリと丸ごと食らう。口のなかでガツガツと噛み砕いてゴックン。喉を鳴らして呑み込んだ。
食事を終えると、ベロリと大きな舌で口周りを舐める。それから巨体をくるんと回して、ミヨリのもとに歩いて戻ってきた。
「よしよし、いい子だね」
ミヨリが鼻先を撫でてあげると「ワフッ!」と上機嫌に吠える。長い尻尾を左右に振ると、ミヨリの影のなかに飛び込んで戻っていった。巨大な犬が忽然と姿を消してしまう。
:……
:…………
:………………
「あれ? 接続が悪いのかな?」
あんなに盛りあがっていたコメントが、急に止まってしまった。心配になったミヨリは首をかしげながらスマホを覗き込む。
:ミ、ミヨリ様……い、いまのは……
:おおきいワンワンが影のなかから出てきたような……
:それがアークデーモンをペロリと……
よかった。ちゃんとつながっているみたいだ。
ミヨリは穏やかに微笑むと、みんなからの質問に答える。
「さっきのはワン太っていって、わたしが影のなかに飼っているペットだよ」
:……ペット?
:……ペットって……?
:あ~、なるほどなるほど、ペットか~(思考放棄)
:なぁんだ、あれペットだったのか~(思考停止)
:諦めんな! 正気に戻れぇ!
あの黒い犬について議論するコメントが一気に流れ出した。多くの視聴者たちが混乱に陥っていた。
とりあえずミヨリは、戦闘が終わったので触手を巻きつけていた綾乃とドローンカメラを解放した。
全身にまとわりついていた触手が離れていくが、それでも綾乃はガクガクと震えが止まらなかった。
「あっ……。あっ……。あは、あはははは、あはははははは…………」
綾乃は両目を見開いたまま表情を引きつらせて笑い出す。そうでもしないと頭がおかしくなりそうだった。
:あっ、とうとうムラサメちゃんがwwww
:ムラサメちゃんのSAN値がwww
:発狂ゲージがマックスにwww
:俺も現場にいたら発狂してる自信がある……
:むしろムラサメちゃんはよくもってるほうだ!
:もうムラサメちゃんのメンタルは限界よ!
:アッ……アッ……(父より)
:ミヨリ! お父さんが「アッ」しか言えなくなってるわwwww(母より)
:お父さん!!
:お父さんまでwww
:だからおかんはお父さんを笑うなwwww
:ミヨリちゃんは神なんだよ! ミヨリちゃんの素晴らしさを世界中の人類が崇めるべきなんだよ!(大親友)
:宗教かな?
:ミヨリンもやべぇけどこの親友もやべぇだろwww
:まぁさっきのは切り抜いて拡散しますが!
:俺も!
:ワイも!
:ワンワンのインパクトのせいで気づかなかったけど、同接が十三万いってるぞ!
:ホンマや!
「……えっ! 十三万!」
ミヨリはビクッとすると、スマホ画面をガン見する。本当に同接が十三万もいっていた。
:ミヨリちゃんwwww
:アークデーモンと戦ってるときよりも慌てて草
:おめでとう!
:父さんはミヨリのそういうところ見ると落ち着くぞ(父より)
:おとん落ち着くなwww
:おとんは娘の配信見てないで仕事しろwww
:今日は休日だからww
:休日なのにぜんぜん休めてねぇwww
ハッとするとミヨリはスマホ画面から顔を離した。同接が爆増してまたビックリしてしまった。
「そ、それじゃあボスを倒したし、先を急ごうか」
:ミヨリちゃん声が震えてるwwww
:また同接が増えたからビビってんだよwww
:ボスにもこれくらいビビってあげてくださいwwww
ミヨリは静まり返ったボス部屋のなかを歩いていく。
その後ろを綾乃はフラフラとした足取りでどうにかついていった。まだ足の震えがおさまらない。
:ムラサメちゃん生まれたての子鹿みたいになってるwww
:あんなの目の前で見せられたら子鹿になっちゃうよwwww
:さっきのワンワンが怖すぎて画面の前にいる俺もいまだに震えが止まらねぇよ!
:たぶんまだ震えが止まんない視聴者がたくさんいる!
ボス部屋の奥まで歩いていくと、次の階層への階段があった。
ミヨリは同接の多さに緊張しながらも、階段を降りていった。




