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「ウゥゥゥ……!」
ミヨリが推しについて気持ちよく語っていると、片腕を失ったアークデーモンが憎々しげな声をあげて立ちあがった。
憤怒の感情を剥き出しにしてミヨリを睨みつけてくると、アークデーモンは自身の周りに複数の魔法陣を展開してくる。宙に描かれた魔法陣が輝き出すと、アークデーモンがまとう魔力が急激に増大していった。
「まずい……!」
アークデーモンが魔法陣を展開したのを視認すると、綾乃は険しい表情になる。
:強化状態になろうとしてんのか!
:急いで止めろ!
:え? なに? どういうこと?
:あの複数の魔法陣を早く壊さないと、アークデーモンが強化状態になるんだよ!
:強化状態になったら手がつけられない!
:だから強化状態になろうとしたら、止めるのが定石!
:それを知らずに挑んだ探索者たちはみんな敗走してる!
にわかにコメント欄が色めき立つ。アークデーモンの危険性を多くの視聴者が訴えかけてきた。
:……いや、あの、ミヨリ様ぜんぜん止めようとしないんだけど?
:さっきから見てるだけだな?
:ちょっ、マジで見てるだけじゃん!
:何してんの! 早く止めて!
アークデーモンを止めるようにと、多くのコメントが急かしてくる。だけどミヨリはアークデーモンに攻撃を仕掛けることはしなかった。
「これは味変だよ」
:……ん?
:味……変……?
:えっと、ごめん何言ってるのかわかんない……
:落ち着けみんな! きっとミヨリ様には深い考えがあるんだ!
「食事って、同じものばかりだと飽きてくるよね。だから変化を加えることで、飽きを防いでいる。このアークデーモンも強化状態になることで、わたしたちを飽きさせないようにしているんだよ。それにゲームならボスの強化状態とか見てみたいし、配信的にもそっちのほうが盛りあがるよね」
:なるほどわからん!!!
:おい! この子、配信が盛りあがるためにあえてボスを強化状態にしようとしてんぞ!
:これが味変か……
:ボスの強化を味変とか言うな!
:ゲームと現実をごっちゃにしたらダメだよ!
:さすがに我ら忠臣もいまのミヨリ様の考えは理解できませぬ……
:ミヨリ様は狂人でした……
:忠臣がwww
:みんなあああああ~! 変な子がいるぅぅぅ~~~~!!!
:ミヨリ! いいから早く止めなさい!(父より)
:お父さんガチ説教www
:いや、冗談抜きでマジで止めたほうがいいって!
コメント欄に動揺が走るが、ミヨリは黙ったままアークデーモンの強化が終わるのを待った。
ミヨリが動く気がないのを知ると、綾乃は剣を握り直す。仕方ない。ここは自分がやるしかない。
ミヨリに確認を取らずに綾乃は走り出す。アークデーモンが展開した魔法陣を迅速に破壊しようとするが。
「ひゃう!」
一歩目を踏み出した瞬間、ミヨリの影から伸びた触手が綾乃の両足に巻きついてきた。その感触に身の毛がよだつ。下半身の自由を奪われて動けなくなる。
「……ムラサメちゃん。何をしようとしているのかな? 勝手なことをしたらダメだよ?」
「あ、あ、あ、わ、わた、わたしは、ただアレを止めようとだな……」
「……ダメだよ?」
「あっ、あっ、う、ぐっ…………」
ミヨリがクスリと笑いかけると、綾乃は身体を竦ませて黙り込んだ。
:ムラサメちゃんwwww
:涙目になってるwww
:笑っちゃダメだとわかってるのに笑ってしまったwwww
:このパーティ上下関係がハッキリしてるなwww
:それは最初からでは?
:ボスの強化状態とあえて戦おうとするなんてミヨリちゃんしゅごしゅぎだよおおおおおおお!!!(大親友)
:この大親友もアカン!
ミヨリが見守っていると、アークデーモンが展開していた魔法陣が輝きを強めていき弾け飛んだ。灰色だった身体が黄金の光をまとい、魔力量が爆発的に増加する。
:オワタ!
:アレめっちゃ強くなってんじゃないの!
:アークデーモンの強化状態とかはじめて見る!
:こうなる前に止めるのが定石だかんな!
強化状態になったアークデーモンは、残っている左腕をミヨリに向けてきた。
ミヨリは足元の影から更に触手を生やすと、綾乃の身体に巻きつけて拘束を強める。「うひゃあ!」という声がする。それから頭上に浮かぶドローンカメラも壊さないように触手でつかんでおく。
アークデーモンの左手が発光する。さっきよりも威力と速度が増した魔力の弾が連射される。それに加えて地面に複数の魔法陣が描かれていき、爆破が起きる。宙にも魔法陣が展開され、そこからも魔力の弾が雨のように降りそそぐ。
絶え間なく爆音が響き渡り、ボス部屋の到るところで破壊が巻き起こる。
ミヨリは影の触手で綾乃とドローンカメラを引っぱりながら動きまわり、アークデーモンの猛攻をよけていく。
:カメラの動きがめちゃくちゃでよくわかんないけど、ボス部屋が魔法攻撃で埋めつくされてる!
:これがあるから強化状態にしちゃダメなんだよ!
:爆音で耳が痛い!
:なんという連続魔法攻撃!
:シューティングの弾幕みたいね(母より)
:おかんノンキだな!
「グゥッ……!」
アークデーモンが困惑して喉を鳴らした。
どんなに魔法攻撃を繰り出しても、ミヨリにはかすりもしない。顔色一つ変えずに飛んでくる光と爆破のなかを搔い潜っている。
ボス部屋では魔法攻撃による爆音と、凄まじいスピードで触手に振り回される綾乃の「ふひゃああああああああ!」という絶叫が響き続けた。
:カメラぜんぜん壊れないけど、まさかミヨリちゃん全部よけてんの!
:アークデーモンが魔法攻撃を連発してるし、地面は爆発が起きてるし、上からも光が降ってきてんだけど、それも全部よけてんのか!
:この弾幕のなかを被弾ゼロ! うせやろ!
:チラッと見えたけど、触手にからまれたムラサメちゃんがすごい速さでブン回されてるwwwww
:ホントだ叫び声が聞こえてくるwwwww
:爆音のなか響いてくるムラサメちゃんの叫び声wwww
:ちょいちょいカメラに泣き叫ぶムラサメちゃんが映り込んでるwwwwww
:アークデーモンさん「ちょっ……ウソでしょ……?」
:↑マジでそんな顔してるっぽいwwww
「よかった。みんなちゃんと喜んでくれてるみたいだね」
左腕に固定したスマホを確認すると、無数のコメントが流れていた。
やっぱりボスを強化状態にしたのは正解だった。
:ミヨリン前見て! 前っ!
:スマホ見てないで顔あげて!
:コメント見てる場合じゃねぇぞおおオオオオオオオオオオオイ!!!(父より)
:お父さん荒ぶってるwww
:お父さんリアルにコメントと同じこと叫んでるwwwww(母より)
スマホ画面に視線を落としていたミヨリに、警告するコメントが殺到した。視聴者側としても心臓に悪い映像のようだ。




