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ミヨリは周りにいるオーガの集団に視線をめぐらせる。ここであまり時間をかけたくはない。
「テンポよく、サクサクいかないとね」
静かな声音でつぶやくと、ハイオーガを見た。
ミヨリと視線が合うと、ハイオーガは殺意を立ち上らせて吠えてくる。
「ウガアアアアアアアアアアアアア!」
ハイオーガの叫び声が反響すると、周りを包囲しているオーガの集団が一斉に走り出した。
それに先んじて、ミヨリは足元の影を全方位に向けて拡張していた。増水した湖が大地を侵食するように、ミヨリの影がダンジョンの地面を真っ黒に塗り潰していく。
「うひゃああああ!」
いつの間にか自分の立っている場所が真っ黒に染まっていることに気づいた綾乃は跳びはねる。
驚愕しているのはオーガたちも同様だった。
拡張した影は周りにいるオーガたちのもとまで一瞬で達していた。その太い両足は影のなかに沈んでいる。まるで底なし沼にハマってしまったみたいに、どんなにもがいても影から抜け出すことができず、一歩も動くことができない。
オーガたちはパニックに陥り、めちゃくちゃな叫び声をあげながら必死に身体を揺さぶっている。
:……え? なにこれ?
:オーガたちが大混乱になってるけど?
:もしかして動けないのか?
:ミヨリンの影か? 地面が墨汁みたいに真っ黒になってるぞ!
:ホントだ! ミヨリちゃんの影がすげぇデカくなってる!
:ムラサメちゃんは動けるみたいだけど、オーガたちは全員動けないのか!
:ミヨリ様の影に捕らえられてる?
一気に形勢が逆転したことに、視聴者たちは困惑する。そのなかには考察めいたコメントも書き込まれていた。
「それじゃあ、さようなら」
足元の影から抜け出そうと躍起になって身体を揺さぶり、慌てふためいているハイオーガを見ながら、ミヨリはお別れを告げる。
それでおしまい。オーガたちの真下から一斉に影の触手が生えてきて身体を貫いた。二十を超えるオーガの集団が串刺しにされる。
首領であるハイオーガも、頑強な肉体を影の触手で貫かれて息絶えた。
影から生やした触手を引っ込めると、ドタドタドタッとオーガたちの亡骸がまとめて地面に落っこちる。
「……ひっ!」
それを誰よりも近くで見ていた綾乃は悲鳴をもらす。
:ちょっ……!
:え? 終わり? うそだろ!
:オーガの集団まとめて瞬殺……!
:フィジカルだけじゃなくて、魔法スキルもやばいのは知ってたけども!
:リアル串刺し公がここにいる!
:ホントにやべぇ女やん!
:……なんだか俺の求めてた触手とは違う……
:触手ニキご愁傷様www
:ムラサメちゃんがビビって固まってるwwww
オーガたちを秒で片づけると、コメントがザワつくのと同時に活気づいた。一方的にオーガたちを殲滅したミヨリに、視聴者たちが高揚している。
:ミ、ミヨリぃ……! おまえは本当に俺の知ってるミヨリなのか……?(父より)
:お父さんが娘の存在を疑ってて草
:それだけミヨリ様のやったことが異常だってことだから……
:ミヨリすごいわ! でもお父さんが赤ちゃんみたいにアワアワなってて大変wwwww(母より)
:母wwww おとんを笑うなwwwww
:お父さんあまりの衝撃に幼児退行wwww
:あああああぁぁぁぁぁあぁぁ!!! ミヨリちゃんミヨリちゃんミヨリぢゃあああああああん!!!!!(大親友)
:大親友コワレタwwwww
自宅で配信を見ている茂則のことはちょっと心配だけど、コメントが大賑わいなのでミヨリは口元をほころばせる。
そして辺りに拡張していた影を縮小させていき、自分の足元に収めた。
「それじゃあムラサメちゃん。先を急ごうか」
「うっ、あっ、う……」
ミヨリは微笑みながら呼びかける。
だけど綾乃はまともに受け答えができないほどおびえていた。
「もしかして動けないのかな? それならわたしが影を使って引っぱってあげてもいいけど?」
「い、いや! 大丈夫だ! ちゃんと自分の足で歩ける!」
心配になって聞いてみると、綾乃は首を激しく振りながら拒否してきた。
:ムラサメちゃん必死で草
:あんな串刺し処刑見せられた後に触手でからまれるのはキツすぎるwwww
:トラウマがよみがえっちゃうからね!
どうやら綾乃は平気そうなので、ミヨリは先に進むことにする。
綾乃は握っていた剣を鞘に収めると、足を震わせつつミヨリの背中についていく。
「……わたし、本当にこれいる意味ないのでは?」
:ないですwwww
:ないよwww
:ありませんwwwww
「……だって」
「ぐっ……!」
書き込まれたコメントを口頭で伝えると、綾乃が悔しそうに唸る。
:グヌヌ顔のムラサメちゃんかわ!
:悔しがるムラサメちゃんすこ!
:ごちそうさまです!
加速するコメントの流れを見ると、ミヨリは満足げに頬をゆるめた。




