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「同接が八万……!」
ダンジョンの第七階層までやって来たミヨリは、勢いが止まらずに増え続ける同接が八万もいっていることに息を飲む。
コメントによると、やはりデコピンジェノサイドのインパクトが強烈で、どんどん新規視聴者がミヨリのチャンネルに流れ込んできているらしい。
そして「フリーズしたお父さん」と「身内でカオス」がSNSでトレンド入りしていた。ミヨリの先ほどの雑談によって、アビスソフトのことも話題になっている。
視聴者が増加するのは緊張感が高まるけど良いことだ。
だというのに、さっきからぜんぜんモンスターとエンカウントしない。雑談だけで場をつないでいくのは、ミヨリのトーク力では難しい。なんでもいいから早く出てきてほしかった。
その願いが通じたのか、ようやく新たなモンスターが姿を現した。
「グアッ……」
凶悪な顔つきをしていて、額から二本の角が生えている。背丈が高く、緑色をした身体は鋼のような筋肉をまとっていた。
昔話に登場する鬼を何倍も獰猛にしたような生き物がいた。それが三体同時にやって来る。
:オーガか!
:三体もいる!
:このダンジョンが『鬼神たちの戦場』と名付けられてる由縁だな
:ここはオーガの出現率が高いからな
:見た目どおり怪力だから、初心者ならワンパンでやられる危険性がある!
:こいつらパワーだけじゃなくてスピードもあるぞ!
:殺気がすげぇ……!
:生で対面したら怖すぎて動けなくなる!
:さすがにコボルトみたいにデコピン瞬殺はできないか……
:ていうかミヨリちゃんなんか喜んでない?
第六階層では、モンスターがぜんぜん出てこなかった。ようやく出現してくれたモンスターに、ミヨリは安堵する。これで視聴者たちを退屈させずに済みそうだ。
「グガアアアアアアア!」
鋭い犬歯が生えた口から咆哮をあげると、三体のオーガが猛然と踊りかかってくる。
「今回はわたしが前に出るぞ? いいな?」
「かまわないよ」
すみやかに受け答えを済ませると、綾乃は腰から抜剣しつつ駆け出す。後ろにくくった髪をなびかせて、オーガたちとの距離を詰める。
三体のオーガが拳を固めて殴りかかってくるが、その強烈な打撃を綾乃は迅速な立ち回りでかわし、疾風怒濤の斬撃でオーガたちの分厚い筋肉を斬り裂いた。
オーガたちは断末魔の悲鳴をあげることもなく、地面に崩れていく。
:ムラ……ムラ……ムラなんとかさん!
:ムラサメちゃんいるの忘れてた(ガチで)
:そういえばそんな人もいましたね~
:生きとったんかワレ!
:ムラサメちゃん、やっと活躍できてうれしそう
「……だって」
「わたしの扱いそんななのかっ!」
スマホの画面に流れるコメントをミヨリが声に出して読み上げると、綾乃の泣くような叫び声が返ってきた。
:今さらwww
:そうだよwwwww
:ムラサメちゃん=空気だから
:もうあの頃の凜々しいムラサメちゃんはお亡くなりになりましたwwww
:昔のムラサメちゃんは幻だったんだ(まぶしい顔をしながら)
:いや、でもオーガ三体を一人で倒しちゃうとか、やっぱりムラサメちゃんは相当な実力者だからね!
:ミヨリンが異常なだけなんだ……
綾乃のことをネタにして楽しむコメントもあれば、綾乃のことをフォローしようとするコメントもある。みんなから愛されているのは間違いない。……たぶん。
戦闘を終えた綾乃は、げんなりしながら剣を鞘に収めようとした。
それをミヨリは言葉で止める。
「ムラサメちゃん。まだ終わりじゃないよ」
「なに?」
ミヨリが視線で促すと、綾乃は前方に目を凝らす。
そこには、斬り伏せたオーガたちよりも大柄なオーガがいた。橙色をした身体の筋肉量ははち切れんばかりで強靱なつくりをしている。額から生えている二本の角も太くて長い。
「ハイオーガか!」
オーガの上位種を目にすると、綾乃は警戒心を強めて剣を構え直す。
だが脅威はそれだけではなかった。
周辺にある岩陰から、ぞろぞろと新たなオーガたちが姿を現してくる。その数は軽く見ただけでも二十を上回っていた。
オーガの集団がミヨリたちを取り囲んでいき退路をふさいでくる。
「なんて数だ……!」
綾乃は喉を鳴らすと、戦意をみなぎらせた眼差しで敵の首領であるハイオーガを睨みつける。
:……え? もしかしてこれヤバい?
:ヤバい! 相当ヤバい!
:なんという数の暴力……
:こんなふうにモンスターが集団で出てくるから、ダンジョンは危険なんだよ!
:しかもハイオーガまでいる! 中堅の探索者でもこいつには手こずる!
この場の緊迫感が伝わりコメント欄にも動揺が走る。大丈夫なのかと不安の声が寄せられる。
:ミヨリぃ~! 無茶するなぁ!(父より)
:ミヨリぃ~! 危険だと判断したら逃げてもいいんだぞ!(父より)
:ミヨリぃ~! 逃げることは悪いことじゃないんだぞ!(父より)
:こんなときにおとん大増殖すんなwww
:これぜんぶニセモノだろwww




