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ダンジョンの第六階層までやって来たミヨリは焦っていた。このダンジョンに踏み入ってから、はじめての窮地に直面する。
これはもしかしたら、まずいかもしれない……。
冷や汗が額から流れ落ちる。
というのも第六階層に降りてきてから、ぜんぜんモンスターが出てこなくなった。さっきから綾乃と一緒に黙ったまま、洞窟のなかを歩いているだけだ。
このままでは、リスナーのみんなが退屈してしまう。
その焦燥感から、ミヨリはチラチラと頭上にあるドローンカメラを見たり見なかったりしている。
:ミヨリちゃんのせいでモンスター出てこんくなったwwww
:これがデコピンジェノサイドの末路か……
:モンスターたち「ちょっ……今日はもう帰ってもいいッスか?」
たくさんコメントは流れているし、同接も増えているけど、このままの状況が長引けば視聴者が離れていってしまう。
過去にはトークを一切せずにダンジョンをうろつくという変わった配信をやってみたけど、ぜんぜんウケなかった。あれは反省すべき点だ。
みんなを退屈させないために、なにか話題をつなげないと……。
「……『ダンジョンナイト』は難しいゲームなんだけど、何度もチャレンジすることで攻略法が見えてくるからね。それで相手の弱点を考えたり、対策を練るのがおもしろいし、プレイヤーの育て方次第でキャラが何通りものビルドをつくれるから……」
「いきなりどうした!」
:ムラサメちゃんがビックリしてツッコんだwww
:俺も同じこと画面に向かって言っちゃったよwwww
:隣にいる女の子がいきなりブツブツ喋りだしたらビビる!
:というかマジでミヨリンどうしたんだ? 気でも触れたか?
:それは元から……ゲフン! ゲフン!
:たぶんみんなが退屈しないように、がんばってトークしようとしたんじゃない?
:あっ、そういうこと(察し)
:それでさっきからカメラのほうをチラチラと……
:ミヨリン俺たちを気づかってたのかwwww
:この前まで同接ゼロだったからそのへん敏感なんだろ……
ミヨリがやろうとしていたことを、視聴者たちは汲み取ってくれる。しかしいかんせんトークスキルが低すぎるため、同行している綾乃もふくめてみんなを困惑させてしまった。
「モンスターが出てこないから、視聴者が退屈しないように何か話したほうがいいかなって」
「そういうことか……」
なぜ急に話し出したのか説明すると、綾乃も納得したようでホッとする。
今度はちゃんとみんなにも伝わるように、できるだけわかりやすく話し出さないと。
「わたしはいま、ダンジョンナイトっていう古いゲームをプレイしているよ」
:トークやり直したwwww
:がんばって話そうとしててかわいい!
:ダンジョンナイトはアビスソフトが制作したゲームだな
:ミヨリちゃんの大好きなダンジョンブラッドを制作したゲーム会社だよ(大親友)
:そういえば俺も昔プレイしたことある
:昔のゲームだけどおもしろいよね!
いくつかのコメントが食いついてくる。なかにはダンジョンナイトのことを知っている視聴者もいるみたいだ。
「もう三十時間はプレイしたかな。高難易度のゲームだから、たくさん死んじゃうんだけどね。おそらくゲーム内でも最大の難所である最初のボスをこのまえ撃破したよ。ゲーム好きのお母さんに小さい頃から鍛えられていたおかげかな」
ちょっと誇らしげに鼻を鳴らして、筋金入りのゲーマーであることをアピールする。
「ダンジョンナイトの最初のボスは炎系だから氷属性が弱点だと思っちゃうけど、それこそアビスソフトが仕掛けた罠なんだよ。本当の弱点は聖属性だったんだ」
ミヨリは自力でその情報にたどり着き、最初のボスを撃破した。ダンジョンナイトを遊んでいるプレイヤーのなかでも、かなり早く攻略を進めている方だと自負している。
そう思っていたのだが……。
:遅っwww
:ネット見ろwww 三十時間プレイすれば普通にクリアできるぞwww
:ゲーム好きのお母さんに小さい頃から鍛えられていたおかげかな(ドヤ顔)wwww
:もしかしてミヨリン……ゲームの腕前はポンコ……
:↑やめろ! 我らがミヨリ様がポンコツなはずなかろう!
:忠臣現れててワロタ
「三十時間で全クリできる……!」
コメントを見て、ミヨリは雷に打たれたような衝撃を受けた。
最初のボスだけでなく、ラスボスまでそんなに早く撃破できる人がいるだなんて……。
ちなみにネットの攻略情報は見ないようにしながらプレイしていた。そのほうが純粋にゲームを楽しめるからだ。
:訂正いいかな? 最初のボスの弱点は聖属性じゃないよ。聖属性はちょい効くくらいで、そこまで有効じゃない。本当の弱点は雷属性
「バカな……!」
そのコメントを目にした途端、ミヨリはガクリと膝から崩れ落ちる。
「ど、どうしたんだ?」
「……わたしのゲーム攻略方法まちがってたみたい……」
「え? そんなことで、そこまで落ち込むのか?」
地面に膝をついたミヨリの口から事情が語られると、綾乃は引いていた。話を聞いても、なんでそこまでショックを受けているのか理解できないようだ。
:ミヨリちゃんwwwwww
:大ダメージ受けてるやんwww
:やっぱりおもしれー女じゃねぇかwwww
:訂正ニキあやまって!
:謝ってください! 今すぐミヨリちゃんに謝ってください!(大親友)
:すまなかった!(訂正ニキ)
……いけない。あまりにも衝撃的な事実に膝をついてしまった。早くダンジョン攻略を進めないと。
小さな身体に鞭打ってどうにか立ちあがると、ローブに付着した砂埃を手で払う。
深呼吸をして息を整えると、ミヨリは再び歩き出した。
「みんな心配かけてごめんね。わたしなら大丈夫だよ」
:これどういう反応すればいいんだよww
:良いか悪いかで言えば、たぶん良いんだろうけどもwww
:モンスターとの戦闘じゃなくて雑談でピンチになるってなんだよwww
:まるで強敵との戦闘を終えた探索者のような清々しい顔をしてるミヨリちゃんwwww
精神的なダメージは負ったものの、コメントは盛りあがっている。トークスキルにはあまり自信がなかったけど、喋ってみてよかった。
気持ちを切り替えて、雑談を続ける。
「そういえばアビスソフトから『ダンジョンブレイド』っていう新作ゲームが発売されるんだ。今からプレイするのが楽しみだよ」
ミヨリが前々から注目していた明日発売予定の新作タイトルだ。最近はバズった影響で心にゆとりが持てなくて、疲労感が溜まっていた。明日は思う存分ダンジョンブレイドをプレイして、癒やされる予定だ。
:ダンジョンブレイドは俺も楽しみにしてた!
:ミヨリンがそこまで推すゲームなら興味あるかも
:ぜんぜん知らないメーカーのゲームだけどやってみようかな……
:おまいら! 軽い気持ちでアビスゲーに手を出したら後悔するぞ!
:アビスはとんがったゲームばかり出してくるからプレイしたら辛くなって後悔して、そんで沼る!
:ダンジョンブレイドのためにこのダンジョン攻略をがんばるんだミヨリン!
たくさんの人が、ダンジョンブレイドに興味を持ってくれている。それにミヨリへの応援コメントも見受けられた。こんなに胸が躍ることはない。
「よかったらみんなもダンジョンブレイドを買って遊んでみてね」
ミヨリは少しだけ声を弾ませてそのことを伝えると、歩くスピードを速めた。




