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ゲートを通り抜けると、風景が薄暗い洞窟へと様変わりする。
ミヨリは綾乃と肩を並べながら、ダンジョンの第一階層を速やかな足取りで突き進んでいった。
「さっそく現れたね」
前方にモンスターを発見する。
なるべく視聴者を退屈させたくないから、早々にエンカウントしたのは幸運だ。
現れたのはコボルト。犬みたいな顔をしてて、鋭い牙と爪が生えている二足歩行のモンスターだ。
「グルルルルル!」
コボルトは威嚇の声を発して、全身の体毛を逆立ててくる。
:コボルト出現!
:めっちゃ殺気立ってる!
:画面越しだから見れてるけど、リアルで間近にいたらビビっちゃうな!
:探索者でもなければビビって当然!
「どんな相手だろうと油断は禁物だ。ダンジョンでは格下相手にやられることだってありえるからな」
綾乃は素早い動作で腰の鞘から剣を抜いて身構える。いつでも仕掛けられるようにコボルトを見据えて神経を研ぎ澄ませた。
「ここはわたしに任せてもらえるかな?」
ミヨリは片手をあげて綾乃を制すると、前に進み出ていく。
「いいのか? いや、ミヨリのことだから心配はいらないだろうが……」
ミヨリは魔法系のスキル持ちだ。通常であればパーティの後衛を任せられる。前衛は剣士である綾乃が出ていくべきだ。
「うん。早く片づけて先に進みたいからね」
ミヨリは前に踏み出すと、威嚇してくるコボルトと向き合った。
:今度はコボルトがミヨリちゃんの触手の餌食に……
:ミヨリちゃんを悪者みたいな言い方するなwww
:触手! 触手! 触手!
:↑触手好きが湧いてて草
コメントの流れが加速する。やはりモンスターが早々に出てきてくれてよかった。
「グガアアアアア!」
「来るぞ!」
綾乃が注意するように強い声で呼びかけてくる。
ミヨリがスマホの画面に目を落としていると、コボルトが咆哮をあげて襲いかかってきていた。
牙を剥きながら猛然と迫ってくるコボルトに向けて、ミヨリは右手を突き出す。中指を親指に引っかけると、パチンと弾いた。
ドゴッ! ビシャ!
次の瞬間、コボルトが粉々に消し飛んだ。
:…………は?
:え? ちょっ……
:なんかいきなりコボルトが跡形もなく消滅したんだが?
:コボルトさんどこいったの?
コメントはどれもこれも困惑したものばかり。いま起きたことを誰も理解できていない。
「中指と親指に力を込めて、デコピンで弾いたんだよ」
どうやってコボルトを瞬殺したのか、ミヨリは微笑みながら解説する。
「デ、デコピン? デコピンだけで……コボルトを……?」
一部始終をそばで見ていた綾乃が、言葉を詰まらせて戦慄する。
そしてコメント欄が沸騰した。
:はああああああ! なんだそのパワー!
:ムラサメちゃんの攻撃を完全回避してたから身体能力が高いとは思ってたけど……!
:いや、さすがにちょっとおかしいだろ……!
:魔法スキル持ちでここまで近接が強いとかありえないんだが……(震え声)
:ムラサメちゃんもビビってて草
ミヨリが見せたデコピンの威力に驚愕と困惑の入り交じったコメントが寄せられる。
よかった、ウケているみたいだ。
たくさんコメントが書き込まれるのはうれしいけど、同時に緊張感も増してくる。モンスターと対峙したときよりもドキドキしていた。
:ミヨリちゃんしゅごおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!(大親友)
:前の配信からちょくちょく見かけるな大親友さんww
:何者だよコイツwwww
「あ、このコメントは友達のものだと思う」
:え? マジで?
:本物の友達?
:リア友なの?
「うん。友達はだいぶわたしのことを過大評価しているからね。同情票がイヤで、生配信は見ないようにお願いしていたんだ。これまでの配信はぜんぶアーカイブから見てもらっていたよ。だけどこの前バズったから、それをきっかけに生配信を見ていいように解禁したんだ」
前回の配信から千紗はリアルタイムで見ているようで、コメントもたくさん書き込んできていた。
:大親友さん、ミヨリちゃんの強火ファンやんwww
:これほどの実力があることを知っていれば心酔するのも無理ない
:大親友さんはミヨリンに脳を焼かれていたようだwwww
:過大評価ではないだろww
千紗についてあれこれと感想が飛び交う。みんなが自分の友人について語っているのは、なんだか不思議な気分だ。
「それじゃあ、先に進もうか」
洞窟内を進んでいく。ダンジョン配信はスピードが重要だ。ノロノロしていたら飽きられてしまう。
「前の配信でも話したけど、みんなにも冒険の楽しさを届けたいからね。この配信を見て、少しでも楽しんでもらえたらうれしいな」
:冒険の楽しさというより、ミヨリ様の恐ろしさが届きましたwww
:コボルトがデコピンで吹き飛んだの恐怖映像すぎる!
:ミヨリちゃんの真の恐ろしさはこんなもんじゃないよ!(大親友)
:もしかしてこれ本当に第十階層まで踏破できるんじゃないか?
ミヨリの戦闘力の高さにコメント欄が騒がしくなる。そのなかには『鬼神たちの戦場』を踏破できるのではないかという期待がこもった書き込みもあった。
その期待に応えるために、このダンジョンを最深部まで攻略しよう。
ミヨリは静かに気炎を燃やして足取りを速めた。
その後ろを、剣を持ったまま唖然としていた綾乃がトボトボとついていく。
「……わたしこれ、いる意味あるのか?」
:コボルトが瞬殺されたの見て俺もそれ思ったwwww
:戦力としてはミヨリちゃん一人で十分ですwwww
:ムラサメちゃんが自分の存在意義を疑ってて草
:いる意味あるのか? 答え ないですwwww
:パーティにいらない子、それがムラサメちゃんwwwww
:絵面的にはあるから大丈夫だよ!
:ムラサメちゃんはかわいいからそれだけでいいんだよ!
綾乃のつぶやきに対するコメントが高速で流れていく。
とっても盛りあがっている。綾乃に同行してもらって本当によかった。ミヨリは本心からそう思った。




