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「今日も誰にも見られてない……」
宮本ミヨリは左腕に固定したスマホを見ながら、むなしくつぶやいた。
肩口まで伸ばした黒髪を揺らして、黒いローブの裾から覗く足を動かしながら、薄暗い洞窟を歩いていく。
……ダンジョン。数十年前に世界に現れた神秘。アニメやゲームのなかのようにモンスターやスキルといったものが空想ではなく現実のものとなった。
ダンジョン内の産出物は人々にとって未知のエネルギー資源や研究材料になっている。
そしてダンジョンのなかで戦い、常人を超えた力を得ている探索者と呼ばれる職業も生まれた。
そのうちダンジョン内での活動を動画で流す配信者たちも現れはじめた。
ダンジョン配信は命の危険と隣り合わせだが、数ある配信のなかでも人気のジャンルだ。ダンジョンに入れない人達にとって、幻想的な世界を見ることができる娯楽となっている。
ミヨリも探索者に憧れて、探索者資格を取得し、ダンジョンにもぐるようになった。
そして探索者として活動していくうちに、冒険の楽しさをみんなにも届けたいと思うようになっていった。ダンジョンという幻想世界に踏み込む胸の高鳴りをみんなと共有したいと。
そうしていざ配信を始めてみたけど……待っていたのは残酷な現実だ。
連日のごとく配信での同時接続はゼロを記録している。チャンネル登録者数は2。どれだけ配信を行ってもチャンネル登録者数は増えず、誰にも見てもらえない。
最初は少なくても徐々に固定ファンがつけばいいと思っていたが、視聴者が増える気配は一向にないままだ。ずっと底辺配信者としてさまよい続けている。
配信を始めたばかりの頃は、他の配信者たちとは違うことをして目立とうと考えていた。自分なりにウケを狙った配信をしていたが、まるで手応えが感じられず完全に的外れなことをやっていた。
友人からのアドバイスを受けて、普通にダンジョン配信をするようにしてみたが、それでもやっぱり視聴者が増えることはなかった。
今日も同接は安定のゼロ。チャンネル登録者数も増えない。
配信を誰にも見てもらえない。そのことに慣れつつある自分に暗い気持ちになる。
思わず口からもれそうなため息を堪えると、ミヨリは宙に浮かぶドローンカメラに向けてお別れの挨拶をする。聞いている人はいないけど。
「今日の配信はここまでにします。ご視聴ありがとうございました」
あんまり上手く笑えていない。それを自覚しつつ挨拶を済ませると、いつもより適当な手つきで配信を切って、ドローンカメラを回収する。
今回も数字が振るわなかった配信に肩を落として、地上に引き返す。
「……ん?」
「グゴオオオ……!」
帰路につこうとしたら、前方から獰猛な鳴き声がした。重たい足音が近づいてくる。
暗闇のなかから、ソレが姿を見せてきた。
牛頭に筋肉質な体格をした怪物。ミノタウルスだ。
ダンジョンで見かけるモンスターのなかでも有名なものに分類される。
「なんだか様子がおかしいね」
普通ならミヨリを発見したら、すぐにでも襲いかかってくるはずだ。だけど、そうしようとしない。
このミノタウルスは焦っている。何かから逃げている。だからミヨリのことも眼中になかった。
「グゴオオオオ!」
ミヨリを無視して、ミノタウルスはこの場から離れようとするが……。
駆け出そうとした瞬間に、背後から素早く斬りつけられる。
たった一撃をあびせられただけで筋肉におおわれた身体が傾いていく。ミノタウルスが断末魔の叫びをあげながら転倒していった。
その背後には、一人の少女が立っていた。
長い髪を後ろでたばねたポニーテールに、凜とした端整な顔立ち。よく鍛えられた身体には銀色の軽装鎧を装着している。
少女のそばには、撮影用のドローンカメラが浮かんでいた。
「同業者の人?」
ダンジョンにいるということはミヨリと同じ探索者だ。それにこの少女も配信を行っているらしい。
現れた少女の右手には、剣が握られていた。美しい光を放つ銀製の剣だ。
だけどその剣からはイヤな感じがする……。