第十二話 兆し
「ところで、なんで戦闘術なんですか?戦闘術を身につけたところで影能力じゃなきゃ悪霊は倒せないんじゃ…?」
「そうだ、基本的にはな。だが、零影隊にはその問題を解決する画期的なものがある!それをうまく活用するための戦闘術というわけさ!」
「画期的なもの?」
「その名も、影法具だ!」
「なんですか? それ」
「これだ!」
そう言って岳が取り出したのはナイフ。
黒い刃が太陽に照らされて光っている。
「影法具ってのは零影隊が開発した、影を宿す特殊な道具のことだ。使用者に宿る影能力に反応することで、悪霊を倒すことが可能になる。だが、そのせいで影能力を持っていない一般人が使っても悪霊は倒せん。まぁ影法具は一般的な武器よりも性能がかなり高いし……料理とかにはめちゃくちゃ使えるよな!」
(料理て……)
「でもその影って一体なんなんですか?」
「零影隊が人工的に作った影さ。すげぇよな、職人さんはよ。悪霊相手にゃ、ただの刀や銃じゃ役に立たねぇ。だから、影を道具に宿す技術が編み出されたんだ」
「その人工的な影ってもしかして僧殿達の……!?」
「なんだ知っていたのか。影法具に人工の影を宿す技術が応用され、人体に宿すことが可能になったのさ」
(影法具か……これが燈さんが前に言ってた悪霊を倒すもう一つの手段。……ん? でもだったら――)
「あの、岳さん。そんな凄いものがあるならわざわざ影能力を発現させなくても戦えませんか?」
「まー、そうだなぁ。実際、隊士の中にも影能力を発現しないまま、影法具だけで悪霊を倒し、小影になった者はいる」
「それなら…」
「だが、そういう奴らの生存確率は低いな」
「…え?」
「悪霊程度ならば影能力無しでもなんとかなる奴もいる。だが、悪霊より上の存在に遭遇した際、影能力無しだと決め手に欠け、倒せんことが大半だ」
「悪霊より上の存在……? 初耳なんですけど、一体なんなんですか……?」
「悪霊の一つ上の存在、その名も怨霊だ」
「怨霊……。悪霊と何が違うんですか?」
「怨霊はより強い恨みを持ったものが、具現化した存在だ。お前さんも悪霊を見たことあるからわかると思うが奴らはモヤがかかっていて見えにくいだろう?」
「はい……。全体的に黒っぽいモヤがかかって、手足がはっきり見えませんでした……」
「だが、怨霊は姿がはっきり見える。そして言葉も話す知性も持ち合わせている。もちろん、奴らの強さは悪霊の比ではない。攻撃の強度も、速度も全然違う。ましてや開脳無しだと反応できない」
「そ、そんな……」
「怨霊の厄介なところはそれだけではない。奴らは霊障を使ってくる」
「霊障……?」
「霊障とは奴らの体内の怨気を消費して起こす不可解な現象のことだ。ほら、よくホラー映画でポルターガイストとか空間がおかしくなったりするだろ?」
「ホラー映画あんまり見ないから……」
「……まぁあるんだよ。あれらを使ってくる」
「……やばくないですか?」
「だから最低限、開脳は必要なんだ。身体能力でも対抗することが可能になるからな」
(……開脳。だから必須なんだ……)
「とはいえ、発現を焦ってもしょうがない。まずは基礎から作り、地力を上げる。それが大事だ。基本的な戦闘術も身についているのといないのとでは大きく違う。では早速始めるとしようか」
「はいっ!」
「うしっ! まずは影能力の訓練からだ!」
「イメージトレーニング、ですよね?」
「お、話が早いな。そうだ、自分の影を操るイメージを繰り返す訓練だ。といってもこの訓練は何時間もするものじゃない。一日十分程度でいい。継続することが大事だからな」
「わかりました!」
「じゃあとりあえずやってみようか。目を瞑って、イメージするんだ」
(イメージか……)
泰平が目を瞑る。
自分の影が立ち上がり、自身の思いのままに動く……
なかなかうまくイメージができない。
そもそも、イメージ自体がなかなかできない。
できたとしても、イメージ自体にモヤがかかる。
そして十分経過したところで岳から止めの声がかかる。
「これを繰り返すことで頭に影を操作する感覚を馴染ませるんだ」
「あ、ありがとうございました! これで俺も影能力が発現するんですよね!?」
「あー……まぁ、この訓練をやっているうちに発現する奴もいれば、何かしらのキッカケがトリガーになって発現するやつもいる。お前さんはどっちかな」
そう言って岳はニヤッと笑った。
「さて、次は戦闘術だな」
そう言うと岳が顎をポリポリとかき始めた。
「お前さんは武器を扱うというより素手での戦闘の方が向いてそうだと思うんだよな」
「素手、ですか」
「あぁ、昨日の模擬戦で、戦闘術など教わっていないにも関わらず、鋭一と至近距離でやり合えてたからな。お前の土俵は接近戦だ。だから今後、俺はお前に格闘術を中心に鍛えていくから、へばるなよお?」
そう言った岳の雰囲気は少し怖かった。泰平は少しビビってしまうのだった。
***
数時間後
「ガッハッハ!お前筋が良いな!鍛え甲斐がある!」
「な、何言ってんでふか……終始ボコられただけなんでふけど……」
泰平の顔は岳にボコボコにされていた。
格闘術の稽古はウォームアップとして庭にある泰平と同じぐらいの大きさの丸石を体にくくり付け、引きずったり、筋トレをさせられた。
ウォームアップという名のただの地獄だ。
その後は、岳が基礎技術を教え、形が出来るようになったらひたすら実戦だった。
当然、格闘術の稽古初日の泰平がまともに相手になるはずもなく、何時間もボコられ続けただけだったが……
「二人ともお疲れ様」
いつの間にか後ろには霞が立っており、辺りももう夕暮れだった。
「稽古は終いだ。三人ももう帰り支度をしている。お前も早く帰って休め」
「は、はい! 岳さん、今日一日、ありがとうございました! 失礼します!」
「ガッハッハ! また明日も鍛えてやるからなー! 覚悟しとけよー!」
泰平の背中を見送った後、霞は岳に話しかける。
「どうだった、彼は」
「いやぁ本当に筋が良いぞ。反応速度が早く、相手をよく観察しているから適応力もある。何回か攻撃を避けられたしな。ありゃあ……化けるぜ」
「……ほう。それは楽しみだ」
***
「127……128……129……130……!」
泰平が寮の庭に大の字になって寝転ぶ。
その日の夜から、泰平は毎晩トレーニングを始めた。
(一刻も早く、みんなに追いつかないと……!)
泰平が一息付く。
(それにしても喉乾いたな……水飲みに行こ)
「……あれっ?」
泰平は縁側に置いてあるものに目がいった。
水筒とタオルだ。
お盆が下に敷いてある。
緩くならないよう、水筒には氷が程よく入っている。
(だ、誰だろう……燈さんかな……?)
「ありがたく貰おうかな」
冷たく、新鮮な水が体を潤う感覚が全身に広がる。
「生き返る〜! よーし! 次は格闘術の足捌きの練習だ!」
意気込む泰平の様子を寮の中から見守る人影があった。
「がんばれ〜、泰平」
***
岳の予想は的中していた。最初こそ岳にボコられていた泰平だったが、日を追うごとに観察眼や、反応速度はどんどん研磨されていった。
そして格闘術稽古開始から一ヶ月後。
(ここ……!)
「ッ!」
岳の攻撃の一瞬の隙を掻い潜り、泰平はカウンターをお見舞いしたのだった。
その攻撃は岳によって防がれてしまったが、たった一ヶ月で影将の岳に一矢報いるレベルにまで成長するのは異常と言えた。
泰平には格闘術の才覚があったのだ。
更に格闘術稽古が始まって二ヶ月後、泰平の格闘術は更に進化しており、岳も気を抜くと一撃を貰ってしまう程に成長していた。
それは泰平の才覚と努力が絡み合った結果でもあった。
泰平の毎晩トレーニングをしていたこともあり、泰平の体つきは以前と比べて大分逞しくなっていた。
それはたった今、影能力が発現してもその負荷に耐えられるほどに仕上がっていた。
更に、影能力の訓練にも変化が見られた。
繰り返すほど、イメージの内容はより鮮明に、よりリアルになっていった。
遂には、イメージの中で立ち上がった影に触れた時、その感触までも感じるほどであった。
「驚いたな……まさかこれほど早く成長するとは……」
岳は驚きと嬉しさが混じった様子でそう言った。
「ありがとうございますっ! ただ…」
泰平は俯きながら口を開く。
「みんなは……まだ遠くに……」
「まぁ、焦っても仕方ないもんさ。ゆっくり自分のペースで、な?」
「……はいっ!」
「……ところでな、話があるんだが、いいか?」
「……? はい、どうしましたか?」
「お前も含め、あの三人もそろそろ実戦に出しても良いレベルまで成長した。そこでだっ! 今度俺たち同伴のもと悪霊の除霊任務に行こう!と、いう話になってるんだがどうだ?」
「え! もうですか!?」
「早い方がいいだろう? お前達の代は全員飲み込みが早い。人数が少なすぎて心配していたが、零影隊も安泰そうでなにより! ガッハッハ!」
(開脳もしてないのに大丈夫かな……)
そんな泰平の肩に岳が手を置き、口を開く。
「不安もあるだろう。だが俺たちがついてる。それにお前はここ最近本当によく頑張った! それは紛れもない事実。お前を裏切ったりはしないさ!」
「岳さん……」
「とはいえ、心の準備はしとけよ。このこと、あの三人にも伝えといてくれ。場所はおって連絡する。今日の稽古は終了だ。お疲れさん」
そして岳は後ろを指差した。
泰平が振り向くと門のところに三人が待っており、幻花がこちらに手を大きく振っていた。
「おーーい、終わったー!? 早く帰ってご飯食べよー!」
「ほら、行ってやれ」
「今日一日、ありがとうございました!」
そして泰平は三人の下へ走っていくのであった。
夕陽に照らされ、泰平の影が伸びる。
その時、伸びた影が僅かに揺れ動いた。
「今のは……!」
そして岳がニヤリと笑う。
「兆しが見え始めたな、泰平」




