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異世界転生したら吸血鬼になった少年

作者: 不知火ぬい

 目を覚ましたとき、僕は夜の森の中に倒れていた。

 冷たい草の匂いと、頭上に広がる巨大な月。見慣れた街灯も、アスファルトもない。――そして何よりも、僕の手が小さくなっていた。


「……は?」


 掌を見つめる。十六歳の高校生だったはずなのに、体は十歳ほどの少年に逆戻りしていた。

 記憶をたぐれば、確か事故に巻き込まれて……そこで途切れている。つまりこれは――


「異世界転生……ってやつか」


 漫画やラノベで散々読んだ展開だが、実際に起きると現実感は皆無だ。けれどもこの不自然な状況を説明するには、それしか考えられなかった。


 立ち上がり、森を彷徨う。月明かりだけが頼りだ。喉は渇き、腹も減っている。人里を探さなければ――そう思った矢先、背後から声がした。


「……お腹、空いてるのはお前だけじゃないよ」


 振り返った瞬間、ぞくりと背筋を冷たいものが走った。

 そこに立っていたのは、血のように赤い瞳をした少女だった。歳は僕と同じくらい。けれども異様なほど透き通った白い肌と、長い黒髪が月光に映えていた。


「だ、誰だ……?」


 少女は小首を傾げて微笑む。その仕草は可憐だったが、言葉の裏に潜む獣のような圧力が僕の全身を縛った。


「私? 夜にしか生きられない哀れな化け物。……吸血鬼だよ」


 次の瞬間、彼女の姿が消えた。

 ――と思ったら、もう僕の目の前に立っている。あまりの速さに心臓が止まりそうになる。


「ねえ、ちょっとだけ……血を分けて?」


 抵抗する暇もなく、首筋に鋭い牙が突き立った。

 灼けるような痛みが走るが、すぐに甘い痺れに変わっていく。視界が赤く染まり、身体が熱に包まれていった。


「……っぐ……あぁ……!」


 意識が遠のく中、少女の吐息が耳元で囁いた。


「ごめんね。でも――これで君は、私と同じ」








 再び目を覚ましたとき、僕は夜空を仰いでいた。

 体の奥から力が湧き上がってくる。腹の減りも、疲労も消え失せていた。それどころか、森の奥で蠢く小動物の心音まで聞こえてくる。


「……なに、これ……」


 体が軽い。跳ねてみると、三メートル近く飛び上がり、木の枝に着地してしまった。

 そのとき気づく――僕は人間じゃない。


「ようこそ、夜の世界へ」


 先ほどの少女が、木陰から姿を現した。彼女は赤い瞳を細め、まるで満足げに僕を見ている。


「お前……俺を、吸血鬼にしたのか」

「うん。人間のままだったら、ここで狼にでも食われてた。感謝してほしいくらい」


 彼女は微笑み、名を名乗った。


「私はリリエル。この森に棲む、はぐれの吸血鬼」


 僕は名を告げた。「暁あかつき悠真」――かつての自分の名前を。


「これからどうする?」リリエルが問う。

「吸血鬼になった君は、もう人間の村には戻れないよ」


 絶望が胸をかすめた。だが同時に、胸の奥に燃えるものがあった。力だ。この体には、途轍もない可能性が眠っている――


「……だったら、俺は俺の道を行く」


 吸血鬼になったのなら、人間以上の存在になってやる。

 心に芽生えた誓いが、暗い森の中で静かに燃え上がった。








 森を抜け、人里へと近づくと、異様な視線を感じた。

 村人たちは僕を見るなり十字架を掲げ、怯えながら叫んだ。


「吸血鬼だ! 子どもに化けて人を騙そうとしているぞ!」


 次の瞬間、村の兵士たちが矢を放った。

 矢は僕の胸を貫いた――はずだったが、傷は瞬く間に塞がり、血一滴すら残らなかった。


「……なんだ、この再生力」


 驚く僕をよそに、リリエルが笑う。


「それが吸血鬼の力。君は特に……異様に強いみたい」


 僕は走り出した。視界が赤く染まり、敵の動きがスローモーションのように見える。

 拳を振るうだけで、鉄の鎧を着た兵士が壁に叩きつけられ、気絶した。


 村は恐怖に包まれ、誰一人僕に近づこうとしない。

 その瞬間、悟った。


「俺は……人間じゃない。化け物だ」


 だが同時に、心の奥で高揚感が渦を巻いていた。

 圧倒的な力を得た。誰も僕を傷つけられない。――ならば、この世界で最強を目指してやる。










 旅を続ける中で、僕とリリエルは幾度も危険に遭遇した。

 盗賊団。魔獣。果ては魔法を操る聖騎士団まで。


 だが、そのすべてが僕の敵ではなかった。


 剣は皮膚をかすりもせず、炎の魔法は掌一つでかき消した。

 僕が本気を出せば、聖騎士団の精鋭すら一瞬で沈黙させられた。


「お前……もう完全に、この世界で最強じゃないか」リリエルが呟く。


「……そうかもしれない。でも」


 勝ち続けても、心の中に空洞が残っていた。

 人間だった頃の記憶。家族。友人。すべて失った。

 最強であることに、いったい何の意味があるのだろうか。









 ある夜、聖都の大聖堂を襲った魔族の軍勢を、僕はたった一人で退けた。

 人々は恐怖と共に畏敬を込めて叫んだ。


「漆黒の吸血鬼! 最強の怪物!」


 その声は歓声ではなく、呪詛に近かった。

 僕は人を救ったはずなのに、彼らは僕を恐れ、忌み嫌う。


 ――人間には戻れない。どれだけ守っても受け入れられない。


 孤独に苛まれる僕の手を、リリエルが静かに握った。


「大事なのは、誰に恐れられるかじゃない。……誰を守りたいか、でしょ?」


 その言葉に胸を撃たれた。

 僕は気づいたのだ。最強であることに意味を与えるのは、自分自身の意思だと。


「……そうだな。俺は、この力で――お前を守る」


 リリエルは驚き、やがて照れくさそうに微笑んだ。




 やがて年月が経ち、僕の名は伝説となった。

 闇夜を駆ける最強の吸血鬼。王国をも超える力を持つ存在。


 だが僕にとって大切なのは、そんな称号ではない。

 隣にリリエルがいて、彼女が笑っている。それだけで十分だった。


 人間だった頃の弱い自分はもういない。

 この異世界で、吸血鬼として――僕はようやく、生きる意味を見つけたのだから。

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