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双界記録  作者: 影縫い
1章 記録の胎動
8/11

7話 戦う理由

昼下がりの天蓋は、まだ春の色を纏っていた。

だが、それを見上げるクレアの胸中に、安寧の気配はなかった。


「……あの“声”が、また」


右手を握ると、掌に走る冷たい線。

それは“異物”としての印──彼女がかの事件で触れてしまった、世界の裏側の痕跡だった。


リクトと出会ってから、三日が過ぎていた。


彼はあれからも無口で、自分からは何も話さなかったが、代わりに“目”が語っていた。

「君は、誰かを探しているの?」

そう尋ねたとき、彼はわずかに目を伏せて、曖昧に首を横に振った。


それは、否定のふりをした“肯定”だった。


「クレア、こっち。こっち来て! すごいの!」


エルフの少女、カリナが呼んでいる。


彼女は森の端にある泉のそばで何かを拾っていた。


「また、失せものかい?」


「違うよ! これ、金属製の鍵。見て! “記号”が入ってる」


その瞬間、クレアの視界に焼き付いた。

鍵の柄に浮かぶ紋章──それは、リクトの“封印構造”に酷似した、三重らせん構造だった。


「まさか……」


目を見開いた瞬間、地面が脈動した。


“来る”


言葉ではない、本能の震えだった。


【視点切替:リクト】


空気が変わった。


リクトは誰よりも早く、森の“縁”に気づいた。


──それは、“裏側”からの流入だった。


見えない波が、木々の葉を震わせる。

カリナの手の中で鍵が共振を始め、クレアが叫んだ。


「カリナ、鍵を放して!」


だが、遅かった。


空が、割れた。


そこに現れたのは、“黒環体”──無数の楕円が結合した異形の影。

その中心に、液状の“仮面”が浮かんでいた。


《封印、未完了──対象、代替パス探索中》


「また……“声”だ……!」


クレアが耳を押さえてうずくまる。

だがリクトは、逆に一歩踏み出した。


なぜなら──


(“それ”が、僕を知っている)


そう確信したからだ。


異形が動いた。


まるで蜘蛛のように脚を伸ばし、地を這うように滑る。

クレアが立ち上がり、剣を構えた。


「あなた、下がって──」


だが、リクトはその前に手を掲げた。


風が止まった。


彼の周囲の空気が、僅かに青白く光り出した。


「……やめて」


その声は、静かだったが、確かに届いた。


異形が、一瞬だけ動きを止めた。


《識別中──》


《コア名:リクト──仮登録情報、一致確認》


《……応答待機──》


クレアも、カリナも動けずにいた。

リクトが口を開く。


「お前は、僕を知っているのか?」


《応答:制限有り──保留処理継続中》


「“彼女”は、どこにいる?」


一瞬の沈黙の後、異形が振動した。


《……拒絶されました》


直後、爆音が森を裂いた。


「リクトッ!!」


クレアが駆け寄ったその瞬間、黒環体が爆散し、リクトが弾き飛ばされる。


受け止めたのは、剣を横に振ったクレアだった。


だが間に合わず、彼の肩口をかすめた衝撃が、地面を抉る。


「リクト! 大丈夫!?」


彼は、目を見開いていた。


「見えた……」


「え?」


「“あの声”の奥に……“彼女”がいた……」


彼の表情には、ただならぬ確信が宿っていた。


クレアはそれを見て、初めて“この少年の内側”に触れた気がした。


戦いのあと、森には静寂が戻っていた。


クレアは焚き火の前で、リクトに問いかけた。


「さっきの“彼女”って、誰?」


リクトはしばらく沈黙し──


「……覚えていない。でも、名前を呼んでいた声だけは覚えてる」


クレアは目を細める。


「じゃあ、思い出せるまで、私がいてもいい?」


リクトは一瞬だけ目を伏せ、こくりと頷いた。


火がはぜる音が、彼らの約束を刻んだ。


そして──


その夜、誰にも気づかれずに、もう一体の“影”が森を離れていた。


黒環体ではない。


もっと古い、もっと深い、“観測する存在”。


──彼の名は、モロ。


彼は空を仰ぎ、静かに呟いた。


「動いたな、リクト……」


その声に応じるように、空が微かに軋んだ。

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