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ギルドを追放された料理人の店、追放された軒。

作者: 九時良

「お前は追放だ!」

 激しい怒号が突き抜ける。

 食卓を囲むギルドメンバー達は硬直した。持っていたフォークを落とす者すらいた。

 ギルドリーダーがにらみ付ける先には、一人の料理人が粛然と佇んでいた。男は鋭く静かな目でリーダーを見つめ返す。

 片や大剣、片や包丁。どちらも異なる刃物を扱うプロフェッショナルによる視線のせめぎ合いは、空気そのものが電流になったかのような緊張感を発生させていた。

「何かお気に召さないことでも」

 料理人は平然と聞き返した。

 メンバー達は自らへ配膳された皿を見る。しかし『それ』の姿は見当たらない。

「しらばっくれやがって……あるだろ! にんじんが!」

 リーダーは皿を指さした。トマトベースの赤いスープだ。

「え……にんじん、あるの?」

「わからない……」

 メンバー達は困惑するばかりだ。

「別にアレルギーじゃないんでしょ? 入ってないのにいちゃもんつけているようにしか見えないけど……」

 苦言を呈する者すらいた。そして、リーダーに一睨みされて口を閉じた。悪人ではないけれどわがままで、一度ヘソを曲げると宥めるのが大変なのだ。

 料理人はくつくつと笑う。

「ええ。おっしゃる通りでございます。すりおろしたにんじんのエキスだけを入れていますよ」

「あれだけにんじんを入れるなって言ったのに! なんでにんじん入れてんだよ! このわからずや! お前なんか追放だ追放! 出てけ!」

「そうでございますか。では、お暇をいただいて……こちらでいただいたお給金を元手に店でも開きましょうかね」

「好きにしろ! お前の顔も見たくない! 出てけ出てけーっ!」

 フォークが飛んだ。

 料理人の顔の横を通り抜け、振動に震えながら壁に刺さる。

 料理人は瞬きもしなければ、ぴくりともしなかった。

「……今すぐ謝って!」

 メンバーの一人が立ち上がる。

 すると、次々に他のメンバーも声をあげた。

「そうだよ! 偏食直せ! お前の好き嫌いにつきあわせんな! 栄養偏るんだよボケ!」

「この水準のもの食って今更普通の飯に戻れるわけないだろ!」

 普段は聞き分けのいいメンバーに詰め寄られても、戸惑うのは一瞬だ。リーダーは更に意固地に声をあげる。

「うるさーい! そんなこと言うならお前らも追放するぞ!」

「おめー一人でギルドできるって思ってんのかタコ!」

「わがまま直せ! 強いからって許されると思ってんじゃねー!」

 抑圧に火がついた。メンバー達は口々にリーダーを罵る。給金や労働スタイルに満足していても不満がまったくないわけではない。

「おやめください」

 男の静謐な一声で場がシンとする。やはり料理人は微動だにせず、厳しい微笑みを浮かべている。

「わたくしなんかのために皆様が辞めることはありません。わたくしは所詮、裏方の料理人です。それでは……」

 一礼すると食堂から出て行く。

 そして彼は二度と戻ってこなかった。



 二ヶ月が経ち、ギルドの料理人が三人変わった。

 一人目は、リーダーの言う食材ばかりを使用した。口内炎が絶えなくなった。肌の調子が悪い。便秘気味。各種クレームを料理人に伝えたら、辞表を突き出された。二人目も、三人目も、まったく同じことが起こった。

 流石のリーダーも、四人目を雇う前に考えを改める必要を感じていた。

 料理人がいなくても飯は食わねばならない。安く済まそうと自炊する者もいるが、大概のメンバーは外食をしていた。

 メンバーに勧められるまま、リーダーは一軒の繁盛している食堂へと足を踏み入れる。

「おや。いらっしゃいませ」

 そこには件の料理人がいた。追放したときのギルドメンバーと同じくらいの人数の従業員が店の中を忙しそうに巡回し、厨房で戦っていた。

「お前の店だったのか……!?」

 踵を返すことも考えた。

 だが、踏みとどまる。拳は震えていた。

 あの味が、もう一度食べたかった。頻繁に嫌いなものが入っているはずなのに、食べたくないものばかりなのに、おいしいのだ。おいしいからこそ悔しくもあった。……当時の彼にとっては。

 だが、今はそれ以上の敗北が身に染みている。肌荒れからのニキビが治らない。

「奥にお席をご用意してございます」

 粛々と店の奥を指す。

 予約をして打ち合わせや打ち上げで使うような数名用の個室だ。居心地のいい空間なのに、一人で待たされると妙に寒々しく尻が落ち着かない。

 頼んでもいない料理が並ぶ。料理人は入り口の横へ静かに佇む。

 リーダーは疑い半分、王様のような気分半分で、一口食んだ。懐かしくも新鮮な味わい。求めていたのはこの味だ。

 追い出した男にほっと息を吐く姿を見られて、リーダーは羞恥からにらみ付ける。

 料理人は自信を持って微笑む。 

「ギルドにいたときにあなた様から沢山のことを学びました。おかげさまで料理人として一つ腕が上がりました」

「それは嫌みか」

「とんでもございません。あなた様ほど味覚の鋭敏な方にはなかなかお会いできません……好き嫌いがなければ評論家になることをおすすめしたいほどです」

「俺は冒険者だ。そんな口先だけの仕事するつもりはない」

 会話を拒否するふりをして違う皿を一口進める。一口噛むごとにじわりとしみ出してくる風味。

「にんじん入ってる……」

 柔らかくしてすり潰したものが入っているのだろう。眉間に皺を寄せる。どうあがいても食べたくないものだ。……しかし、それを理由に食事を中断できなかった。にんじんは嫌いだけど、これはおいしいのだ。

 料理人は愉快そうに笑った。

「こちらのお席はギルドの皆様のためにいつでも開けておきます。またのご来店をお待ちしております」

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