第七話 獣人族の女性
絹のようなベールで包まれたモフモフたちは、おとなしくしている。
一時的に騒がしくなってしまった街中も、落ち着きを取り戻していた。
けれど、左側に走っていってしまったモフモフたちはまだ救出していない。
「この子たちは、このままにして……左側に走って行った子たちを追います!」
光のベールは、効果が1時間ほど継続されることは実験で把握している。
レイは、まだ私を下ろす気はなさそうだから、そのまま左側に向かうことになった。レイは筋肉質ではないのに、どこにそんな力があるのか分からない。
左側の曲路に戻ると、少し騒がしく人集りができているのに気がついた私は、さすがに下ろすよう指示をして地面に足をつく。
息を整えてから声をかけて道を開けてもらい中心部に向かうと、そこにはモフモフに囲まれた女性がいた。
透きとおった灰色の大きな耳に、地面についたモフモフの同色をした尻尾がある。
――その姿は、探し求めていた獣人族の女性!
そう思った瞬間、透きとおった宝石のような黄色い瞳と目が合う。
「あっ! もしかして、さっき……追いかけていた二人組?」
「えっ……あ、はい。そうです。あの……貴方は?」
急に声をかけられて私は、自分から名乗るのを忘れて問いかけてしまった。礼儀としては、先ず自分から名乗らないとなのに……。
でも、この場合……街娘に扮していて、どのように名乗ればいいのかしら?
しゃがみ込んでいた獣人族の女性が立ち上がると、残されたモフモフたちは楽しそうに周りを回っている。
とても彼女に懐いているようにみえた。
立ち上がった彼女の服装は、薄茶色のオーバーオールに半袖姿で、いかにも冒険者という出で立ちをしている。
「あ、アタシは……チャコラ。見てのとおり、狼の獣人。ギルドで冒険者やってます。ちなみに、テイマーなの。宜しくね?」
「テイマー……! そうなのですね……だから、そんなに懐いているんでしょうか。羨ましい……あ、申し遅れました。私は――ルキアと申します。以後お見知りおきを」
「俺は、レイ。君と同じ冒険者だ」
明らかに冒険者にはみえない、私を吟味するようにモフモフから離れて近づいてくるチャコラさんに内心ドキッとしていた。
獣人族は、鼻も耳も良くて身体能力に長けている。けれど、私は、彼女と王女の姿で会ったことはない……はずなのだけれど。
目でレイにモフモフたちを確保するよう指示をだすと、私の半径5メートルに入らないよう一匹ずつ丁寧に捕まえていく。
その間に、騒ぎが収まったと分かった街の人たちも持ち場に戻っていった。
「ちょっと、匂いを嗅がせてもらってもいい?」
「えっ……!? あ、はい。問題ございません――」
チャコラさんは私に許可を得て匂いを嗅ぐと、モフモフの大きな耳がピンと直立する。
感情が丸分かりの耳を触りたい! と湧き上がる欲求をどうにか留めた。
「ルキア……えっ、待って――ルキディア様!? ご無礼をお許しください!」
「はわっ……! レイ、見破られました……かしこまらないでください」
「えー? チャコラさんは、お嬢とお会いしたことがあるんですか?」
一国民のように膝をついて頭を垂れる姿に両手をブンブンと左右に振る。
この国の王女ではあるが、獣人族には関係ない。この街で仕事をしている身だからだろう。丁寧な彼女に、私はとても好感をもった。
――レイの条件通り、女性ですし!
「ハイ。一度だけ……ルキディア様が、成人を迎えられたパレードで拝見しました」
「そうだったのですね。一度、顔を上げて……立ち上がってください。チャコラさんに、お話したいことがあります」
これは逃してはいけない絶好の機会だ。そんなとき、チャコラさんは立ち上がるとともにレイの匂いにも興味を示した様子で近づいていく。
男性だからか、今度は勝手に匂いを嗅いで再びモフモフの耳がピンと立った。
ああ……あの耳。狼は犬と同じなら、少し毛はゴワゴワしているかもしれない。
けれど、彼女の耳も尻尾も見るからにフワフワしている。
なんて魅力的な部位なのでしょうか……。
――触りたい。
「貴方も、どこかで会ったことがある気がする」
「えっ……それは、ギルドとかでは? あと、パレードにもいましたしねぇ」
「ううん……もっと前。それに、この国じゃなかった気がする……」
今まで見たことがないほど焦っているようなレイに首を傾げる。
もしかしたら、チャコラさんはレイの故郷で一度会っているのかもしれない。
別種族間では子を成せないから、興味を惹かれないと聞いたことがあるけれど、こんなにもレイの容姿に惑わされない女性を見るのは初めてだ。
「あーっと、その話よりも……この子たち、店に戻しましょうよ。また、逃げられたら厄介でしょう?」
「そうでした! 実は、私……モフモフに嫌われていまして……半径5メートルに入れないのです」
「えっ……? モフモフ、限定ですか……?」
それからチャコラさんの手伝いもあって、私たちは無事にお店にモフモフたちをすべて戻すことに成功する。
そうして、ここからが本番だ。
お店から移動した私たちは、近くにあるパンケーキが評判の喫茶店にいる。
内装は、花畑にでもいるかのような壁一面に描かれた大きな花。
花を模したオブジェなどもある。
評判のパンケーキに使われているトッピングが、ほとんど花にまつわるものらしい。
華やかな雰囲気に、女性客しかいない空間で涼しい顔をしているレイの横顔は、内心焦っていそうにみえる。
それでもレイの容姿から、店に溶け込んでいて目立つことはなかった。
「ねぇ、あの方を見て」
「まぁ……一輪の花から生まれた妖精みたい」
むしろ、注目を浴びてすらいる。
本当に、このレイという男は女性の注目を浴びないことがない……。
それに……そんな姿を見てなぜか、心の中がザワザワする。
お姫様抱っこされるまで、他の女性たちの視線を気にしたことはなかったのに――。




