第四十四話 こ、ん、や、く……?
誘拐されてから、一週間以上経った頃。
今年は例年より早く白の季節がやってきた。
自室の窓から眺める景色は白く染まっていて、雪の精が舞い降りているよう。
あれから私は一週間、城から出ていない。
犯罪者集団は捕まったのだけれど、一国の王女が誘拐されたのだから当然だ。
ただ、あの日を境にレイは私の前に現れない。
城の中を歩き回っても、訓練場、窓から外を見るけれど、どこにも姿がなかった。
チャコラも探してくれたけれど、あのときと同じで不安が私を襲っている。
「――仮面舞踏会の王子様は、レイだったのでしょうか……」
「うーん……アタシはルキディア様を助けに来たレイの姿を見てないから、なんとも言えないですね……」
お父様から婚約の話をされて、レイを好きだと自覚がないとき。
レイが王子様なら良かったのに……と思ったことがあった。
あのときは分からなかった気持ち……。
いまならとても分かる。
窓の外を眺めてため息をつく私の部屋に扉を叩く音が響いた。
私がレイかもしれないと喜んでいると、扉を開けたチャコラは首を横へ振る。
「ルキディア様……残念ですが、国王陛下からお呼び出しです」
「お父様から……ですか?」
すぐに支度をしてお父様がいる玉座へ向かった。
すると、例年より早く白の季節がやってきたことで、早めに私の婚約相手を決めるという。
私がレイを好きだと自覚したことは、チャコラにしか話していない。
モスフルの次期女王になる私が我儘を口にすることは出来なかった。
王族は王族としか婚約を結べない。
レイへの気持ちを押し込めたまま、お父様に街へ行きたいとお願いする。
一週間以上経ったことで護衛も一緒ならと許された私は、いつの間にか止んでいた雪の地面をチャコラと歩いた。
護衛は二人で、私たちから付かず離れずの位置にいる。
チャコラのお兄様たちのことも知っているから、お父様は許してくれたのだと思った。
「……ルキディア様――その」
「大丈夫です。私は弱い娘ではありませんよ? ……次期女王になる者、私情は許されない――」
思わずチャコラの言葉を遮って自分に言い聞かすよう強く言い放つ。
革靴の底にこびりつく雪を踏みしめて独特な音を鳴らして気を紛らわせた。
私は下を向いたまま歩く。
「――――様――!」
微かにチャコラの声が聞こえた気はしたけれど、上の空だった私は立ち止まっていた人物へぶつかった。
「はわわ……! 申し訳ございません!」
「いえ、こちらこそ……大丈夫ですか?」
止まっていた男性に支えられたことで後ろへ転ぶことはなく、チャコラに腕を引かれる。
護衛の走ってくる足音も聞こえてきたため、手で合図して静止させた。
「ルキディア様……危険だから、前方不注意に気をつけて」
「チャコラ……申し訳ございません」
「こちらこそ、貴方様の背後へ気を取られて中道で止まってしまいました」
この男性は、いま……あの精霊使いと同じことを言っている。
思わず警戒する私にチャコラが前へ出た。
「どういうこと……。見たところ、この国の人間じゃなさそうだけど」
「申し遅れました。私は、隣国グレイシア王国出身の精霊使いです。調べて頂けたら証明は出来るかと……」
「隣国グレイシアの精霊使い……。教えてください。私の背後に誰がいらっしゃるのか」
「ルキディア王女殿下の背後には、"カーバンクル"という精霊がいらっしゃいます」
精霊使いの男性がそう告げた直後、背後へ振り返る私は眩しい光に襲われて目を開けられなくなる。
ただ、その現象は私だけだとすぐに気づくことになった。
「ルキディア様!? 急に目を塞いで大丈夫……?」
「えっ……? いま、とても強い光が――」
横にいるチャコラへ視線を向けた私は硬直する。
純白のような白いモフモフの毛に、少し灰色がかった長い耳。
私を一身に見つめてくる瞳は吸い込まれるような、虹色をしている――。
忘れもしないその姿に口を押さえる。
人魚の海で出会った、私が助けた魔物と勘違いした精霊様!
◇ ◆ ◇
「本当に、チャコラは見えませんか?」
「ぐぬぬ……残念ながら、まったく見えません……」
「こんなときでもレイはいないのですね……」
お父様とお母様に話をしたけれど、二人共見えなかった。
ただ、精霊様については知っていたようで、とても驚かれる。
そして、あのときは厳かだった精霊様と瓜二つなのだけれど……。
『キュゥゥ……キュッ、キュキュ』
「あの、精霊様が……可愛い――!!」
「アタシにはまったく見えないから、なんとも言えないですけど……そんなに違うんですか!?」
「それが……人の言葉が話せません! キュッキュッ鳴いてます!!」
一体何があったのかは分からない。
けれど、いまは可愛いので……このままでも――。
久しぶりのモフモフで精霊様に癒される私は、部屋に戻ろうとしていたときだった。
私の視界に、白と青を基調としたマントがひらりと揺れる。
正面の廊下を歩く人物の後ろ姿に気が付いて思わず体が動いた。
「――レイ……!!」
真剣な表情のレイに、よく見ると白い鎧を着た二人の護衛。
いつにもまして早くなる鼓動に、先ほどとは違う優しい表情をしてみせるレイがいた。
「……お嬢。ドレスで走ると転びますよ? 本当は正式な場で、正々堂々と宣言する予定だったんですけどね。一緒に玉座へ来ていただけますか?」
「えっ……? それは、どういう……」
精霊様の話をする前に、確実なことがある。
レイにも精霊様の姿は見えていなかった。
それから、玉座でレイがしようとしていることが見当もつかないということ。
ただ、レイが一介の貴族じゃないことだけは明らかだった。
「お父様は知っていたのですか?」
「勿論、知っていた」
玉座にひれ伏すレイと、壁際で待つ二人の護衛。緊張した面持ちのチャコラも壁に張り付いている。
私はしゃがみ込むレイの横でお父様に訴えた。
「――身分を隠したいと、私が国王陛下にお願いしました」
「……レイが――それは、なぜですか?」
「王子としてではない、私を見て頂きたかったからです」
――レイは隣国グレイシアの第二王子だった。
私もグレイシア王国については勉強をしたはずなのに、一切気づかないなんて……。
私はモスフルで王位継承権一位でも、レイは第二王子で継承権は二位……。
けれど、国の規模からしたら、レイの方が身分は上だ。
「……数々のご無礼、お許しください」
「やめてください。"ルキディア王女殿下"。以前と変わらず、接してください」
「それでは……! レイも、以前と同じ、私をお嬢と――」
女性王族が目上の者にする挨拶をしてみせる私に、下を向いていたレイが顔を上げる。
しかも、いままで以上に真剣な顔をして――。
「それは、出来かねます……。私、隣国グレイシアの第二王子である"レイン・グレイシア・ソメル"は、正式にルキディア・モスフル・トワニ王女殿下へ、婚約を申し込みに参りました」
――こ、ん、や、く…………。
婚約っ!?
私は、初めて知るレイの本名よりも、心臓が飛び出るほどの驚きと、息の仕方を忘れてしまったように固まった。
次回、最終話になります!!
※3月1日(土)朝10時〜の投稿です。
一年未満ではありましたが、週間連載をリアタイで追って下さり有難うございました!最後まで楽しんで貰えたら嬉しいです。
ルキディア王女の応援を宜しくお願いします。