第四十三話 誘拐された王女様
記憶が途絶えてから、どのくらい経ったのでしょう……。
目を覚ました私の横には一緒に連れ去られた少女の姿があった。
寝息を立てる姿にホッとしてから周りを見回してみる。
薄暗い部屋の中。物置のように何かが置かれていた。
「――これは、希少な石ではないでしょうか? とても輝いていて綺麗……」
虹色に輝く手の平ほど大きな宝石が付いた壺が置かれている。
他にも貴重だと思われる品々が足の踏み場も無く置かれていた。
「えっ……? この子は!!」
隅の方に寄せられた小さなモフモフを見つける。
モスフルに生息し、レイのおかげで私も一度だけ姿を拝めた綿毛のような妖精と呼ばれるほど小さくて希少なモフモフの姿だった。
そのとき、大きな物音と共に室内を煌々とした明かりで照らされた私は、思わず目をつぶる。
「これは、これは……。貴重な素体を手に入れたとき、ついてきてしまった……"他国の王女様"が、お目覚めになっていたとは」
「仕方ねぇだろ!? 眠ってるのに、男の力でも離れなかったんだからよ!」
「いえ……王女様には、それ以上にとても"素晴らしい存在"が憑いている」
私は獣人族の少女を抱きしめたまま、明かりの方から声とともに現れた二人の男性を睨見つけた。
一人の男性は、私の背後を見てブツブツと呟いている。
けれど、私の後ろには何も見えない……。
一体なんのことを言ってるのか分からない私に名乗り始める。
「申し遅れました。"ルキディア王女殿下"……。私は、しがない旅の"精霊使い"でございます」
「――精霊使い……? 精霊使いが、なぜ犯罪などに手をつけているのですか」
「精霊使いにもさまざまいるんです。精霊を信仰している者、使役する者……は、滅多にいませんけど。私は、肩書きに過ぎません。ただ、能力は本物です」
開いた入口から精霊使いを名乗る男が足を踏み入れ、私の背後へ手を伸ばした直後だった。
少女を抱きしめる私の手に力が入ると同時に、微かに小さな叫び声が耳に届く。
入口にいる二人も気が付いた様子で背後へ振り向いた。
そして、一直線にこちらへ走ってくる姿が視界に入る。
白と青を基調とし、所々に金の装飾がされた硬い服装だった。
あのとき仮面舞踏会でお会いしたどこかの王子殿下と似ている――。
「――ルキディア様……!!」
「えっ……? その声は……レイ!?」
瓜二つと言ってもいいほどに似た服装なのに……。
扉を開かれたことで煌々と照らされていた通路の光によって分かる。
近づいてくる姿は紛れもなく、レイだった。
モスフル王国で着用している正装とも違う。
汗ばんだ髪がキラキラ輝いて、その手には美しい魔宝剣が握られていた。
あちらからは見えていないだろう宝石のような紫色の瞳から目が離せなくなる。
なぜか、胸がドキドキして苦しい……。
その更に後ろからも、走ってくる人影が二つ見えた。
あの揺れる尻尾は間違いない。獣人族のもの。
思わずチャコラの姿が頭に浮かぶ中、レイによって男二人が倒され延びている。
「お嬢……! ご無事で何よりです」
「レイこそ、どうして……」
知らない間に胸を押さえていた私の両手へ、懐かしく感じる右手が伸ばされた。
「あの二人に教えられたんです」
「やはり、あの御二人は……」
思ったよりも犯罪に関わっている人数が多かったようで、チャコラの兄二人は男たちをなぎ払っている。
ただ、肝心なチャコラの姿はない。
「レイは、グレイシア王国にいたのですか?」
「は、はい……。諸用が、グレイシア王国でしたので……」
「その衣装ですが……モスフルの仮面舞踏会で、私をエスコートしてくださった――」
私の膝で寝かせていた少女をチラッと見てから、レイの手を握る。
少しだけ汗ばんでいる温かい手に触れた瞬間、何かが弾ける気がして顔に力を込めた。
助けに来てくれたのが、会いたかったレイで……嬉しすぎて。
泣いてしまう――。
私は、モスフル王国の第一王女であり、女王になる者。泣いては、駄目……。
けれど、手を握った瞬間。私は、自分の気持ちに気づいてしまった――。
「ルキディア王女殿下……申し訳ございませんでした。ご無事で何よりでございます」
「本当っ……見た限りだと、お怪我もなさそうで良かったです!」
走ってきた二人に声をかけられたことで、感情をグッと押し込む。
「あっ……。御心配をおかけして申し訳ございませんでした。あの……! チャコラは?」
「チャコラなら、置いてきました。お嬢の前で、万一があったら困りますから」
色んな意味でホッとした私は目眩に似た症状へ頭を押さえた。
心配そうに顔を覗き込んでくるレイと視線が合った瞬間、少女が目を覚ます。
驚きで肩を揺らして飛び上がる少女から手を離すと、落ち着けるように声をかけた。
「……もう、大丈夫ですよ。この、お兄さんたちが助けに来てくれましたから」
「……ほんとう? おねえちゃん、あのときの」
「そうですよ。あのときの、お姉ちゃんです。一緒に、お母さんたちのところへ帰りましょう」
後ろへ振り返ると、いつの間にか姿を消していた御二人と違い、しゃがみ込んだレイも少女へ笑みを浮かべている。
私も笑みを浮かべると、強張った顔の少女へ手を差し伸べた。
おずおずとしていた少女も少しだけ照れたように、手を握りしめたあと、キラキラした笑みを見せてくれる。




