第四十一話 隣国グレイシア
数日後、お父様の許可を得て隣国グレイシアへ来ている。
ただ、私の隣りにいるのはレイではない冒険者の格好をした男性。
灰色の大きな耳とモフモフの尻尾を携えた獣人である。
「ルキディア様ー! 本当にアタシ……じゃなかった。オレたちだけで大丈夫かな?」
「そうですね……本来ならレイも一緒でしたが、本日のことを伝えていなかったことで急遽断られてしまいましたからね」
「諦めたと見せかけて、オレが男になってこうして来たことだし、存分に楽しもう! ……ぜっ!」
慣れない男口調で、私よりも十センチ以上目線の高い、整った顔立ちで男性の獣人族はチャコラだった。
以前から、レイがいないときにもしものときはと考えていたようで、王国の魔法使いに頼んでいたものだという。
「何処からどう見ても男性です! 素晴らしいですね」
「本当にねー! もちろん見た目だけじゃなく、女のときより力もあるから任せてよ!」
「男性の姿で、口調がチャコラなので少しだけ可愛らしいです! レイの分まで二人で楽しみましょう」
私も町娘の格好をしていて、良くて貴族にしか見えないはず。
以前、交流で訪れたきりだったグレイシア王国は、モスフル王国とは違った華やかさがあった。
モスフルは、落ち着いた灰色をした城と街並みだけど。
グレイシア王国は、青い屋根に白い壁がとても鮮やかで綺麗……。
「まるで、あの方みたい……」
「えっ? あの方って……あっ! もしかして、ルキディア様がずっと踊ってた王子様? レイも焼いちゃうよ」
「そ、そのようなこと……。レイは、私のことなど……」
どうにか男口調で話そうとするチャコラに笑ってしまいながら、私の頭にはレイと謎の貴公子がチラついていた。
普段だらしのないように見えて、振る舞いなど含めても私よりも綺麗にみえるレイの動き……。
さすがに、あの貴公子がレイだったら分かるはず。
中には魔法で見た目を変えられる方もいると聞いたけれど……。
レイは、魔法を使えない。
チャコラのように頼んだとしても、そこまでして参加する意味はないはず……。
「まぁ、いま居ないやつのことを言ってても仕方ないし! まずは、どこにいく?」
「そ、そうですね! 思いつかないので、チャコラにお任せしても宜しいでしょうか?」
「任せて! それじゃあ、まずは腹ごしらえね! あっ……だ!」
お祭りで混み合っているからと手を握られた私は、チャコラに引かれるまま出店が多く一番賑わっている広場に向かった。
簡易テントと台で作られた出店がひしめき合い、香ばしい匂いが漂ってくる。
「とても香ばしい匂いがしますね……。こちらは、歩きながら食べるものでしょうか?」
「そう、そう! 食べ歩き出来る手軽な料理を提供してくれるのが、出店ね。おじちゃん、串焼き二つ!」
男性姿でもチャコラは相変わらず人懐っこさを前面に出して、出店の亭主に声を掛けた。
性別が変わって耳や尻尾を触らせてもらったけれど、やっぱり女性や子供の方が毛並みは柔らかい。
焼けるお肉の匂いで興奮するチャコラの尻尾は左右にパタパタ揺れていて捕まえたくなるのをグッと我慢する。
「あいよ! 威勢のいい獣人族の兄ちゃんだなー。まさか、異種恋愛かい? オマケしちゃうよ」
「違う、違う。獣人族は、多種族に恋愛的な興味は一切ないから! 有難うー!」
「他の種族も、恋愛感情は持たないのでしょうか……? 人族は、多種族にも恋愛感情を持ちそうな気がします」
「あー……人族はそうかもね。アタ……オレ、も以前告白されたことあったし! ただ、これは全種族の常識だと思ってるんだけどねー」
私も男性姿のチャコラをカッコイイと思った。
チャコラも私のことを可愛いと言ってくれるけれど、獣人族の意味は小動物みたいな感覚らしい……。
そのことを知ったときは、ペコペコ頭を下げられたけれど。
二人して他にも食事と甘味を購入して食べ歩いた。
初めての食べ歩きは楽しくて、ついつい空を見上げることすら忘れて、暗くなってきたことで時間を確認する。
「……もうこんな時間です。楽しい時間はあっという間だと言うのは、憎らしいですね……」
思わず悪態をついてしまう私に対して、チャコラはお腹を押さえて笑っていた。
「憎らしいとか! ルキディア様から出てくるとは思わなかった。馬車が来るまで残り二時間くらいだし、観光しましょう!」
「そ、そんなに笑わないでください……。そうですね! 先ほど、黒装束で顔を隠した街の方? が、この城下町で一番の絶景が見られる場所は街の中心にあると言っていました」
「黒装束で顔を隠した……? ルキディア様……確実に怪しい相手ですから。次から、いかにも怪しそうな人間を見たら言って!」
チャコラたち獣人族は、人混みだと上手く能力を発揮出来ないらしい。
私たちは、聞いた場所を避けて広場から行けるという高台へ向かうことにした。
これは事前情報で得たものだから確実だ。
モスフルの隣国とはいえ、それなりの距離があるため遠くの方に海が見える。
少し傾いてきた太陽が海をキラキラと輝かせていて、とても綺麗だった。
「――レイも、見られたら良かったのですが……」
「ふふっ……ごちそうさま! やっぱり、ルキディア様には正体の分からない王子様より、レイがお似合いだって」
「はわわ……!? チャコラ、何を仰っているのか分かりません……! からかわないでください」
階段が多い場所で、日が陰る前に私たちは移動する。
ただ、広場に戻る道すがら叫び声を上げる女性の声が聞こえてきて、チャコラに手で制止された。
「広場で何かあったみたい……。少し、ここで待機しよう」
「そのようですね……声を上げていた女性の方は、大丈夫でしょうか……」
「うーん……人の声が多すぎて、拾えないね。でも、他に叫び声は聞こえないから大丈夫かな」
後ろから歩いてくる人を避けるように、私たちは少し開けた場所で身を寄せ合う。
その刹那、後ろから走ってくる足音に振り向くと数十人の団体だった。
口々に「もう時間がない!」と、何かが始まるようで避けようとした私は人の波にさらわれてしまう。




