第四十話 仮面舞踏会
此処から最終章となります。
ルキディア王女を見守ってくださり、有難うございます。最後まで宜しくお願いします。
暑い季節も終わり、少し肌寒さが染みる頃。
私は、本日行われる仮面舞踏会の準備に追われている。
この時期に、各国で行われる人気の祭典。
「ルキディア様、完璧です! ただ、溢れんばかりの魅力によって殿方には直ぐに気が付かれてしまうかと……」
「ふふっ。有難うございます。気が付かれたら、このパーティーの意味を失うと思うのですが……致し方ありません」
「ルキディア様は、誰と戦うつもりですかぁ? まぁ、レイは直ぐに気付くでしょうけどー」
口元を隠すように笑うチャコラに首を傾げるけれど、レイはすぐに気が付くという言葉で両手を頬へ当てた。
一年も一緒にいたら、気が付くのは当然なのだからチャコラが言う言葉に他意はないはず……。
私は最後の方まで王子殿下たちに気が付かれないよう、普段よりおとなしいドレスを選んだ。
十八歳となり、私も成人を迎えたのだから少しは大人らしい服装にすべきだと思ったのもある。
それに……大人っぽい姿を見せたい相手もいたから。
「こちらは、レイとの勝負です! いつまでも私を子供扱いするレイを見返してやります!」
「おおー。良いですね! 協力します! レイを見返してやりましょうー」
深い青色に、裾の一部だけにあしらわれた深紫色をした蝶の刺繍。
他にもドレスに合わせた飾りや宝石をあしらっているけれど、今回は他国の王女殿下も来られるから、すぐには分からないだろう。
他国でも開催されている仮面舞踏会で、日程が被らないよう調整されているほど人気だ。
「私は、他国のパーティーには社交界以外で参加したことはないのですが……」
「そう言われると、確か……今度、隣の国でお祭りがありましたよね? ルキディア様は招待されてますか?」
「ええ、存じています。ただ、招待は受けたことがないですね……お父様とお母様は、招待されていたかと思います」
チャコラは再び口元を隠す仕草をしたかと思うと、私の許可を得て耳元に口を寄せてくる。
「ルキディア様が良かったら、一緒にお祭りに行きませんか? レイと三人で……」
「それは、とても魅力的ですね……! はっ……ですが、隣の国までお父様が許してくれるでしょうか」
「そこは、ルキディア様の説得力と、レイ次第ですね……。きっと楽しいですから、頑張りましょう」
いまから楽しい仮面舞踏会のはずなのに、他国の祭で盛り上がる私たちは、時間が来て目元を隠す仮面をつけた。
「遠路はるばるお越しいただき有難うございます。今宵は無礼講。存分にお楽しみください」
お父様の挨拶で仮面舞踏会が開催される。
参加者リストで確認したところ、王子殿下たちは同じ顔ぶれだった。
明らかに貴族とは違う装いで分かりやすい。
王女殿下たちを見定めているような視線に、仮面舞踏会のもう一つの目的が頭に浮かぶ。
仮面で正体が分からないけれど、恋が生まれると言われていた。
本来は、仮面を外さないルールだけれど、密かに愛を育むのだという。
王子殿下たちは、私を探しているのかもしれない。
本当はチャコラと一緒に楽しみたかったけれど、あの耳と尻尾で即座に気付かれてしまうということで別々で楽しむことになった。
自国のパーティーとはいえ、朝に顔を合わせただけでレイの姿もない。
「……レイも、仮面舞踏会に参加している、なんてことはないですよね? 参加者に貴族も多く居ますが……」
私は少し離れた場所からホール全体を眺める。
仮面で王族と貴族の区別はつかない。
皆、思い思いのドレスや男性も華やかな服装をしている。
基本的に女性は男性からのエスコートを待つのだと教わった。
落ち着いたドレスを選んだことで、男性の視線は浴びるもの声をかけてくれる方はいない。
チャコラはメイド姿で仕事をこなしている。
「――仮面をしたら、私も、ただの原石でしかないのですね……」
「ごきげんよう。一人で寂しそうにされている美しい王女様……私と踊っていただけませんか?」
「えっ……? あわわ……! 私のことでしょうか? ごきげんよう……。素敵な御方……是非とも、お願いいたします」
急に声をかけられて肩を揺らして動揺する私に、腰を曲げ白い手袋をした片手を差し出す紳士へ挨拶を交わしてから手を伸ばした。
どこか聞き覚えのある優しい声色に、相手の全身を眺める。
白と青を基調とし、所々に金の装飾がされた硬い服装をみて、どこかの王子殿下だと察した。
失礼がないようにしなくては……。
「このような素敵な方が、お一人でいるなんて私は運が良いようです」
「そ、そんなことはございません……。誰からもエスコートされなかっただけで……」
「皆、見る目がないのですよ……。普段よりも、大人びて見えますから」
足を踏まないよう気をつけながら端の方で踊りだすと、話しかけられる度に胸がドキドキしてしまう。
けれど、普段よりも……とは、この方は私の正体に気が付かれているのでしょうか。
ゆったりとした音楽に合わせて踊るとはいえ、疲労も考えて仮面舞踏会は二時間ほどで終わる。
私は他の方から一度も声がかからず、この方とずっと踊っていた。
「そろそろ時間ですね……」
「名残惜しいですか? 私も、もっと貴方とお話がしたかったです……」
「貴方様は……どこかの王子殿下なのですか?」
音が消え静かになるホールで、仮面舞踏会の終わりが告げられる。
互いに挨拶を交わしてから、私の質問に自分の唇へ人差し指を立てて笑う殿方に、思わず両手で口を押さえた。
「……仮面舞踏会で、相手の詮索はご法度ですよ。可愛らしい王女様」
「あわわ……。そうでしたね。申し訳ございません。また、会えますか……?」
「――ええ……。貴方が望むのなら、いつでも会いに参ります」
名残惜しさを感じながら、なびく黒髪を目で追ってしまう。
ただ、なぜかレイの顔がチラついた。
あの方は黒髪で、瞳の色は緑色をしていて……レイよりも少しだけ声が高かったのに。
最後にお父様から私の正体が明かされて、驚き悔しがる殿方に思わず笑ってしまう。
ただ、その頃にはあの方はホールから消えていた――。




