第四話 第二の計画
昨日よりも暖かく感じる風になびく髪に触れる。森に向かう前に私たちは、ギルドの裏口に足を運んでいた。
第二の計画である私自身に問題があるのかを見極める最後の砦。
「――今日は、手始めに私のスキルを鑑定してもらいましょう」
「これで、王女様の身にはなんの問題もないことが証明されますね?」
鑑定とはスキルと呼ばれる、先天性と後天性で授かる、これも不思議な能力を調べることができるスキルの一つ。
今回は、冒険者登録もしているレイの専属という受付嬢をしている女性にきてもらっている。
「まさか……レイ様が、お仕えされている方が、ルキディア様だったなんて……僭越ながら、スキルを拝見させていただきます」
「ええ、宜しくお願いします。勿論、他言無用で……」
レイの専属だという受付嬢は、上下オレンジ色の明るい制服姿で、スカートは膝上という短さ。
茶色の髪に、同色の瞳をしていて肩まで伸びた内側に巻いた髪が、風になびいてキレイに映る。
容姿も私に違わず、美人でいて……胸のあたりが、少し負けている気がするのは気にしない。
「す、少しだけ緊張します……」
「大丈夫です。どんなスキルがついていようと、王女様の願いが叶えるまでお供致します」
その台詞は、少し違う気がするけれど……何故か、緊張が和らいだ。
万一何かの拍子で『モフモフの可愛い生き物限定で逃げられます』のような、特殊な能力がついていてもおかしくはない。
そんな話をしたら、レイは笑うのを堪えていたけれど……。
受付嬢が私に向かって手をかざすと、温かい光が流れ込んでくる感覚があった。
幼い頃にも一度だけ、王立学園に入る前に鑑定してもらったけれど、良く覚えていない。
「ルキディア様、鑑定結果をお伝えさせていただきますと、そのようなスキルはございませんでした。素晴らしい才能の数々で、後天性として授かった能力が、魔力超越でございました!」
「えっ……魔力超越? レイ、知っていますか?」
「ハイ。スキルの書で拝見しました。素晴らしい能力ですよ。さすが、王女様です。授かった魔力より、更に能力を引き出すことが可能です」
レイは、他人がいるときは、猫を被る。私に対しては、間延びしたような口調で、王女様などと呼ばずにお嬢様を省略して、お嬢と……。
まぁ、今更だから良いけれど。
魔力超越――戦う魔法使いにとっては、魅力的な響きだけれど……私は王女である。無駄に魔法の才能がありすぎて、将来が恐ろしい。
――まったく意味をもたない私のスキル。
軽く会釈をする受付嬢がいなくなると、思わず両手で顔を覆った。
「スキルも駄目なら他に何が残されているの!? 諦めては駄目よ、ルキディア……まだ、始まって二回目の最初。直ぐに良い結果がでるはずがない……」
隣にレイがいることも忘れて、独り言を延々と呪文のように唱えていると、耳に囁くような声が聞こえた気がして横を向く。
「ルキディア様、焦らずにいきましょう……。それから、呪言のようで怖いですよ」
「うっ……呪言とは、失礼極まりないですよレイ! でも、そうですね……それでは、気を取り直して森に参りましょう」
名前を呼ばれたのは、いつぶりだったかと考えるほど耳に慣れない呼ばれ方に、顔に熱がこもる。
覆っていた両手を頬に当てるけれど、分かるはずもなかった。
きっと、私を哀れんだレイが元気づけようとして名前を呼んだのかもしれない。
その行動は半分成功している。驚いて、悲しい感情が消えたから……。
気を取り直した私たちは、再び森を訪れている。
理由は、私がモフモフのために編みだした……わけではなく、実在している魔法の一つを習得したから。
「その名も……題して、モフモフに変身してモフモフに触れ合おう計画です!」
「お嬢、さすがですー。完璧なモフモフですよー」
ちょこんと魔法陣がある中心に座り込む私を見て拍手するレイの話し方は、棒読みにしか聞こえない。
変身したのは黒い毛を持つ猫。ネコ科の中で、一番モフモフボディーをしていた。
一つ訂正することがあるのだけれど、この世界でいうところの弱肉強食は、魔物を基準とされている。なぜなら、街の外にでると大小問わず魔物がいるから。
魔法の発展が乏しかった昔は、街の中にも魔物被害があったらしい。それから発展した今では、街の入口に魔物よけの魔法が施されているおかげで、平和になった。
「それじゃあ、どの子でもいいので野生のモフモフを連れてきてください」
「了解でーす。それじゃあ、行きますよー」
艷やかな毛を風になびかせて、私はレイが連れてくるモフモフを、ただ静かに待つ。
ネコ科の習性か、目の前を蝶々が飛ぶ姿に自然と追いかけていた。
そんな中、一匹の同じ色をした猫が近づいてくる。魔物じゃない動物が森にいるのは珍しい。
けれど、これは……もしかして、モフモフ大成功じゃなくって?
そう思っていたら、私の半径5メートルに入った瞬間、異変は起きる。
急に身体を震わせ始める黒猫は、犬のように尻尾を股の間に入れて猛スピードで走り去った。
唖然とする私のもとにモフモフを抱いて戻ってきたレイは首を傾げている。
「えーっと、お嬢。何かありました? モフモフの姿なのに、哀愁が漂ってきてますけど……」
「――なんでもないわ……あの黒猫は、私に興味を抱いて近づいてきてくれたのに……」
心の声が漏れていたけれど、小声だったからレイは気づかないまま、私の半径5メートルに足を踏み入れた瞬間、抱かれていたモフモフの毛が逆だった。
可哀相だから近づけないでと頼み、そそくさと逃げていくモフモフの後ろ姿を眺めて私は、変身したまま地面に寝そべって涙する。
「お嬢……元気をだしてください。まだ、二日目ですし……計画も、まだまだ残ってますから!」
さすがのレイも、私を慰めようとしているみたい。けれど、その間にもレイの背後で擦り寄っている一匹のモフモフに私は気がついていた。
レイはその容姿によって、人間の女性は勿論、モフモフに至っては雄雌関係なく懐かれている。
しかも、人間の男性でも容姿で嫉妬をされることもなく慕われていた。
「……今回の実験で、一つだけ分かったことがあります。モフモフの子たちは、私の半径5メートルに入った瞬間、血相を変えて逃げていくことです――」