第三十八話 星のまじない
モスフル王国に戻ってきて一週間ほど経ち、私は再びモフモフライフを夢見て、レイたちと城下街へ来ていた。
フェリス国が海に囲まれていたからか、さほど感じなかった暖かさに季節の変わり目を感じて、じわりと首筋を伝う汗をハンカチーフで拭う。
「もう、暑くなってきましたね……私も氷の魔法を扱えるようになるべきでしょうか」
「……お嬢は危ないので止めてください」
「暑い季節だからこそ! 甘くて冷たーい、美味しいスイーツがあるじゃない!」
大声で宣言するチャコラに思わず拍手をする私たちに、呆れ顔のレイ。
いつもと変わらない光景に自然と笑みが浮かぶ中、街の声が聞こえてきた。
「そろそろ、星降り祭じゃないか? 今年も流星群は観られるだろうか」
「少し危険だけど、ロマンティックよねー。星のおまじない!」
「女性なら憧れるシチュエーション! もしかして、貴方も好きな人がいるの?」
若い男女が知らない単語を口にしながら横を通り過ぎていく。
レイとチャコラは気にしていない様子で二人仲良く言い合いをしながら歩いていた。
思わず私が立ち止まると、後ろにいるチャコラも足を止める。
前へ歩いていたレイも少し歩いてから気がついて戻ってきた。
「ルキディア様、どうかした?」
「チャコラ……いま、"星のまじない"、などという知らない単語が私の中に溢れているのですが……」
「えっ……? あー! 言われてみると、そんな季節でもあったわね。まさか、ルキディア様……知らないの?」
真面目に驚くチャコラに同じく真剣な眼差しで見つめる。
レイは私たちのやり取りに眉を寄せていた。
「星のまじないって言うのは、毎年恒例の星降り祭で降る星を意中の相手に贈るの! するとー! 恋が成就すると言われてるのよ」
「あわわ……! そのようなお祭りだったのですね。私は、毎年バルコニーから流星群を眺めているだけでした!」
「ルキディア様は、モフモフに溺愛していたので仕方ないんじゃない? 確か明日だったわよね。一緒に星だけでも探しに行かない? もしかしたら、モフモフにも効果あるかも!」
どこにいるか分からない精霊を探すよりも、やってみる価値はあるかもしれない。
なぜか私よりも乗り気なチャコラと両手を握り合う。
そして、チャコラの視線がレイに向けられると、薄ら笑いを浮かべる様子に首を傾げた。
私の瞳に映るレイは、とても嫌そうに目を細めている。
◇ ◆ ◇
次の日。チャコラに言われるがまま、私たちは城の庭を探索していた。
星がどこに降ってくるかも不明なため、運がいるらしい。
星降り祭とはいえ、夜遅くに出かけるのは良くないということで、広い庭に目星をつけている。
「星のまじないを成就させるには、本人が拾わないと駄目らしいんです! 見つけるのも本人が良いらしいけど……今回、それは良いとしましょう」
「はい! チャコラ先生」
「星は地面に落ちてから5分だけ! 黄色く輝いているって言う話です。それ以降は、ただの石ころのように見つけられないので……勝負は5分!」
流星群が始まってから5分の勝負だという。
城内であることから、レイは調べ物があると別行動をしていた。
レイは、星のまじないに興味がないのかもしれない。
チャコラも成就したい恋愛も願い事もないらしく、全面協力を申し出てくれた。
しばらくして、夜まで時間がある私たちは、部屋でティータイムを楽しむことにした。
「それにしても、レイはー。こんな大事な日に、仕事とかあり得ないですよね」
「レイは、星のまじないに興味がないようなので仕方ないです」
「まったくもー。そんなんで良いのかしら……」
ブツブツと小言を口にするチャコラに首をかしげる私の心は、モフモフよりも、なぜかレイのことを考えている。
他愛もない話で盛り上がり、気がつくと夜になっていた。
あと数時間で、流星群がやってくると思うとワクワクが止まらない。
そんな中、扉を叩く音がして顔を覗かせるレイにチャコラが文句を言っている。
途中、小声になるチャコラに対して真剣な表情をするレイに口を読めない私は首をかしげた。
「お嬢は、庭までしか出ませんよね? 少しだけ、用事でギルドに行ってきます」
「このような遅い時間にですか?」
「星降り祭なので、危険がないよう見回りを強化しているらしいんでー」
レイの言うとおり、城の門番も二人から四人に増えている。
万一、城内に侵入する不届き者が現れないように警備を強化しているとお父様が話をしていた。
なぜかチャコラは口元を緩ませてフワフワの尻尾が揺れている。
私たちはレイを見送ってから時間が来るのを待った。
予定時間の10分前から庭の前で待機する私たちの後ろには、数人のメイドもいる。
チャコラが話をして、体力のあるメイドを集めてくれたらしい。
「ルキディア様のために精一杯頑張ります!」
「皆、有難うございます。ドキドキしてきました……昨年までは、綺麗だと眺めていただけなのに」
「やりましょう! ルキディア様。モフモフとの夢を掴むために!」
その直後、明かりの少ない夜空に星が駆けた。
どこからともなく湧き出す星の雨に、思わず見惚れてしまう私の腕を引いて先導するチャコラに目的を思い出して頭を振る。
ただ、星の輝きだけで夜が昼間のように明るくなることは今日だけの特別な日。
ほんの少しだけ、レイと一緒に観たかったという気持ちが私の中に渦巻いていた。
「ぐぬぬ……5分なんて、あっという間なのに! 街に被害が出ない理由は星が落ちてないからですね!」
「そうですね……やはり、森の中や、人の少ない場所が良いのでしょうか?」
「諦めちゃ駄目です! もっと街から離れた方の庭を探しましょう!」
気合のこもったチャコラの声に、私たちは庭を移動する。
そんなとき、私が愛用しているガゼボから黄色い光が見えた。
「チャコラ、あれはもしかして――チャコラ? メイドたちも、いつの間にかいなくなっています」
数秒前まで前を歩いていたチャコラも、後ろを歩くメイドたちの姿もない。
暗がりに不安を覚えた私に、ガゼボの方からとてもよく知る声が聞こえてきた。
「――お嬢! こちらです」
「その声は……レイですか? もうお仕事は終わったのですか? その、チャコラたちとはぐれてしまって……」
黄色い光を頼りにガゼボまで歩いていくと、冒険者の格好ではなく、正装姿のレイに首をかしげる。
くわえて、黄色い光はレイの手の中にあった。
「レイ……そちらは、もしかして!」
「ハイ。お嬢が捜し求めていた星の石です。お嬢の願い事が叶うかは分かりませんが……もう、星降り祭も終わってしまいましたし……受け取っていただけませんか?」
レイの言うとおり、気がつくと辺りは再び静けさをまとい、暗闇に包まれている。
次第に輝きが薄れていく星の石に、街の声を言葉を思い出した。
「女性なら憧れるシチュエーション! もしかして、貴方も好きな人がいるの?」
レイの様子からみても、私が探していたから見つけて持ってきてくれただけ……。
だけど、胸がドキドキして顔が熱くなる。
――私は、変な顔をしていないかしら……?
「有難うございます! とても嬉しいです。レイは、私のために願いを込めてくれました。きっと叶うはずです!」
「――はい。ルキディア様が、素敵なモフモフライフを過ごせますよう、願っておきましたから」
手渡される星の石は、絵などで描かれる星形をしているわけでもなく、少し凸凹した小さな石だった。
私が手にとってから数秒で輝きを失った星の石を胸に抱きしめる。
レイと流星群を観られなかったことは残念だったけれど、とても素敵な贈り物を貰った。
嬉しい――




