第三十七話 パリス王子の秘密
翌日、私は遅い朝を迎えた。
本来なら、国賓とはいえ決まった時間に起きるものだけれど、昨日の件によって今日は特別である。
体を起こして横に視線を向けると、普段は先に起きているチャコラも幸せそうに眠っていた。
時折、ピクピクと動く耳へ釘付けになってしまう気持ちを抑える。
チャコラが来てからは私を起こす役目もレイではなくなった。
最近それが少し寂しいと感じている。
「チャコラが起きてくれないと、ドレスには着替えられませんね……。他国の城で、勝手に廊下には出られませんし……」
ベッドから降りて部屋の中をふらふらと動き回っていると、廊下からパタンと閉まる音が聞こえてきて、こっそりと覗き見る。
パタンという音のあとに薄く開いたままの扉があった。
あそこはパリス王子殿下の部屋なはず……。
私たちは、遅く起きているからフェリス王族の方々は目を覚ましていてもおかしくはない。
ただ、扉が開いたままは無用心だ。
私はこっそりと部屋を出る。
部屋着のままだから、王族はもちろんメイドたちにも見られてはいけない。
重要な任務……!
「ゆっくり、ゆっくり……気が付かれませんように――えっ……?」
思った以上に内部が見えてしまうほど開いていた扉から見えたのは、パリス王子殿下の着替えだった。
思わず両手で顔を隠そうとして、上着を脱いだ姿が……男性にはあるはずのない膨らみが2つ。
「――誰だ! そこにいるのは!!」
「あっ……わ、私です! パリス王子殿下……大変、申し訳ございません!!」
思考が停止したせいで、パリス王子殿下に気づかれてしまった。
この状況は確実に許されない……最大のピンチよ、ルキディア!
人魚族に遭ったときと同じくらい慌てる私に、パリス王子殿下は入室して扉をすぐに閉めることを命じた。
少しの沈黙からパリス王子殿下は包帯のようなもので胸元を締め上げて服を着込んで、歩み寄ってくる。
「モスフルの王女は、意外と悪戯好きなようだ……。この代償は、どう支払ってもらおうか……」
「あわわ……た、大変申し訳ございませんでした!!」
謝罪以外に言葉が見つからない。深く頭を下げる私にかすかな笑い声が聞こえてくる。
「気付かれたのが貴方で良かった……。見てのとおり、私は女だ。十八年間、王子と偽って生きてきた」
「えっ……それは、その……。宜しいのでしょうか? 私に、お話を……」
「見られてしまった以上、貴方も共犯者だ……。さすがに、王族を手にはかけられないだろう?」
ひっ……!
手にかけるということは、やはり……処刑!
パリス王子殿下の暗い笑みにかすかに震える私の肩へ、許可を求めてから優しい手が触れる。
「冗談です。そのように怖がらないでください、ルキディア王女殿下……せっかくですし、お話を聞いていただけますか?」
「は、はい! 私に、何かお手伝い出来るのでしたら……」
パリス王子殿下によって、チャコラとレイには話をしていることをメイドから伝えてもらった私は、話を聞いた。
フェリス国の国王が次代へ移り替わった頃。
ボロボロで国を訪れた占い師を国賓のようにもてなしたところ、とても悪い運気が溢れていると助言されたらしい。
「それが、女系家族ですか……」
「ええ……。父上も、母上も、その占い師の言葉を疑わずに信じた。結果、私の下は妹しかいなかったでしょう?」
言われてみてハッとする。
王族総出で迎え入れてくれた際、男性は国王陛下とパリス王子殿下しかいなかった……。
王女殿下は、五人もいたのに……。
「母上は、六人目で子供を産むことを辞めたようです。本当に、その占い師には感謝しています……ただ、このことは父上と母上だけしか知りません。下の妹たちも、私を兄だと信じています……」
「あ、あの……。パリス王子殿下は、その……」
「ルキディア王女殿下は本当にお優しい方だ。私の心は大丈夫です……そのために学び、生きてきた。ただ、問題は私が国王になった際……女性と婚姻しても、子供を作れません」
とてつもなく秘匿な情報に私の頭は茹でダコのように湯気が出そうでした……。
ただ私は、それほどの未来予知を持つ占い師であるのなら、最善の道を示してくれていたはず。
そう確信していた。
「その占い師様は、他に何か伝えられたりは……」
「それが、妙なことも言っていたと聞きました。私が十八歳を迎えたとき、我が国に訪れる精霊の加護を受けた者が救いをもたらさんと……」
「精霊の加護を……。もしかしたら、こちらの……」
私は部屋着の胸元から首飾りを手にしてパリス王子殿下に見せる。
興味深くパリス王子殿下が私に許可を得て宝玉に触れた瞬間。
再び白い輝きが部屋を包み込む。
「うわっ……!」
「きゃっ……! ど、どういう――」
また精霊様に会えるのだろうかと期待する私には何も起きることなく、光がおさまって目を開けると両目から涙を溢れさせるパリス王子殿下の姿が視界に入った。
「――はっ! パリス王子殿下!? どうかなされましたか?」
「神託が……いや、精霊様だから……なんというのでしょうか」
話を聞くと、私が見た精霊はパリス王子殿下の前に現れたらしい。
『民にすべてを告白すべし……民は、フェリス王国の行いを長い間、見てきた。"すべてを知っている"』
そう言って消えた精霊の言葉を解釈するのなら1つ。
国民は、王族が秘密にしているパリス王子殿下に気がついているということ――。
「あの……! 精霊様は、人魚族を救ってくれました。だから……その――」
「分かっています。精霊様の言葉を信じます。占い師の言葉と同じく……ただ、その……ルキディア王女殿下も、側にいて頂けないでしょうか?」
「あわわ……!? わ、私などで宜しいのでしたら!!」
急な話によって本日も慌ただしくなったフェリス城で、私は部屋に待機している。
先に事情を話したチャコラとレイも驚いていた。
他国から来た私たちは騙せたパリス王子殿下を、国民は本当に気付いているのか不安はある。
モスフル王国とは違って、フェリス王国は百年以上の歴史を持つ国だ。
国民の信頼は大きいはずだけれど……。
「大丈夫かしら……不安しかないんだけど!?」
「落ち着け……。俺たちは部外者だ。ただ、俺たちの国を守護してくれる精霊様がそう言ったのなら信じるしかない」
「そ、そそうですよ!? 残念ながら、私はお会い出来ませんでしたが……良い方向に向かうはずです!」
扉をノックする音がしてそのときが来たと緊張する私は、二人と共に廊下に出てフェリス王族が集うバルコニーに向かった。
バルコニーには真剣な面持ちのパリス王子殿下や、話を聞いただろう王女殿下たちの姿もある。
ただ、王女殿下たちの様子から私でも察することができた。
それは、チャコラとレイも同じく。
「皆の者。今日は、パリスのために集まってくれて感謝する。先ずは謝罪をさせてほしい。今まで国民を騙していたことを――」
国王陛下の話から始まり、パリス王子殿下が実は王子ではなく、王女だと話をした瞬間。
先ほどまで少しは話し声が聞こえていた言葉は消え、シーンと静まり返る。
そして、国民の目が一身にパリス王子殿下へ注がれた。
一人に向けられる視線は、好奇な眼差しにも感じられる。青ざめた顔のパリス王子殿下は、震える声を絞り出した。
「す、すまない……この十八年間。国民を騙していた私を断罪してくれて構わない……だが、フェリス王国のことは――」
絞りだした言葉は途中で詰まり、手すりに摑まる両手は震えている。
居ても立っても居られず、口を開いた私よりも先に、下から声が聞こえてきた。
「パリス王子殿下ー! 本当の名前は、なんて言うんですか?」
「私たち、ずっと話をしてくれることを待ち望んでいましたー!」
「男の振りをされていて、精神面をずっと心配していたんですよー! 次代の女王陛下万歳ー!」
すすり泣くような声に、私はパリス王子殿下へ振り向く。
両手で顔を隠して、子供のように泣きじゃくるパリス王子殿下を、国王陛下と王妃殿下、王女殿下たちが抱きしめていた。
私も思わず貰い泣きして、背後からそっと白いハンカチーフを差し出される。
それがレイの手だということすぐに分かった。
妹である王女殿下たちも、すべてを知った上で話を合わせていたのだと……。
パリス王子殿下は、私に大丈夫だと話したけれど、心はボロボロだったに違ない。
あのように聡明で美しい容姿端麗であるパリス王子殿下は、優しくて素敵な王女殿下だから……。
落ち着きを取り戻したパリス王子殿下は、再び国民の前に立って笑顔を見せる。
「皆、本当に感謝する……。私の、本当の名前は――」
◇ ◆ ◇
その日から一週間も長く滞在してしまった私たちは、再びフェリス王族総出で見送られていた。
馬車に乗り込む際、一歩前に出たパリス王子殿下……ではなく、華やかなピンク色のドレスに着飾った"セグレタ王女殿下"が笑顔で握手を求めてくる。
「ルキディア王女殿下と出会えて本当に良かったです。貴方との出会いと精霊様に感謝を」
「こちらこそ、セグレタ王女殿下とお会い出来ましたこと、心より嬉しく思います。精霊様の御加護がありますように。今後も、末永く宜しくお願い致します」
港街に戻って来た私は、国を騒がす今回の件で、立役者となったことを感謝され、外交をしたフェリス王国と同盟を結ぶ運びになった。
人魚族との今後はどうなるか不明だけれど、そちらに関しても感謝され、再びモスフル王国の船に乗り込み港街を後にする。




