第三十四話 海に浮かぶ美しい女性の正体は?
青空のような水色の髪が、海の中を漂う女性は、同色の瞳で穏やかな笑みを浮かべていた。
ただ、私の視線は女性の顔ではなくて、肩から露出して見える姿に釘づけになる。
反射的に両手を伸ばして、身長差のあるレイの両目を可能な限り隠そうと試みた。
レイは仕事上すでに露出の多い女性の姿に見慣れているにも関わらず、なぜか勝手に体が動いてしまい、自分でも驚いている。
両目を隠されるレイはもちろん、挙動不審な私の動きに、チャコラは口を隠して尻尾をブンブン振っていて、海の中にいる女性は首をかしげていた。
「ちょっ……。お嬢、一体なんのお戯れですかー。いましがた、危ない目に遭ったというのに……」
「そ、それは……そうなのですが! ハッ! そうでした。大変申し遅れました。私、ルキディア・モスフル・トワニと申します。この度は、危ないところを助けていただき、誠に有難うございます!」
「レイと申します。私からも心より感謝いたします」
私の名前に一瞬だけ驚いた顔をしたあと、続くレイの普段とは違う一人称に耳を傾ける女性は再び笑みを浮かべてくれる。
それから口をパクパクさせる女性は、何かを話したそうにしているけれど、言葉が話せないのか悲しそうな表情をしていた。
そして、水中にもぐって行ってしまい再び静寂が訪れる。
「えーっと、良く分からないんだけど……コイツ、どうするの?」
「海賊は、フェリス国の兵士に引き渡すとして……運ぶのは面倒だな。縄の代わりにならなさそうだが、漂流した海藻で縛っておこう」
「あの方は……海の中にもぐっていきましたけれど。海の妖精さんとかでしょうか?」
海藻でグルグル巻きにされた海賊は、どこか非日常に感じて笑ってしまった。
私の笑顔を見て安心した様子のレイが、口を開いた直後。再び、海水が浮き上がるようにして先ほどの女性が顔を出した。
思わず動きが止まる私たちに対して、女性は口をパクパクさせながら、手の中にある小さな真珠を見せてくる。
「まさか……。その真珠は、人魚族が友好国であるフェリス国に贈ったとされる、水中で呼吸が可能になる魔導具……?」
「えっ!? そんな魔導具なんて存在してるの? 世界は広いのねぇ……」
「つまり……? この方は、歴史上のおとぎ話に出てくる、人魚さん!?」
人魚という単語に反応した様子で、笑みを浮かべる女性は水面に同色の水色をした尾びれを揺らしてみせた。
私たちは、時間が止まったように静まり返る。
――思考が追いつかない。
歴史上の人魚族は、悲しい結末を迎えて、この岬で亡くなった。友好国である、フェリス国も歴史の中でその事実について触れている。
不老不死の説が本当で、救われていたなんてことも……?
「いえ……。人魚族は、フェリス国と友好を結んでいて、会話も出来たはず。言葉を話せないことには、別な意図が……」
「ふむふむ。良い推理ね。でも、見てみて。あの真珠、二つしかないんだけど?」
「あっ、人魚さんも言葉が話せないことに対して頷いていますよ! だから、その真珠をつけて、海の中に来てほしいということでしょうか……?」
人魚さんは、首を縦に振ってから、私とレイのことを交互に見てから、チャコラに申し訳なさそうな表情をして頭を下げた。
理由は分からないけれど、人魚さんは私とレイを海の中に招待したいみたい。
私は、駄目だと口にするレイの前に両手を握りしめる。
「レイ……! 私を救ってくださった人魚さんが、私たちに来てほしいと言っているのです。不誠実はいけません」
「そういうと思っていました……。チャコラ、その男を頼めるか? それから、このことをフェリス国王たちに知らせてほしい。構いませんよね?」
人魚さんに問いかけるレイに対して、彼女は頭を縦に振った。
人魚のおとぎ話に興味を示していただけに、チャコラの耳と尻尾は下に垂れ、明らかに残念そうな表情をしている。
「チャコラ、申し訳ございません。お土産話を沢山持って帰りますので……」
「うんっ! それよりも、海の中だから動きも鈍くなるんで、気を付けて!」
「俺の魔宝剣は、魔法で守られていて海水でも錆びないだろうが……。海中で武器は相性が悪いな。お嬢、いざってときは――」
レイの言いたいことをすぐに理解した私は、思い切り首を縦に振った。
普段は、危ないからと攻撃魔法を使うなというレイが私の魔法に頼ってくれることは素直に嬉しい。
レイが人魚さんから真珠を受け取ると、口に咥える。少しだけ原始的なのだといって、説明してくれるレイに飲み込まないよう注意された。
私はチャコラに手を振ると、レイに腰を抱かれる形で海中にもぐる。
思わず目を閉じてしまった私の肩を叩く手によって、開いてみると地上では味わえない幻想的な世界が広がっていた。
この魔導具は、呼吸ができるようにするだけではなく、海に適さない人間に対して空気の泡を作ってくれるのだと視線を横に向けて気がつく。
泡に囲まれていて、おとぎ話に入ってしまった感覚に目を細める私に対して、呆れた表情をしているレイ。
人魚さんの案内で私たちは、海底へと沈んでいった。思ったよりもドレスによる圧迫感もないのは、魔導具のおかげみたい。
私は、海中を自由に泳ぐ色とりどりの魚や、宝石のような透けた珊瑚礁に目を奪われていた。
すると終点のようで、人魚さんが洞窟のような場所を指さして入っていく。
幻想的な海中とは対極的に、人工で作られたかのような黒くてゴツゴツした岩肌に、空の光を通さない暗闇に思わず息を呑んだ。
明らかに不釣り合いな行先に、レイも迷っているようで私たちは入口を前に動けなくなる。
そんな私たちに、聞きなれない声が脳に直接聞こえてきた。
『…………海中では、言葉を話せることを忘れていました。申し遅れました。私は、セレスティア。人魚族の長です』
衝撃的な事実を聞かされた私たちは、顔を見合わせて驚いたあと、セレスティア様が通った暗闇に一歩踏み出した。




