第三十二話 フェリス城の王子様は綺麗な人で……
「馬車が、止まった……?」
「ちょっ……どういうこと!? 警戒態勢!?」
「あわわ……まだ、港街を出てから僅かな時間しか経っておりませんが――」
レイ以外の私たちが取り乱す中、窓からパシュミさんが顔を覗かせた。
「申し訳ございません。道の横を、無害な魔物が通ったものでして……」
「無害な魔物とは……もしかして、モフモフでしょうか!?」
「えっ……? かも、しれません。と申しますか、そちらに渡ってしまった魔物の仲間です」
馬車の前には、今回の交渉材料となった外来モフモフが乗った荷車があり、その前には護衛の騎士がいて道を通る魔物の群れは見ることが叶わず。
ただ、すでに棲息地なのだとしたら帰した方がいいのではないかと思い立つ私は、レイを見つめた。
レイは私の意図を理解したようでため息をついてから外に出る。
「パシュミ殿、すまない。ルキディア様が、返還予定の魔物を帰すことを提案しているのですが、いかがでしょうか?」
「なるほど……。ここは、すでに棲息地ではあります。一度城に連れて行き、再び戻す負担よりも良いかもしれません」
「ご理解有難うございます。ただ、こちらの判断で行ってしまうのは宜しいことでしょうか?」
レイとパシュミさんが話をしている間、私は窓から外を眺めていた。当然、モフモフの姿は相変わらず見えないけれど、半径5メートルの制約があるから良いのかもしれない。
話がまとまったのか、再び扉が開いてレイが顔を覗かせると手を伸ばされる。
「有難うございます、レイ。帰す許可を得られたのですね?」
「はい。それで、ルキディア様の事情もお話しさせて頂きましたので……私たちは此処からです」
「うわー……だいぶ、距離あるんですけどー」
半径5メートルでも思った以上に距離があることを周囲にさらされた私は、恥ずかしくてレイの後ろに身を隠した。
パシュミさんは気にしていない様子で、檻の中から外来モフモフたちを解き放つ。
すると、前方を歩いていたモフモフたちに近付いていき、連れ立って森の中に消えていった。
「呆気ないわねぇ……」
「これで良かったのです。知らない者同士のようでしたが、仲良く去っていきましたし」
「ルキディア王女殿下、感謝いたします。こちらとしても、元来の魔物を減らしたくはありませんので」
再び馬車に揺らされて辿り着いたフェリス城は、モスフル城と比べたら二倍の大きさを誇り、灰色の屋根に白い壁という気品のある全貌をしている。
城門を入ってすぐ素敵な庭を通り、城の前で止まった。
すると、本来なら城内で待っていてもおかしくはない国王陛下と王妃殿下、そのご子息、ご息女と思われる王子殿下、王女殿下の姿が窓から見えて心臓が早くなる。
「あわわ……なぜ、私のような小さな国の王女を、あのような御もてなしで……」
「ル、ルキディア様……。し、ししし深呼吸です、深呼吸……」
「相手をしないチャコラがルキディア様より焦ってどうするんだよ……。あそこまでしてくださる方々です。大丈夫です」
先に馬車を下りるレイに手を差し出されて下りると、チャコラに言われたように深呼吸してから王女としての振る舞いで挨拶を交わした。
獣人族の王家は人族を友好国と思ってくれているけれど、チャコラのような村や町の人間は多くない。
しかも、こちらの大陸は人族よりも獣人族や、別の種族が多くいる。フェリス王国も海に近いことから、はるか昔は人魚族とも友好関係だったと逸話もあった。
「こちらは、我が国の第一王子であるパリスだ。今年、ルキディア王女殿下と同じく18になった若輩者ではあるが、仲良くしてやってほしい」
「こちらこそ、宜しくお願いいたします」
「このようなお美しい方とお会い出来て光栄です。城の中は、私がご案内させていただきますので、どうぞ宜しくお願いいたします」
王妃様に似た純白の毛に、髪の色は銀髪で、私よりも美しく感じられるパリス王子殿下にも見惚れてしまう。
レイも美形だけれど男性的であって、この方は気品というのか、男女を越えた中世的な美しさがあった。
城内に入るとパリス王子殿下と護衛二人を引きつれた私たちは、夕餉までの間、ゆっくりするように心遣いを受けて国賓の部屋に案内されている。
「こちらは、広間になっておりまして……。それから、あちらで夕餉を開かせていただきます」
「有難うございます。私の城とは違って、とても広く、迷ってしまいそうです」
「ご心配は不要です。すべて案内する部屋に揃っておりますので。ただ、部屋は隣り合わせで二つご用意させていただきましたが、宜しかったでしょうか?」
獣人族では有り得ない王女の訪問であり、護衛が男のレイなので配慮をしてくれたみたい。
いつもの通り、チャコラとは同じ部屋だから問題はなく笑顔で頷く。
「それでは、ごゆるりとお過ごしください。また、時間になりましたらお迎えにあがりますので」
「何から何まで感謝いたします。後ほど、また宜しくお願いいたします」
パリス王子殿下と別れて一先ずは王女である私の部屋に三人で入ると、各自壁やソファーに座って盛大なため息を吐いた。
チャコラはソファーにうつ伏せになって小さくうなり声をあげている。
レイも、慣れない仕事に扉横の壁にもたれかかり頭を下に向けていた。
私も、チャコラの向かい側のソファーに座って胸を押さえる。
「……外交とは、このような緊張感で満載なのでしょうか……」
「本当に、ハードすぎて……アタシ、干からびます……。一言もしゃべっていないのに、水が欲しい……」
「これからが本番ですので……。チャコラは、所作だけしっかりしていたら良い」
窓から見える太陽の位置で、夕餉まではあと二時間ほどはありそうな様子にホッとした。
ただ、潮風によって潤いを失った髪と、ドレスを着替えるのは確定している。
「それじゃあ、俺は隣の部屋にいるので……。支度が済んだら、チャコラをよこしてください」
「……かしこまりました。チャコラ、申し訳ないのですが……お直しをお願いいたします」
「か、かしこまりましたー! このチャコラ、メイド長に教わったことを存分に発揮させていただきます」
そうして、私たちは着替えだけで時間を奪われて、夕餉の時間を迎えるのだった。
ただ、パリス王子殿下が部屋を訪れる前に三人で廊下に出ると、ちょうど部屋の死角からメイドたちの話し声が耳に聞こえてくる。




