第二十七話 モフモフ乱入事件!?
いよいよモスフル王国の建国祭が近づいてきて、準備に追われて大忙しとなった城内では、慌ただしく動くメイドや兵士たちの姿がある。
私も王女としての務めを果たすべく、普段の勉強は一旦中断して礼儀作法を一から受けていた。
「それでは、午前はこのくらいに致しましょうか。ルキディア様、ごきげんよう」
「は、はい! 先生有難うございました。ごきげんよう」
一息つく私に、壁際で待機していたメイドに扮するチャコラが近づいてくる。
「ルキディア様ー。お疲れ様でした! アタシだったら耐えられないです……」
「そうですか? 普段している作法の特別編というのでしょうか……」
やっていることは普段と変わらない礼儀作法を、もっと厳かにしたようなものだった。
扉をノックする音がして返事をすると、外で待機していたレイも入ってくる。
当然、正装に身を包んだ姿で、いつも以上に凛としてみえた。
「ルキディア様、午前の授業は終了とのことですが、これから国王陛下たちとの昼食が控えていますので、準備をしてください」
「かしこまりました。明日に向けての話もあるでしょうから、少しだけ緊張しますね」
「ご自身のご両親であるのに、王族は大変ですね……やっぱり、アタシには別世界です」
青白い顔をしてみせるチャコラに思わず笑ってしまう。私にとっては、毎日のことだから感じないことを、国民から見たらそう思うのかもしれない。
昼食まで1時間はあるけれど、先ずは服を着替えることと化粧を直してもらうこと。すべてを終わらせたら30分もなくなってしまう。
私が椅子から立ちあがった瞬間、廊下から悲鳴が聞こえてきてレイが扉を開けて外に飛びだして行った。
「チャコラは扉を閉めて警戒しろ! 俺は、原因を探る」
「りょ、了解! ルキディア様、窓のないベッド側へ!」
「か、かしこまりました! こんな大事なときに、なんの騒ぎでしょうか……」
閉まる扉から外の音は聞こえなくなる。チャコラはそのまま鍵を閉めた。
すぐに原因が分かったのならいいのだけれど……。静まる部屋の中、警戒して耳と尻尾を逆立てるチャコラの傍に寄る。
「チャコラ……。とても静かに感じますが、レイたちは大丈夫でしょうか?」
「そうですね……。状況が分からないのも困るけど……扉を開けて、賊に侵入されても困るし」
「あわわ……賊なのですか!? え? 例え話?」
賊かもしれないとい例え話に少しだけ緊張しつつ、外から扉がノックされた。
扉の鍵はかけたまま、外から聞こえてくる声を待つ。
「レイです……こんなときですが、大変な事態になりました」
声の主がレイだと分かってチョコラは鍵を外して扉を開けた。大変なことが気になる中、レイは部屋に入るとすぐに扉を閉める。
「レイ、どういうこと!?」
「実は……城内に、モフモフの魔物が侵入しました」
「はい? モフモフですか!? そちらのどこが、大変なのでしょう?」
モフモフの侵入は、ごくたまにあった。
建国祭を控えた前日なのだから邪魔をされて大変なのは分かる。けれど、そこまで重要なことではないような……?
私が、おとぎ話に出てくる探偵を真似て顎に手を当てて考える素振りをする中、レイは頭を抱えている。
「それが、そうでもないんです……。実は、とてもすばしっこく、それでいて小さく、擬態能力があるとかで……」
「うはー……それは、捕まえるのも一苦労だわ。どこかに、隔離出来たらいいんだけど……擬態能力が痛いわね」
「その子もきっと怯えているのだと思います! バリケードなどを張るのはどうでしょうか? この階に留めるのです」
私の部屋は屋上の下にあって、この階は王族専用になっていた。そのため、空き部屋も複数ある。
廊下を封鎖して、空き部屋に追い込む作戦だ。
「まだ、廊下にいると思います。王国魔法使いたちに伝えます」
「それから、その子は私が追い詰めます。この、”モフモフから半径5メートル”を活かすときなのです!」
「とても悲しいセリフなのに、呪文のような力強さを感じますね! レイ、ルキディア様にモフモフは寄り付かないから安全でしょ」
知らず知らずのうちに追い打ちをかけるチャコラに、私の心は密かにチクチクした針を持つ魔物に攻撃されたように刺さっている。
レイもその言葉に納得したようで、再び扉を開けて出て行った。
ただ、そのわずかの差で入り込んだモフモフに気がついたのはすぐである。
「ぴぎゃー!?」
「えっ!? なに!? ぴぎゃーって、もしかして噂のモフモフ!?」
「あわわ!? モフモフが私の部屋に!? まったく見えません!」
扉が閉まり出られなくなったところに、私の半径5メートルに侵入したことで騒ぐモフモフによって、棚の上に飾られている置物や花瓶が床に落ちそうになった。
それを素早い動きでチャコラがキャッチしていく。
「ルキディア様!? チャコラ! 状況はどうなっているんだ!」
「あわわ……。レイ、こちらは問題ございません! いま扉を開けたら、逃げて行ってしまうと思うので、私たちに任せてください!」
「ちょーっと、物が落ちて大変だけど大丈夫っ!」
まったく大丈夫に聞こえないチャコラの声にレイの不安な顔が想像できた。
ただ私は申し訳なさよりも、モフモフを見たいという気持ちでいっぱいで部屋中駆け回る擬態姿を目で追う。
「チャコラ! 魔法を使います!」
「へ? ルキディア様の魔法ですか!? ちょっと怖いですけど!」
「まぁ、不敬ですよ。それでは、いきます! ――部屋の模様替え!」
私が魔法を唱えた瞬間、部屋の壁が空に見えた虹のように変わった。さすがに虹色は擬態出来ないモフモフの魔物は、正体を明らかにする。
「チャコラ! とても可愛らしい子です」
「本当ねー。思った以上に小さいわ」
本人は気づかれている自覚はない様子で、落ち着いたのか部屋のすみで丸くなっていた。
身体は雪のように白く、お腹がふくよかで、もちもちしていそうな肌に、細かく柔らかそうな毛で覆われている。
首の下にだけ矢印のような黒いマークがあり愛らしさを引き立ててみえた。
「あのワンポイントいいわね。ルキディア様は、あの子の名前とか分かります?」
「あの子は、ネズミの一種ですね。魔物に属する中では、一番のモフモフと愛らしさを誇り、愛好家からは一、二を争うほどに人気な子です!」
「へえ……もしかして、貴重だったり? あ、でもネズミなら沢山子供を産みそうよねぇ」
間近で見たことがない私は、自室ということもあり、絨毯に座って観察日記を書く。
「そうですね……貴重ではありません。ですが、初めて見ましたし……こんなに間近で!」
「そ、そうね……でも、ルキディア様。そろそろ捕まえないと……時間が」
「はっ! 昼食の時間まであと30分を切ってしまいました……やむを得ません。――光のベール」
立ち上がった私は、以前も唱えた魔法を使った。薄く柔らかい布に包まれたモフモフは最初だけ、もごもごと動いておとなしくなる。
チャコラが扉を開けてレイや兵士を招き入れモフモフは運ばれて行き、私は忙しなく動き回るメイドたちによって着替えをさせられた。
今日も一モフモフを見られた私だけは、表情が緩んでしまう。




