第二十六話 モフモフを連れた行商人
少しずつ花の季節から、星降りの季節を感じ始めてきた頃。
もうすぐモスフル建国祭が近いことを教えてくれる。
あと少しで、私のモフモフ探求は一時休息だ。だからこそ、今日は城下街に来ている。
「今日は、年に一度だけモフモフを連れた行商人が来る日なのです!」
「そうなんだぁ。それで、どんな物を売ってるの?」
「異国の物が多いですね。その中に、モフモフデザインをされた小物や装飾品を手広く扱われています!」
とても楽しみにしていた私は、元気よく説明した。
絶対チャコラも気に入るはず。
「お嬢は、そっちメインですよねー。モフモフが好きな人が、趣味で作っているらしくて。最近は、その行商に卸すために作っているらしい」
年に一度モスフルに訪れるのだけれど、いつかは分からなくて、去年は星降りの季節だった。
ただ、人気の行商人だけあって、噂が風に乗って流れてくるため、会えないことはない。
行商人が集まる広場ではなく、ひっそりした街の裏側にある大樹の下で商売をしている。
「この時間なら、私たちが一番乗りでしょうか!」
「どうでしょうねー。街の人もいますし?」
「こんなにルキディア様が興奮してるなんて、もしかして1点モノとかあったり?」
城下街は、まだ眠っているように静かで、店を開ける住人だけが忙しくしていた。
私の目に大樹が映ると、地面に敷物を敷いて準備をしている行商人がみえる。
もちろん、肩には小さなモフモフの姿があった。
白くてふわふわしていて、くちばしのあるモフモフは鳥系の成体。幼体にしか見えない見た目なのが、愛らしくて顔が緩む。
ただ、私は思い出した。確実に半径5メートルに入ってしまう。買い物が出来ないのでは……?
「ど、どうしましょう!? レイ、チャコラ」
「落ち着いてください、お嬢。行商人の方に事情を話しましょう」
「そ、そうですよ! ちょーっと、あの可愛いモフモフには離れてもらって……可能ならアタシが預かりますし!」
全身が小刻みに震える私をなだめるように、レイが先に行商人のもとに向かって話をし始める。
私はプルプルとゼリーのような魔物と同じく揺れていた。
そして、白いモフモフはレイの肩に飛び乗って、範囲外まで離れていく。
代わりに行商人に手招きされて私たちは、近寄っていった。
「ルキディア様、ごきげんよう。お話はレイさんから聞きました。小さい頃は、あんなにウチの子を可愛がってくださったのに、どんな呪いですか?」
「ごきげんよう。申し訳ございません……。呪いではなく、原因不明でして、目下調査中なのです」
「そうなんですね。早く、モフモフが触れることを願っています。今年も異国や各地から小物や装飾品をそろえていますので、どうぞ見て行ってください」
敷物に腰を下ろす行商人に笑顔を向けて、私もしゃがみ込む。横にしゃがんだチャコラも興味深く眺めていた。
色とりどりのリアルなモフモフから、新種のような創作モフモフまである。
その中で、端に置かれたモフモフの人形に私は興奮して手に取った。
「チャコラ! まさかの、モフモフの……人形ですよ!?」
「本当ですね! うわーリアルな質感。大きさも手の平サイズでいいですねぇ」
「ああ、それは本物のモフモフの毛で作られた人形なんですよ。人形自体は、実在しない架空ですけど」
私は思わず固まる。
本物のモフモフの毛? まさか……モフモフを、殺……。
顔面蒼白になる私の顔に気がついたチャコラと行商人は慌てて立ちあがる。
「ルキディア様!?」
「ルキディア様! 違いますよ!? その毛は、抜け毛です。沢山のモフモフから採取された毛で作られています。なので、安心してください!」
「はっ……! 意識が飛んでおりました……そうなのですね。それでしたら、安心いたしました」
半分魂が抜けていた私は、正気を取り戻して安堵の息を吐いた。
モフモフを触れない私は運命を感じて、創作人形を購入する。他にも、さまざまな愛らしいモフモフを堪能していった。
「アタシはこれを買おうかしら。あと、可愛い弟妹にも。ちょうど同じ色のが三点あるし」
「いいですね、お揃い。私も、全部購入したいくらいですが……他の方を考えて自重して。こちらでしたら、動き回っても取れないでしょうか」
「あっ、もしかして……。良いと思いますよぉ。ルキディア様もお揃い買っちゃいましょう」
チャコラは何かに気がついた様子で顔を緩ませ、尻尾が激しく揺れている。
私は、ニ種類を別で購入した。一つは行商人が連れているモフモフがモチーフのボタン。三つ購入して、私たちモフモフ調査隊のエンブレムにした。
もちろん、行商人の了承を得て。
もう一つは、伝説上のモフモフの精霊をイメージした装飾品とのことで、ちょうど左右の目の色が空と紫をしていた。
しかも対になっているらしく、左右が逆で耳につけるタイプのカフスをニ点購入する。こちらは、魔法が付与されているようで、一定の距離までならお互いの位置が分かるらしい。
「いやー去年といい、お目が高い。さすが、ルキディア様だ。来年も是非、宜しくお願いします。そのときには、ウチの子を撫でてやってください」
「はい! 是非、また撫でさせてくださいね。有難うございました」
「目移りして大変だったわ本当。モフモフ以外にも、異国の服だったり……あっ! 一番興味をそそられたのは、着物ね! 一瞬布にしか見えなかったわ」
私たちが話し込んでいる後ろから、レイが走って来る。すっかり忘れていて、振り返り思わず両手で口を押えた。
「……ハァー。お嬢も、俺のこと忘れていましたね?」
「わ、忘れてはおりませんよ……? しっかりと、レイの分もお土産を買いましたし!」
「ルキディア様、顔に出てる……。まぁ、モフモフと戯れていたんだからいいじゃない」
実際、視界に入るレイの肩に乗っていた白いモフモフの子は、身体をこすりつけていて、その度に頭を撫でていたのは知っている。
レイに購入したモフモフボタンを手渡すため、一歩下がって近づき、手招きするように姿勢を合わせてもらった顔に唇を寄せて耳打ちした。
少しだけ顔をそらすレイと、後ろに振り向いて口元を緩めるチャコラに首をかしげる。
前を歩くチャコラの尻尾がゆらゆらと揺れているのを見ても、私はその意味に気が付くことなく城の裏門をくぐった。




