第二十五話 地中のモフモフと、誤解
「2人共聞いて下さい! 最新のモフモフ図鑑で、重要なことが書いてありました」
「なんですかー? また、大したこと無さそうですけど」
「レイ、ルキディア様に失礼でしょ!? なんでしょうか」
私は、2人に分厚いモフモフ図鑑のページを開いて見せた。
「レイの不敬には慣れました。なんと! モフモフは最弱の魔物ではないかもしれないと書かれていました」
「まぁ、俺たちもモフモフで攻撃的な魔物も見てきましたし? なんとなく察してましたけど」
「そうなのですか!? でも、そうかもしれませんね……たまに見かける狼の魔物は、雪の季節ですとモフモフしていますし」
危険な場所にいくことが少なくて分からないけれど、私を避けるのは攻撃性のないモフモフな気がする。
「まぁ、ルキディア様が愛でたいと思っているモフモフたちは、姿も愛らしくてモフモフ度が違って危険がないですし」
「見た目に、モフモフ度ですか……毛は柔らかそうではありますね」
「今お嬢が開いているページはなんですか?」
自然に別のページをめくっていた私は、『地中の真相に迫る』という題名を指さした。
「こちらは、地中にもモフモフがいるのかという疑問が書かれているページです。モウルという魔物について書かれているのですが、実在するかは不明らしく……」
「モウルって、地中に住む竜って言われてる伝説の魔物!?」
「目撃例はなく、色々と噂話が絶えない魔物ですかー。まぁ、地中にいたらモフモフの体毛も維持できる気がしませんしね」
実は、精霊以外にも伝説といわれる魔物は多くいる。
その1匹であるモウルは、基本的に地中にいて滅多なことでは出会えないと言われていた。
レイの言うように地中だと日光も浴びれないだろうし、栄養は豊富そうだけれど……。
「そもそも、俺たちは地中では生きられないので、調べようがありません」
「そうなのです……海底についても、そうですし。魔法で一時的に空気を維持することは出来ますが」
「地中とかって、暗くて怖そうじゃないですか? ルキディア様なら、光の魔法で照らせますけど」
私の部屋に集まってお茶会をしていたことで、本棚にはいくつもモフモフ図鑑が置かれている。
その横にちょこんと置かれた魔導書に目を向けた。
実は、遺跡探索のあと、王宮魔法使いに頼んで密かに魔法の勉強をしている。
いざというときに、私も役に立ちたいから。
「今日は、モフモフが最弱ではない可能性についてと、地中にモフモフはいるのかを調べに行きましょう!」
「えー……調べるって、お嬢どこに行くんですか?」
「実は、モフモフ図鑑にはモウルがいるかもしれない場所について書いてあるのです! それが、なんと……モスフルにもあるようで。城から遠くはなさそうなので、行ってみましょう!」
モウルも最弱の可能性があるモフモフなのか、私の探求心は再び刺激されている。
男心を学ぶのは難しいけれど、モフモフとのスローライフは幼い頃からの夢なので!
「思ったよりも歩いたわね。ルキディア様、大丈夫?」
「問題ございません! モフモフのために、私は体力作りに励んでおりますので」
「そういわれると、頻繁に城の中を歩き回ってますねー? アレって、そういう意味だったんですか」
私たちは、冒険用の恰好に着替えてモウルがいると記されていた場所に足を運んでいた。
実は、ラベンダー色を基調とした膝上ほどのワンピースに、頭を護る先が尖った帽子を被った魔法使いの装いで、耳に太陽と月があしらわれたオレンジ色の耳飾りをしている。
レイが贈り物としてくれて、今日初めて身に着けた。耳に揺れるタイプではなかったから、落ちる心配はない。送った本人はまったく気がついていないけれど……。
「レイに侮辱されているような気がします……。気を取り直して、捜索しましょう! この一帯はとても綺麗な平地ですが」
「本当ですねー。誰かが整えたような……こんな場所があるとは知りませんでした」
「うーん……何かがありそうな予感がするんだけど。良くわからないわね」
ここに来るまでの道は、でこぼこ道だったり草が生えていたのに、まっさらで何もない平地に違和感はあった。
しかも、結構な広さでギルドくらいな面積はありそうなことと、獣人族は、人族よりも優れているから慎重に進もう。
意気込んで一歩前に踏み込んだときだった。私は地面の感触に違和感を覚えて下を向く。
「レイ、ここだけ踏んだ際の感触が違う気がするのですが……」
「んー? どこですかーって……!? お嬢――」
「ちょっ!? ルキディア様!! レーイ!!」
横から歩いて戻って来たレイの重みによって沼に足をついたときのような音がしたかと思った瞬間、身体が揺れるように浮き上がった。
すぐに、浮いたのではなく地面がなくなったのだと分かる。
「いっ……お嬢、大丈夫……ですか?」
暗い中に沈み込む感覚で、気がついたときにはレイの声が聞こえてきて目を開いた。ただ、目を開けた感覚はあるけれど暗くて何も見えない。
未だに足が地面についていないことと、レイの声が近くに聞こえて、抱きかかえられているのだと分かった。
「レイが庇ってくれたので、私は大丈夫です! レイこそ、大丈夫ですか!?」
「ハイ……とっさに、剣の柄で横の地面をえぐったので。多少は、衝撃を抑えられました」
少しだけ声が震えているのは怪我をしているのかもしれない。何があるか分からないということで、下ろしてくれる様子のないレイに私は自分の仕事をすることにした。
「今、明かりをつけます! 光の導き!」
光の導きによって照らされた場所は、想像通りで危険なものはないと分かって、ようやく地面に足をつく。
「お嬢、こちらに……。どこからか風を感じると思ったら、道はそちらだったようですねー」
「わぁ、本当ですね! 進む道があって良かったです。そうでした! チャコラは、大丈夫でしょうか?」
レイによって壁側に寄せられる中、すっかり忘れていたチャコラを思って光の導きでも見えない真っ暗な穴を見上げた。
相当な深さのようで光も一切見える気がしない。
「かなり落ちてきたようですねー。多分、声は届きそうにないです。外の光もまったく見えませんし」
「本当ですね……でも、落ちてこないところから大丈夫ですよね!」
「多分、誰かを呼びに行っていると思いますよー。穴が空いたままだと危ないですし」
私たちは冷静に分析してから、ぽっかり空いた横穴に視線を戻す。
何かが丁寧に掘ったような穴で、上よりは明らかに狭いけれど、レイの身長でも大丈夫そうだ。
「私たちは、ここに留まるべきでしょうか? あの先に、モウルがいる可能性も……」
「こういうときの鉄則は、無闇に動かないことですよー。とはいえ、此処も安全かは分かりませんからねー」
「それでは、進みましょう! モウルはいるでしょうか」
悩むレイを説得して私たちは先に進むことを選ぶ。明らかに嬉しい感情を隠せないでいる私に対してレイは頭を掻いた。
「いつも言ってますけど――」
「レイの前は出るな! ですね。分かっています」
「それじゃあ、進んでみましょう」
レイは手に持っていた鞘を抜く。
私はレイの前を照らすように光の導きを向けたまま、一歩下がって後ろを歩いた。
ずっと同じ穴が続いていて道なき道を進んでいく私の目に動く何かが横切る。
「レイ、何か動いていますよ……」
「あの見た目は……お嬢が言っていた、モウルじゃないですか? 一見愛らしくも見えますが、魔物に変わりはありません」
「ですが、実在しておりました! 面白い形ですね? 前足が大きいです」
つぶらな瞳に、土のような色をした短い毛が生えていた。
想像以上に大きな前足に爪を見て私は興奮する。レイは左手に持つ剣を構えて見定めていた。
「敵意は……なさそうですね。それになんだか……」
「ついてこいと、言っている気がします! 行きましょう、レイ」
「はぁー……魔物に道案内してもらうなんて。いや、テイマーがいるんだからアリなのか?」
目は見えないと書いてあったけれど、的確に私たちが分かっているように、チラチラとこちらを向いて確認してくる。
足音で判断しているのかもしれない。
どれほど進んだか分からないけれど、少しだけ広い空間に出ると頭上に穴が空いていることに気がついた。
見上げなくても光の導きの明かりではない、ほのかな光が地面を差している。
「見てください! 光が見えます」
「本当だ……モウルが掘った穴みたいですね。俺たちが歩いてきた道よりも、はるかに狭い」
「人は通れませんね……そうです! 最近覚えた魔法があります」
目を大きく見開いて止めようとするレイを尻目に、私は魔法を唱えていた。
風の渦によって土が削れて舞い上がり、大穴が口を開く。
思わず横にいるレイに助けを求めるように両手を合わせた。
「お嬢……これは、此処だけにしてくださいね」
「は、はい……。そうします。あら、モウルがいなくなってしまいました」
「それは、お嬢に驚いたんだと……でも、早く出ましょう。何が起きるか分かりません」
名残惜しそうにする私を再び抱えるレイは、地面を蹴って横の壁を斜めに上るように地上へ飛びだした。
私の放った魔法によって近くにいた様子のチャコラが駆け寄ってくる。
「ルキディア様ー!!」
「チャコラ!? 結構、歩いた気持ちでしたが……50メートルくらいでしたね」
「無事で良かったですぅ……!」
走って来たチャコラの方に視線を向けて、大穴を囲む兵士たちを目にした私は思わず笑ってしまった。
私が空けてしまった穴も閉じてもらおう。モウルの存在は私たちの秘密にした。
<モウル>
地中に棲む魔物で、体長は12~18cm程度。前足はシャベル状の平べったい形状に鋭い爪があり、土をかき分けやすいよう大きく、主に虫を食べているのではといわれている。
空想上では、毛は短いが柔らかく土に同化した色をしているのではと仮説が立てられていて、視力は退化しているといわれている。
一部の種族では、伝説上の竜だと恐れられていた。




