第二十三話 モフモフ絵日記
あれから数日後。私は、自室の机に向き合っている。
この一角は、レイと勉強する際に使用している場所で、壁側に背もたれのある椅子に座って分厚い図鑑のような本にペンを走らせていた。
「最近は、色々なことがあったから。新しく出会った子たちのことを書いておかなくては」
レイは朝早くから訓練をしていて、窓から広場の様子が少しだけ見える。
そんな私の後ろから覗き込むように大きな耳と尻尾がパタパタと揺れるチャコラの姿があった。
「ルキディア様、何を書かれているんですか? 凄い分厚い本……」
「実は、私モフモフ絵日記を書いているのです。色々な魔物のモフモフと出会った際に、絵と共に思い出を封じ込めてます」
「なんか、言い方が……魔女っぽいですけど。実際は、絵と文字を書いてるんですね?」
ちょうど黒貂の赤ちゃんを描いているところだったため、黒くて丸い姿にチャコラはうーんと唸る。
絵は得意でも不得意でもないけれど、黒くて丸いだけでは黒貂の赤ちゃんだとわかる者はいない。
特徴的なのが全身黒い毛皮だから、どうしようもなかった。
「こ、これは……黒貂の赤ちゃんですから! しっかりと、チャコラの村やご家族についても書いていますよ」
「あー! あの子かぁ。それじゃあ、双子の弟妹の可愛さを前面に書いてくださいねー」
「もちろんです!」
絵日記という書物は存在しないため、ただ白紙の本の上に絵を描いて、下に文字を書いている。
私が愛読しているモフモフ図鑑を参考にしていた。
黒貂の周りにシャカさんとマカさんの絵を書いたら、この思い出は終わり。
「そうでした。レイから聞いたんですけど、アタシがいない間に大変なことになっていたって」
「そのことですか……。大変と言ったら、大変なのでしょうか」
「そりゃあ、大変ですよ! ルキディア様が倒れられたなら、一大事です! モフモフの魔物もいいですけど、自分を一番に考えてくださいね」
数日経ってチャコラにも怒られてしまいました。
あの日についても書かないと……。
雨上がりの日。素敵な虹が出ていて、レイと2人で盛り上がった。
そんな日に、まさか怪我をしたモフモフの魔物を発見してしまうなんて……。
精霊のお導きに感謝した。
あそこで見つけていなかったら、あの子は助からなかったと思う。
昔助けた、あの子に似たモフモフの魔物も元気だといいけれど。
「そうです。チャコラは、このような魔物を知りませんか? モフモフの子供だと思うのですが、特徴は似ていても何か違う気がして」
「え? アタシなんて、ルキディア様に比べたら勉強不足ですから。ルキディア様が分からないモフモフの魔物なんて」
頭の中の情報を掻き集めて絵にしてチャコラに見せる。
純白のように白くみえたモフモフに、長い耳が少し灰色のようだった。目は虹色で吸い込まれるように美しい特徴的で……。
「うーん……やっぱり分からないですね。といいますか、虹色の瞳は特徴的すぎだと思いますけど」
「私も、チャコラに話をしていて思いました。虹色の瞳を持つ魔物自体、聞いたことがありません。それこそ、おとぎ話に出てくるような守り神的な存在でしょうか」
「でも、その場から消えたのなら回復したんですよ! モフモフの魔物は死んでも消えませんから」
チャコラの言うとおり、魔物によっては亡くなると消えるものもいる。
けれど、モフモフの魔物は動物に近いから消えたりはしない。
この絵は、助けたこの子と共に忘れないよう日記に書いておくことにした。
名前のない虹色の瞳を持つモフモフ。
「あっ、そろそろレイが戻ってくるんじゃないですか?」
「ハッ! そうでした。チャコラに重要なことを聞きたかったのです!」
「えっ? 切羽詰まった感じで、どうしたんですか?」
私が倒れる前と、後の話を聞かせた直後、なぜか口元を押さえるチャコラに理由がわからず首をかしげた。
「これは、アタシが言って良いことじゃないと思います! レイも、ルキディア様に気付いてほしいのかと」
「……私には、チャコラが言っていることが1つも分からないのですが」
「うーん……ヒントを出すのなら、男心を学ぶことをオススメします。確か、書庫にもあったかと思いますよ」
男心……?
確かに、レイも言っていた。
他の男性にはしないでほしいと。
女心があるように、男心もあって当然だった。
チャコラは何かに気が付いたようだから、きっと男心が分かったに違いない。
「分かりました! 私、レイに気付かれないように男心というものを学びたいと思います」
「あっ……言い忘れてました。その本を読むときは、アタシと一緒のとき限定にしましょう! ルキディア様が、間違った男心を学んだらアタシの責任になるので!」
「そ、そうですね? レイに不審がられても困りますし……分かりました。頼りにしてますね、チャコラ」
やる気に満ちた私とは違って困った表情で、耳と尻尾が下に垂れる様子に首をかしげる。
私は、また何か困らせるようなことをしたのでしょうか。




