第二十二話 病に冒されたモフモフ
月曜日が祝日の際は、10時頃に投稿します。
次の日、元気になって果物を頬張る姿に私は朝から癒されている。
この子は、私が嗜んでいるモフモフ図鑑にも載っている、綿毛のような柔らかくサラサラした毛が特徴的な弱い部類の魔物だった。
主食は果実で、甘い樹の実を好むということだったから、城で一番甘い果実を与えてみたら美味しそうに齧っている。
口の中には袋みたいな部分があるようで、そこに入れているのかパンパンになる顔に笑ってしまった。
「レイ、見てください! とても愛らしいですよ。でも、なぜでしょう……昨日は、大丈夫だった半径5メートルが今日は駄目だなんて――」
「――そうですね。お嬢、昨日のようなことは、他の男性にはなさらないでくださいね」
「はい? 昨日のようなこととは、どのことでしょうか」
この子と違って朝からレイは心ここに在らずというように、視線が合いません。
言っていることを考えても、喜びのあまりレイの両手を握ってはしゃいだくらい……。
ハッ!
あの行動が淑女として無作法だったのかもしれない。だから、視線も合わせられないほど呆れている……。
「も、申し訳ございません。淑女として、王女の自覚を持って行動しますね!」
「えっ……。まぁ、気をつけて頂けたら良いんですけど。それより、コイツどうします?」
「元気になったら元の場所に帰しましょう。野生の魔物は、無闇に捕獲するなと有りますから」
これもモフモフ図鑑に書いてある注意書きだった。
忙しなく口を動かしていたかと思うと、突然動きが止まったモフモフが仰向けに倒れる。
驚いて一歩近づいた私にモフモフは警戒することなく泡を吹いていた。
「ど、どういうことでしょう!? 喉に詰まったのでしょうか!」
「いえ、それはなさそうです。回復の魔法使いを呼んでください」
喉を掴んで確認するレイに言われて直ぐに回復魔法使いを呼び出して見てもらう。
「これは、病ですね。多分、怪我から何かに感染したのかと。さすがに、魔物の病は治せません……様子を見るしかないかと思います」
「そう、ですか……。発熱したときは、人間だと冷たいタオルや魔法で冷やしますが……」
「人間なら、軽い病でしたら魔法で治せますしね」
さすがに魔法も万能ではないから、病気などは軽いものしか治せない。
ただ、怪我などは回復魔法使いの力量によるけれど、瀕死でも今回のように回復させることは出来る。
王国専属の回復魔法使いは優秀で、私も自慢の一つだ。
回復魔法使いが去ったあと、メイドが運んでくれた桶に入った水と刻んで小さくしたミニタオルをレイの手でモフモフに乗せてもらう。
先ほどまで愛くるしかった表情が、苦しそうにしているのは居た堪れなかった。
「私に出来ることはないでしょうか……。部屋の温度は適温ですし、粉雪を降らせる魔法は使えません」
「じっとしているのは辛いでしょうけど、ここは見守るしかありません。まさか、お嬢が身体を拭こうとしたら叫びだすとは思いませんでした……」
「距離に関しても、この子が元気になったら駄目で、不調になったら大丈夫なのが分かりません……」
しゃがみ込んだまま、籠のモフモフを覗いていたら不意に学生の頃に助けたモフモフを思い出す。
同じような毛並みで、色はこの子と違って純白のように白くみえたモフモフが怪我と砂で茶色くなっていて、長い耳が少し灰色のようだった。
けれど、目が合ったときの色が、昨日見たような虹色で吸い込まれるように美しくて……。
「――あの子は、元気でしょうか」
「えっ? あの子って、誰のことですか?」
「学生のときに助けたモフモフの魔物です。あのときは学校に近かったので運んで、先生に回復魔法を施してもらって、少し目を離していたら消えていて……」
この子よりも強い魔力を感じたから、警戒心が強かったのかもしれない。
私は両手を握って祈る。
どうか、あの子のように、この子も救われますように――。
「あっ! お嬢、見てください。目を開けました」
「本当ですか!? はっ! ということは――」
「ピキー!! キュッキュ!」
動けない状態で部屋中に甲高い警戒音が響いて、私は半径5メートルの位置まで下がって床に伏せた。
見なくても哀れむレイの視線が突き刺さっているのが分かる。
「お、お嬢……元気になったんですから、良いと思いましょう」
「うぅっ……。そうですね。ですが、急にどうしたのでしょうか」
「それは、分かりませんねぇ……お嬢は、回復系の魔法は使えませんし。そもそも、王国専属の回復魔法使いが無理だと言ったのに」
二人で首をかしげるけれど、答えが見つかるはずもなかった。
病が治ったと思ったら元気になりすぎて、城には置いておけないため直ぐにいた場所に帰しに行く。
後ろを振り返ることもなく全速疾走する姿に笑っていたら、急に視界が振れた。
「――お嬢!?」
「あれ、おかし――」
言葉が上手く話せず、左右に揺れる身体を支える足が崩れて、そのまま倒れかけて駆け寄ってきたレイに支えられた瞬間、私の記憶はプツンと音を立てるように途切れる――。
次に目を開けたときは、自分のベッドで寝ていることが分かる天井が見えた。
ベッドの天井だけ星空のような絵が描かれている。
「お嬢! ハァー……良かった……。急に倒れたので、肝が冷えました」
「すみません……記憶が曖昧なのですが、私は一体……」
「モフモフの看病による疲労との診断です。それに、魔力量が半分ほどまで減っていたとか……」
身体がポカポカして感じたのは、熱によるものでした。
視線だけ横に向けると、数名のメイドや執事の姿がある。
レイが一人で私の看病をしているはずがなかった。
それに、魔力が半分も減っているなんて、魔法など一切使っていないのに。
「まさか、私はおとぎ話の聖女様のように、祈りの力があるのでしょうか……」
「ハァ……お嬢にそんな能力はありません。起きたのなら、服を着替えさせてもらった方がいいかもしれませんね」
「そう、ですね……。ですが、その前に。レイ、有り難うございます。いつも、私の傍にいてくれて」
立ち上がろうとしたレイが口淀んでから、私の頬に触れる。
その指先は、少し前まで冷たい水に触れていたように、ひんやりして心地良くて目を細めた。
私とは対照的に顔を伏せたレイに首をかたむける。
「レイ……私の熱が、移ってしまいましたか?」
「……ンッ。そんなんじゃありません。それに、疲労熱であって病気ではありません。――無自覚でこれじゃあ、俺の心臓がもたないんだよ……」
「えっ? 最後の言葉が聞こえなかったのですが……。そうでした。感染病ではないのですよね」
手を離して立ち上がるレイは、誤魔化すようにメイドたちと言葉を交わして部屋を出て行ってしまった。
最後まで視線が合わなくて、あのときレイに言われた言葉を思い出すけれど、それとも違う気がする。
感謝の言葉を述べることは悪いことなのだろうか?
私は頭にハテナを浮かべたまま、メイドたちによって着替えさせてもらい再び眠りにつく。




