第ニ話 計画の実行
今日は、青を基調とした少し落ち着いたドレス姿で、森に入っても問題ないように伸びた金髪を少し上に束ねている。
無事に朝食を済ませた私は、護衛のレイとともに早速森にきていた。
本来は、メイドも一人ついてくるのだけれど、森ではついてこないことになっている。
私たちが訪れている森には、モフモフや可愛らしい生き物しかいないのだけれど、その中には魔物もいるからだ。
基本的に、戦えないメイドは邪魔になる。レイは私専属の護衛だから、最悪メイドは捨て置くことになり、両者共にまったくもって幸福とはいえない未来しかない。
だから、お色直しが必要にならないように気をつけて、身だしなみはこれでも森用だ。
なので、普段よりスカートもフリフリは少なく、短めで茶色い革のブーツを履いていて更に短く感じるほど。
髪を上で束ねているのもそれだ。
「レイ、今日は絶好の日ですね」
「ええ、お嬢が我慢できないのを悟ったお天道様が、晴れにしてくれたんじゃないですか?」
「そ、それでは……私が我儘を言ったみたいに聞こえるのですが……」
首に細い革紐の小さな皮袋を身に着け、腰に装飾のキレイな剣を携えたレイが前を歩き、私は木漏れ日の差す、ひと月ぶりの森の中を歩いている。
ローブを羽織ってこなかったから、少し肌寒いかと思っていたけれど、暖かく感じた。
この森は、浮遊している魔素が高く、背の高い木が少ないことで太陽の日が差し込むことから、他の森より暖かいのかもしれない。
魔素というのは、魔法を使う際に必要となる魔力の素である。
この世界には魔法と呼ばれる不思議な力があり、それは自然に溢れている魔素を主に取り込むことで、行使していた。
元々素質がある者は、魔素が少なくても自らの身体に流れる魔力によって魔法を行使できる。
ちなみに、この私も魔法の才能があって、魔素に頼らなくても行使できる天才だ。
その点、レイは魔法の才能には恵まれなかったらしく、日常的な魔法を辛うじて使える程度とのことで、使っている姿は殆ど見たことがない。
文武両道で魔法まで使えたら、それこそ完璧な人間になってしまう。精霊はしっかりと見ているに違いない。
精霊は、魔法に長けた種族で、魔素の素ともいわれている。けれど、その姿を見た者は殆どいない。
人族が一番多いこの世界で、たまに見かけるのは獣人族くらいだけれど。彼らも、愛らしいモフモフした耳に、尻尾がついていて、触れたくなるのを必死で抑えている。
「ハァ……私も、獣人族の友人が早く欲しいです」
「そうですねぇ……でも、許可も降りましたし、直ぐに見つかりますって」
レイのいうとおり、成人を迎えたことで、私にも身の回りの世話をする人物を1人選べる許可を得た。
なので、現在レイとともに積極的に街にでて、獣人族で仕事を探している年の近い女性を探している。私は男性でも別に良いのだけれど、レイが頑なに譲らなかったから。
天才的な魔法を使えるけれど、私に足りないものは実戦経験。だから何かあった際、獣人族はその容姿から身体能力が長けている。
男性だと私では太刀打ちできないけれど、女性なら魔法でどうにか出来るかもしれないし、道具を使って逃げる時間を稼げるかもしれないといわれて渋々従った。
それでも、建前を抜きにして私には、友人がいない。政治的な交友関係のみだ。
王立学園に入学した6歳から10歳までは、比較的自由だったのに……あのときに、仲の良い子を作るんだったと悔やんでも悔やみきれない。
森を入って直ぐのところに木の間から陽が射す、開けた場所が見えてくる。
私は勝手に『木漏れ日の広場』と呼んでいた。
よく見ると地面には、真新しく描かれた水色の魔方陣が、主張するように淡い光を放っている。
これは、防御魔法を得意とする王家直属の魔法使いに描いてもらった防御結界。
今からやろうとしていることは、ある意味ではレイの戦力を削る恐れがある危険な実験のため、万一のために用意したもの。
そんな危険を承知の上で、第一の計画を実行するために、ここを選んだ理由は……一つはモフモフが魔物なこと。それと――絶対に、他の者に見られるわけにはいかない理由があるから。
レイは、くまなく辺りを見回して、他に狂暴な魔物がいないことを確認する。
防御結界を完全には信用していないみたい。
魔法陣内に戻ってきたレイを私は、真剣な眼差しで見つめる。
「レイ。準備は宜しいですね」
「ハイ。お嬢、いつでもどうぞ」
目をつぶるレイの前に両手をかざし、その身をすべて枠に嵌めこむように、指でトライアングルを形づくった。
「それでは、行きます……。私は変化を望む。形あるものよ、一時の間、理を歪ませ、その身を別な者へ変転せよ。汝の望むべき姿へ――変身の魔法!」
私が詠唱と呪文を口にした瞬間、形づくったトライアングルから光が溢れだす。
瞬く間に、レイの身体は淡い光に包み込まれ白く輝きを増すと、眩しさ故にその姿は見えなくなった。
そして、次の瞬間その姿は良く知る人物へと変貌する――。