第十三話 魔導具ヘレイリオ
『――俺が、貴方には指一本触れさせない』
その言葉が、なぜか私の耳から離れない。
先程よりもたくましい背中に、ドキッと胸のあたりがざわつく。
遺跡に入ってから戦う後ろ姿に感じたときと同じ……。
それ以上に頭が混乱しているような。
「――それに、ルキディア王女って……」
普段は、王女だと騒がれるからと『お嬢』と呼ぶ声から突然放たれる名前呼びは、私の胸を騒がしくさせた。
「――なんだか、ズルいです……」
「えっ――何か言いましたか……ッ」
階層主の激しい爪の応酬にも、余裕そうに剣で捌いていくレイに知らないフリをする。
自問自答していたら、足の震えは消えていた。
ゆっくりと足を動かして立ち上がり、扉の方まで下がる。
「レイ。もう、大丈夫です!」
「――了解っ!」
――そういう、たまに敬語を忘れているのか、不敬な部分も嫌いじゃない……。
私を守る必要がなくなったレイは、素早い動きで向かってくる階層主を僅かなタイミングで躱すと背後を取る。
腕を振り下ろした瞬間、斜めに一本、線のような亀裂が走ると階層主の身体は半分に離れた。
階層主は声を上げる間もなく、ドサッと音を立てて地面に倒れる。
――それは、とても呆気ない結末のように。
階層主は最初にみた石像のように石化していた。
レイは無言で剣を軽く振ってから鞘に戻して近づいてくる。
「お嬢ー。大丈夫ですか? お怪我は?」
「――また、いつもと同じ……。大丈夫です」
「えっ? 何か言いました? 無事なら何よりです」
距離的に聞こえないはずはないのに、この態度は……。
不満を露わにして見つめていると、笑顔を向けてくるこの男……。
――確信犯!
この間読んだ、おとぎ話にそんな言葉があったはず……。
そんなやりとりをしていると、ひとりでに扉が開き出し、両耳がペコッと髪についていそうなチャコラと目が合った。
「あっ! ルキディア様ー!! 良かったぁー!」
「チャコラ……申し訳ございません。心配をかけてしまって」
感極まって抱きついてきたチャコラの頭と伏せてしまった耳を、合法的に撫でる。
此処の階層主は、残念ながら、可愛さの欠片もなかった……。
いえ、可愛かったら困ることに――。
最近モフモフが足りないと思っていると、後ろから視線を感じて振り返る。
先程の私に近い不満そうな表情をしているレイに首を傾げた。
「――レイ? どうかしましたか?」
「いえ、何も……。と言いたいところですが、俺は不敬だと言うのにチャコラは良いんですかー?」
「はっ! 大変申し訳ございませんでした!! 感極まって、ルキディア様に抱きつくなんてぇえ!」
レイの言葉で最初に反応したのはチャコラで、モフモフの耳が離れてしまう。
私は、少し頬を膨らませた。
「チャコラは良いのです。私を心配してのことですから……。レイは、言動が不敬です」
「えぇ……。それは、たまにアレですけど……男女差別は、酷いですよー」
「私は、公平な立場ですので、そんなことは致しません」
すると前からクスクスと笑い声が聞こえ、振り向くとチャコラが口元を押さえている。
「あっ! ごめんなさい。二人のやり取りが……ホッとしちゃって」
「それは、どういうことでしょうか?」
明らかに言葉を濁すチャコラを問い詰めようとして、遠くの方からコトッと微かな音が聞こえ、レイと共に振り返る。
すると、階層主が最初にいた場所に、三度目となる赤い宝箱が佇んでいた。
「――あれは、階層主を倒した報酬の宝箱なのでしょうか……?」
「三度目ですからねー? お嬢は何もしないで、チャコラ頼む」
「了解ー! ルキディア様、失礼するわね」
チャコラに手を握られると、レイは一歩ずつ宝箱に近づいていく。
すると腰の剣を抜いて、宝箱に触れていた。
シーンとする中、再び剣を鞘に収めるレイは、しゃがみ込んで宝箱を開ける。
胸の鼓動が速くなる中、軽く手を揺らして合図をするレイに二人で歩み寄って宝箱を覗き込んだ。
「あっ! その魔導具は――」
「お嬢が求めていた魔導具ヘレイリオ。どういう原理か不明ですが、モフモフに懐かれるという装備品ですねー?」
「へぇ……思ったよりもシンプルなのね。細くて折れそうな腕輪だけど」
白金に近い色合いで、細い輪をしている魔法道具ヘレイリオ。
実物は初めて見たけれど、これがモフモフを懐かせる魔道具!
違法じゃないかしら……。嫌がるモフモフを一方的に……。
いいえ! これは、魔導具の実験……。
魔導具は、未知の物だから危険がないか調べる責任があるの。
大丈夫……。精神系の魔導具は、命の危険性はないから。
「お嬢ー? 脳内が、お取り込み中のところ申し訳ないですけどー。実験のためにも、外に出ましょう」
「そうね! 階層主を倒したからって安全じゃないし。数日したら、また新たな階層主が生まれるんでしょう?」
「そうですね! 戻りましょう。そして、いざモフモフの森へ!」
帰りも、レイを先頭に遺跡から出て直ぐにモフモフの森へたどり着く。
「あっ! 早速モフモフがいるわよー」
「それでは、行きます……!」
「お嬢〜頑張ってくださーい」
魔導具ヘレイリオが嵌っている腕をギュッと掴むと、モフモフとの距離を縮めた。
その距離、半径10メートルで異変は起きる。
「キュピッ!? チチッ!」
愛らしい茶色くて尻尾がクルッと巻かれている小さなモフモフが、声をあげて逃げていった。
私は腕を前に伸ばして、その場で崩れ落ちる。
「えっ……。今の、半径5メートルじゃなかったわよ!?」
「しっかりと測っていないので分かりませんけど……倍の10メートルはあったような」
「何故、私を怖がって、あのような声まで……」
しゃがみ込んで手を差し出してくれたチャコラに抱きついて涙した。
そのあと、二人にも魔道具ヘレイリオを嵌めてもらい、実験をしたら……大量のモフモフに埋め尽くされるという、不公平さに二度泣かされる――。