第十一話 初めての遺跡探索
街から少し歩いた場所に、小さめの遺跡がそびえ立っている。
外見は、二本の白い柱に支えられた扉もない四角い穴。
その横に常駐する衛兵のために、簡易的な小屋が設置されている。
ここは、モスフル王国ができる前からある場所で、内部が変化する性質を持っていた。
そのため、遺跡に付きものである宝箱も一度開けても、次に見つけたら、またアイテムが入っているという夢の場所でもある。
でも、貴重な魔導具が多いことから、内部の魔物も凶暴で、入るには必ず一人は上級冒険者が必要なことと、許可証が無いと入れない。
ただ、攻略するのは難しく、宝箱を一つ見つけたら戻ることが主流になっていた。
お父様とお母様に許可は得たとはいえ、他の者は躊躇するかもしれない。なので、今回も髪の色を焦げ茶に染めて変装している。
「――これは、レイ様。遺跡探索なんて珍しい。そちらの女性二人は……?」
レイは、王女の護衛ということに加えて、その容姿で貴族出身との噂から、基本的に平民である衛兵には様付けで呼ばれていた。
衛兵に私の正体を疑われることはなく、代わりに知らない女性を連れていることに疑問を投げかけてくる。
「ああ。こちらは、チャコラ。同じ冒険者仲間だ。それと、こちらは他国から観光に来られた御令嬢。遺跡に興味を持たれてギルドで久々護衛の仕事だ」
「なるほど。レイ様は、ルキディア様の護衛をされている傍らで、ギルドの依頼もまだ受けているなんて偉いですね」
「そんなことはないけどな。許可書の確認を頼む」
普段とは話し方が別人にしか感じられないレイに、なぜか心が騒がしい。それと、この男……平然と嘘をついている。
私なんて、すぐ顔に出てると言われるほど下手なのに……。
レイが渡した許可書を確認する衛兵は、三つの小さな赤い石を取り出す。それを受け取ると、「ご武運を」と見送られた。
「レイ……これは、なんですか?」
「ああ。万一があった際の遺品になるんですよー。ここは魔導具が沢山得られるからなのか特殊でして。――遺体が消えるんです」
「えっ……ど、どういうことですか!?」
遺体などという言葉を聞いた私は、思わず動揺して震える声でチャコラに抱きついてしまう。
思った以上に過酷な遺跡だったなんて……。
「ルキディア様、大丈夫? 初心者向けの遺跡じゃないけど、アタシも何十回と潜ったこともあるから安心して!」
「まぁ、衛兵も言ってましたけどー。このパーティーなら、階層主でもなければ大丈夫ですよ」
「そ、そうですけど……。あっ! チャコラ、申し訳ございません。抱きついてしまいました……」
まだ入って一歩も踏み出していない場所で騒いでいたことは衛兵にも筒抜けで、チャコラから離れると恥ずかしさに縮こまる。
当のチャコラは目を細めて首を横に振った。
「ううん。寧ろ、これはご褒美なんじゃないかしら? ねぇ、レイ?」
「――言っている意味が分からない。それより、貴方が連れてきた魔物は飾りか?」
「そう怒らないでよー。こういうところが、同性の良さよね。……お願い、発光して」
チャコラの肩に乗っていた光ネズミが身体を震わせると、辺り一面明るくなる。
なぜか不満そうな顔をしているレイに首を傾げると、視界に入る壁が白いことに気がついた。
白い柱はあるけれど、洞窟のような場所かと思っていた私は思わず目を輝かせる。
「壁が、白いですよ! 遺跡とは言われていますが、洞窟のようなものだと思っていました」
「お嬢ー興奮するのは良いですが、俺より前に出ないでくださいよー?」
「ふふっ……元気になったなら良かった。それじゃあ、張り切って行ってみよー!」
三人で並んで歩けるほど内部は広いけれど、白い壁の他に目新しい発見はなかった。
道中、モフモフとは縁遠い魔物と遭遇してはレイが一撃で薙ぎ払っていく。
この一年間、危険な場所に行くことはなかったから、戦うレイの背中を見ることはなかった。
少しだけ……ほんの少しだけ、メイドや城下町の女性が騒ぐ意味が分かった気がする。
戦い方には無駄がなく、時折覗く横顔が見惚れるほどにキレイだった……。
「うーん……。宝箱の一つもありませんねー? お嬢ー? 大丈夫ですか?」
「えっ……!? だ、大丈夫です。階層主は、どちらにいらっしゃるのですか?」
「あー。確か……地下三階だったかしら? 大丈夫よ! 此処は、魔法の罠なんかもないからね」
現在地は分からないけれど、地下ということは階段か何かの手段があるということ。
一階を周ると言っていたから、私たちが出会うことはない。
確か、姿は……大きなくちばしがあって、コウモリのような羽根に、大きな耳と獅子の姿をしていると教えてもらった。
しばらく歩いていると、チャコラが連れてきたもう一匹のコウモリが後ろを向いて何かに反応している。
そこには、先程は無かったはずの赤い宝箱が置かれていた。
「まぁ、宝箱がありますよ」
「えっ……さっきはなかったはずなのに。レイ、こんなことって有り得る?」
「いや……俺は初めてだ。お嬢、確か遺跡探索のために覚えた魔法がありましたよね?」
そう。私は、今回のために普段はしない魔法の勉強をした。
何かあったときのために、チャコラとレイが位置を変える。
「それでは、いきます! ――調べの魔法!」
その瞬間、宝箱ではなく私の足元が赤く光りだした。
――これは、私の魔法じゃない……!?
「ルキディア様!?」
「――お嬢!!」
「――レイッ……チャコ――!」
背後にいたことで先に気づいたチャコラの手が触れる前に、私は二人の前から消えた――。