キツネの痕跡
(作者より)
温かい感想をいただき、ありがとうございます。
最近、通勤時間が長くなり、その時間で書いています。
無理しない程度に続けていけたら、と思っていますので、今後とも応援よろしくお願い致します。
部屋を出たコンは、すぐにお風呂に入りたいという思いに駆られ、早足で宿屋の浴場へ向かった。
下着姿のままで、少し子男を赤らめながらも、メイドの詰め所に到着する。
「お風呂……空いてる?」
そうつぶやきながら、メイドの詰め所の扉を開ける。すると、宿のメイド長がそこに立っていた。
「あら、コンさん。冒険に出られたと聞いてましたが―――」
コンは少し恥ずかしそうに笑いながら、お風呂に入ることを伝え、金貨を1枚渡す。
「ま、まぁその前に、お風呂でも……って思ってね。お風呂は金貨1枚だったわよね?」
メイド長は金貨を受け取りながら優雅に笑い返す。
「ありがとうございます。お風呂は空いていますので、ごゆっくりどうぞ。
それと―――」
今しがた受け取った金貨を長いスカートのポケットにしまったかと思うと、何かを掴んで再び取り出した。
「―――餞別です。取っておいて下さい。」
コンが手のひらで器を作ると、メイド長は数枚の金貨と輝く石をそこに入れた。
「これは……?」
嬉しくて今にも泣き出しそうな顔をするコン。
「お守りです。困った時に空高く放り投げてごらんなさい。」
コンは『お守り』をじっと見つめると、転移の魔法がかけられていることが分かった。
それもこの宿に戻れるお守り。
「―――!」
金貨6枚と転移のお守りを受け取ったコンは、言葉にならず、大きく、それでいて激しく一礼して宿のお風呂へと駆け足で向かった。
薄汚れた下着を脱ぎ捨て、備え付けのタオルを手に取り、簡単に掛け湯をした後、全身をくまなく洗い始めた。
これまでの汚れをすべて落とすように、念入りに、念入りに。
普段隠している狐耳、尻尾まで身体のいたる所を余すことなく洗い切った。
すすぎ切ったあと、全身を犬のように大きく震わせ、水を切った。
そして、湯船にダイビングした―――
―――湯に浸かりながら、コンは体の芯まで暖かさを感じながら、冷え切った心の傷跡が蘇ってくる。
かつての冒険者仲間に背中を向け、裏切られたときのことを思い出していた。
お風呂に入っている最中に服から何からを奪われ、逃げられた。
湯船に浸かりながら、その日のことを思い出す。
(ああ、なんであの時……)
湯船の中でこぼれる涙と湯気が混ざり合う。
思い出すのは、仲間たちとの冒険が楽しかったこと、笑顔が溢れていたこと。
しかし、あの日、仲間たちは裏切り者と化し、コンは一人取り残された。
パーティーに逃げられ、身ぐるみすべてを持っていかれ、、心には深い傷跡が残った。
「……」
湯船の中で嗚咽がこみ上げ、彼女の心は再びあの日の痛みに包まれた。
コンは仲間たちに対して信頼と友情を感じていた。
それなのになぜ?どうして?という感情が今もまだ蘇る。
そんなことを思い返しているうちに、一人のメイドが風呂の外から声をかける。
「コン様ー、コン様ー!」
どれだけの時間が経ったかわからなかったが、心配されているのだろう。
すかさずコンは返事をする。
「あ、はい!大丈夫です!」
「大丈夫っていう人ほど大丈夫じゃないって言うよ
。」
冷静にそう答えながら、お風呂の戸を開ける。
「そろそろ上がったらどうだ、新たなる冒険者さん。」
メイドは華麗な身のこなしで長い裾が濡れないようにスカートを操り、浴槽のそばまで歩み寄り、手を伸ばした。
差し出された手に自らの手を添えて、浴槽から立ち上がるコン。
そのままメイドに手を引かれ、脱衣場まで連れて行かれる。
脱衣場でメイドに体を拭かれるコン。この宿では普通の光景だが、不慣れな経験に、ただただ無言でされるがままになるしかなかった。
「あ、あの……。」
無言に耐えきれずコンがメイドに話しかける。
「服……濡れてないですか?」
「気にしなくていいよ。」
優しく応えるメイド。
メイドが全身を拭き上げ、残すところ頭と狐耳、尻尾となった時、あることを思い出す。
「リンさん―――。」
リンと呼ばれたそのメイドは少し首を傾げ、コンの話を聞こうとした。
「メイド服、貸してもらえませんか?」
「え、メイド服で冒険に出るつもりなの?」
「いえ、そうではなくて………」
ボロ下着しかないこと、服を買いに行く服がないこと、着る服を買ってきたら返しに来ることをリンに告げると、快く彼女は承諾した。
コンは借りたメイド服に身を包み、街へと繰り出した。
半ばスキップするような軽やかな足取りで、布細工のもとを訪ねる。
そこでは地味な色の下着2式と―――
艶のある、桃色のフリフリ付きの下着を1式。
それから、布のシャツやパンツを布細工の店主に見繕ってもらい、何セットか。
更に、店主に交渉して、様々な布の切れ端を、色だけでなく質感も、模様も違う多種多様なものを買い、諸々全部紙袋に入れて、店を後にした。
切れ端のおまけに、なめし革や、短い草紐なども売ってくれたらしい。
宿へ帰る途中、珍しい果物を扱う果物屋を横目に、出てきた時と同じくらいの足の速さで宿へ、トライのもとへ戻る―――
「おまたせ!冒険者さん!」
勢いよくトライのいた部屋の扉を開けると、
そこには誰も居なかった―――
「えっ……?え……?」
部屋にあるのは開いた窓だけ。
扉を開けたことで生ぬるい風がコンに当たる。
そこに迎えてくれる筈のトライはおらず、その場に立ち尽くす。
表情は一気に強張り、手に力が入らず、たくさんの服を入れた紙袋をその場に落とす。
紙袋が落ちるのが先か、コンの膝が崩れたのが先か―――
その場で崩れ落ちたコンは温かい涙を流す。
声にならない泣き声を上げ、扉の前で泣くコン。
それに気づいたか否か、そんなコンに誰かが声をかける―――