戦え! カロリー戦隊アゲトンジャー!!
無数の輝きと喧噪に溢れる大都会。人々は日々忙しなく動き回り、いつしか食事を疎かにするようになっていた。最初にして最大の資本である肉体は十分な栄養を得られずに弱り痩せ細り、感染症の世界的大流行を招いたとも噂されている。
そんな世の中に歯止めをかけるべく人知れず奔走する者たちが居た……。
……カツ、カツカツ。
人家の明かりが落ち、街頭のみが辺りを照らす薄暗闇にハイヒールの固い音が響く。どこか不規則で弱弱しいその足音からは極度の疲労がありありと伺える。
「また残業でこんな時間。あのバーコードハゲ野郎、セクハラ寸前のダル絡みで業務妨害する癖して自分は定時で帰りやがって……。冷蔵庫カラだし、ご飯屋ももう閉まってるわよねぇ。今日もコンビニでサラダスパでも買って済ますかぁ」
その呟きからは疲労だけでなく相当のストレスを貯め込んでおり、なおかつコンビニ飯を頻繁に利用している事が伺えた。絵に描いたような現代人。まさしく彼らが救うべき肉体弱者である。
「そこのお姉さん。ちょっといいかな?」
人気の無い路地で急に声を掛けられ足を止めるOLらしき女性。振り返ればキツネ色のスーツを身に纏ったやや大柄な男が立っていた。顔は楕円形の仮面で目元が隠れているが歳は30前半といった所だろうか。あからさまに怪しい出で立ちに女性は思わず身を固くする。
「おっと、そう怖がらなくていい。俺はアゲロース。カロリーの不足した世の中を憂う者だ」
「何を言って……」
「あんたの呟きを聞いちまってね。本当に食いたいのはコンビニのサラダスパなんかじゃなくてこういうの、だろう?」
そういって男が差し出したのはロースカツ・メンチカツ・からあげにポテトサラダ、黒胡麻を振った白いご飯が収められた小箱。俗にミックスフライ弁当と呼ばれる物だった。
「バ、バカを言わないで! こんな時間にハイカロリーな揚げ物なんて食べられないわ! それに申し訳程度のサラダすら無いじゃない。脂肪と糖の暴力が過ぎるわ!」
「サラダならここにポテトサラダが……」
「それはサラダじゃなく馬鈴薯のマヨネーズ和えよ!」
目の前に突如として現れたカロリー爆弾に脳を揺らされた女性はヒステリックなまでの拒絶を見せる。確かに都会的な健康志向に毒された者にとっては劇薬にも等しいであろう。しかしながら世を正す為には時に手荒な方法も必要なのだ。
「仕方ない。お前達、実力行使だ」
「何をされたって絶対に食べな……お前達?」
アゲロースの声に応じそこかしこの物陰から現れる4つの人影。彼らはアゲロースと同じキツネ色のスーツを身に纏っていたが目元を覆う仮面の形状は違っていてそれぞれ名乗りを上げていく。
「内に秘めたる白き輝き、アゲイカ!」
「噛むほど滲む豊かなうま味、アゲゲソ……」
「玉ねぎの甘味と肉汁の調和、アゲメンチ」
「寄せて揚げた欲張りボディ、アゲヨセエビぃ」
「そしてこの俺、これぞ王道一枚肉、アゲロース!」
「「「5人揃ってカロリー戦隊アゲトンジャー!!」
呆気に取られて立ち尽くしていた女性が我に返るとこんなのと関わるまいと逃げ出そうとするが囲まれた状態ではそれも叶わない。どうすることも出来ずにただ後退る女性にアゲレンジャーは正義を執行する。
「こいつを聞きな!イカフライサウンド!!」
シュアアアァァ、ピチピチピチ。
「これは、油で揚げる音?」
「それだけじゃないぜ、照らせメンチカツフラッシュ!」
「照明効果でミックスフライ弁当がより美味しそうに! 待って、ほのかに匂うこれは……」
「ゲソ天スメル……油とソースの香りが空きっ腹に沁みるだろう……」
「ソースだけじゃありませんよぉ。ヨセエビフライシーズニングぅ。塩・醤油・柚子胡椒にマヨネーズ、お好みでどうぞぉ」
「最後にロースカツマイクロウェーブで仕上げだ」
「手をかざしただけでお弁当がほかほかに!? あなたの手どうなってるの!?」
五感を多角的に攻め立てられた女性の空腹感は限界を超え、次々唾液が溢れてくる。必死に腹部を抑える手が無ければ発情期の猫のように腹の虫が鳴き叫んでいる事だろう。
しばし葛藤している様子の女性だったが、やがて震えながら割り箸を手に取るとからあげを口に運んだ。一度口にしたが最後、女性はあらゆる建前や健康への配慮等を捨て去り、アゲレンジャーの存在すら忘れて一心不乱に目の前の食事を楽しんでいた。
その様子をみてアゲレンジャーは満足そうに頷くと静かに闇夜へ消えていった。
この世に食事を疎かにし、心身ともに痩せ細った人々がいる限りアゲトンジャーの戦いは終わらない。今日もまたどこかの誰かの胃袋にカロリーを流し込んでいる事だろう。戦え! アゲトンジャー!! 負けるな! アゲトンジャー!! 世界が肥え太るその時まで!!