花火と告白
「似合ってるよ」とか「可愛いね」とか、とても言えなかった。言うことも思いつかなかった。
僕が秀美の浴衣について何もコメントできずに歩き出そうとすると、彼女のほうからアピールしてきた。
「かわいいろう、これ。バイトのお金で買うたがじゃ」
そう言って見せびらかそうとするけど眩しすぎて見られなかった。
「な……、なんで? そんなもの買うよりギターアンプ買ったほうがよかったんじゃ……?」
僕がそう言うと明らかにむくれた。ほっぺを膨らまし、ズンズンと先を歩き出した。
しかしすぐに振り返り、僕に聞く。
「お祭りって何したらええがじゃ?」
なんだか大きな子供みたいで可愛くて、思わずクスッと笑ってしまった。
色んな屋台が出ていた。
秀美は知らない夢の国に来たみたいにキョロキョロとそれらを見回しながら歩いた。
「なんか食べる?」
僕が聞くと、
「何を食べるが?」
と、質問に質問を返してきた。
「食べたいもの、ない? たこやきあるよ。それとも甘いものがいい?」
「うち、好き嫌いないんよね。嫌いなもんもなければ、好きなもんもないちうことじゃから、なんでもいいぜよ」
「好きな食べ物……ないの?」
「ヒデキが食べたいものがうちの食べたいものじゃ」
とりあえず綿菓子を買い与えてみた。
「こがなもん、初めて見た!」
そう言って手に持った大きなフワフワしたものをしげしげと見つめると、僕に差し出してきた。
「食べ方、教えれ」
「え……? ふつうに、ぱくってかぶりついたらいいよ」
「やってみて? ヒデキの食べるとこが見たいがじゃ」
間接キスにならないよう、気を遣った。なるべく唇が触れないよう、歯を剝いて食べると、面白そうに見ながら秀美が聞く。
「うまい?」
「うまいよ」
僕の返事を聞くと満足そうに笑った。
「自分が食べるより、好きな人が食べるのを見てるほうが幸せぜよ」
そう言って、僕の真似をして歯を剥き出しにすると、僕が齧ったところの反対側にかぶりついた。
秀美と並んで歩いていると、よく人が振り向いた。
確かに、そりゃ振り向くよな。そう思うくらい、浴衣姿の彼女は可愛かった。
不良グループとかがもし絡んで来たら、僕の合気道で守ってあげなくちゃ。
そう思ったのは、実際にはそんな事態になっても秀美一人で全員片付けてしまうんだろうなという安心感に基づいた気軽さからだったのは、言うまでもない。
恋愛の好きと友達の好きの違い──秀美から出されていた宿題の答えを一つ、僕は見つけた気がしていた。
恋愛の好きは、相手に触りたい。
浴衣から覗く日に焼けた首筋に、綺麗な姿勢の背中に、柔らかそうな茶色い髪に、何度も僕は触れたくてたまらない気持ちになった。
だけど二人とも、手すら繋がず、仲のいい双子の姉弟みたいに、少しだけ距離を取りあって、人混みの中を歩き続けた。
公園の植林の一角に、人気のない場所を見つけて、コンクリートブロックの上に並んで座った。
もう空はじゅうぶんに暗くなっていた。もうすぐ花火の打ち上げが始まる。
「ちょうどいい場所が空いててよかった」
僕はそう言って、あたりを確認した。
二人きりになれたと思ったら結構近くに人がいる。でもカップルばっかりだ。
告白するならこの場所だ──そう思ったら緊張してきた。
秀美はこれから花火の打ち上がる空をじっと見つめて、最近僕がそう感じていたように、やっぱりなんだか元気がないように見える。
おそるおそる、聞いてみた。
「えっと……。最近、なんか元気なくない?」
すると秀美は、今までずっと言おうと思っていたことを切り出すように、思い切ったように、しかし小さな声で、言い出した。
「あのね……、ヒデキ」
「う……うん?」
「この間、お母さんが飛び降りようとしたのをうちが止めんかったこと、ヒデキ、叱ってくれたろ?」
「あ……うん」
僕の顔は見ずに、高い空からだんだんと視線を落としながら、秀美は唇を尖らせ、呟くように言った。
「今、お母さんが死にたいって言い出したら、うち、止めるよ? あん時はまだ知らん人やったから……。それに……ヒデキがもし飛び降りようとしちょったら、全力で後ろから羽交い締めにしてでも止めるき。だ……だから……、き」
「き?」
「嫌いにならんとって」
しばらく沈黙が漂った。
そんなに気にしてたのか……と、なんだか申し訳なくなる気持ちと、いや、知らない人でも助けないとダメだろうと再び叱りたくなる気持ちが僕の中に同時に湧き上がり、どっちを口にしようと迷っているうちに、新しい考えが閃いた。
嫌いになったどころか、自分がどれだけ秀美のことが好きか、伝えようと思いついた。
告白するなら今がチャンスだと思えたのだ。
勇気を振り絞り、練習した通りに、僕はそのセリフを言いはじめた。
「秀美……。その……。僕……」
練習した通りには言えなかった。
「今度……。その……。体育の授業で……。合気道で、不良グループのやつと……戦って……勝ったら……その……」
秀美に口を挟む隙を与えてしまった。
「フッ……、勝てるぜよ。あんだけ特訓したんじゃから」
「ああ……。勝つよ。勝ったら……その……」
「見返しちゃり。『ざまぁ』は人を成長させる! 『見返しちゃる』の気持ちはパワーになる!」
「あ……、ああ……」
「ヒデキは『フデキ』なんかじゃないぜよ。あれだけ毎朝、特訓をサボらずに来ちょったんじゃ。不出来なモンにあんな根性ないがぜよ」
「う……うん」
「日出樹の夜明けは近いぜよ!」
拳を握りしめて、高い空に向かってそう言われると、なんだか坂本龍馬に励まされてるみたいだった。
秀美が拳を振りかざした空に、一発目の花火が上がった。
「うおうっ!?」と秀美がびっくりしてのけぞるのを見て、思わず緊張が解け、笑いが漏れた。
初めて見る花火を、秀美はキラキラと目を輝かせて見つめていた。
結局告白はできなかったけど、ずっとこのままでもいいような気が、僕はしていた。
そうして、秀美がいた一回目の夏休みは、終わっていった。