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女の子やきね

 秀美のいる楽しい夏休みは続いていった。


 毎朝、お城の下の公園で会って、二人で汗を流した。合気道の基礎練習を卒業し、彼女に手合わせしてもらえることになった。


 僕は一度も勝てなかった。彼女が強いのももちろんあったけど、武術とはいえ秀美に暴力をふるうのは、どうしてもできなかった。


「本気でやっちゅー? 殺すつもりで来い」


 芝生に投げ飛ばされた僕を見下ろしながら、そう言う彼女に僕は答えた。


「殺せないよ。殺すつもりなんて、できない」


「なんでよ」


「え。だって……秀美は女の子だから」


 僕がそう言うと、男の子みたいな短い髪の下の顔が、真っ赤になった。


「そうか。そういうたらうち、女の子やったよね……」

 当たり前のことを今さらのように言って、何回もうなずいた。

「……じゃ、じゃさ! あたしの……む、胸に、触ってみたくない?」


 いきなり変なことを言い出したので、何も答えられなかった。


「あたしの胸に一瞬でも触ることができたらヒデキの勝ち。それでどう?」


「いいの……? 触って」


「どうせ触ることはできんぜよ」


「さ……、触ってやる!」


 なんか俄然やる気が出た。


 やる気が出たはいいけど、やっぱり秀美は強かった。本気で触りに行った僕の手はことごとく空を切り、繰り返し僕の背中は芝生の上に倒れた。


 それでも僕は確実に強くなっていた。体が軽くなっていた。以前の自分とは思えない動きができるようになり、秀美には一回も勝てなくても、不良グループどもになら勝てるような気がしていた。





 昼には僕から誘って一緒に近くの汽水湖まで魚釣りに行った。ここはハゼがよく釣れるし、運がよければ小さな鯛なんかも釣れるのだ。


 天気はよくて、暑いけど気持ちよかった。湖沿いの道から階段を降りて、ゴロゴロした岩に並んで腰を下ろし、釣り糸を投げた。


「高知県だったらもしかして、カツオの一本釣りとかやったことある?」


 僕が聞くと、


「魚釣りは初めてや」

 意外な言葉が返ってきた。

「海に飛び込んで魚捕まえるのが専門やったきね」


「て……手で捕まえるの?」


「うん。こがに大けなカツオらあ手で捕まえたことあるぜよ。ってか、いつもやっちょったわ」


「すげえ……!」


 広い海を相手にトビウオのように自由に飛び回るスーパーな女の子の絵が浮かんだ。



 魚は彼女の釣り糸にばかりかかった。僕がやっと一匹目のハゼを釣り上げた頃には、秀美のクーラーボックスには七匹のハゼと一匹の小さな鯛が入っていた。小さいのはリリースしたから、彼女が釣り上げた魚はほんとうはもっとあった。


「なんでこんなに差が……。秀美はほんとうにスーパーなやつだな」


 僕がそう言うと、


「ビギナーズラックちゃ」


 得意顔でそう言って笑う。


 その笑顔が太陽のせいか眩しく見えた。


 突風が吹いた。


「あっ!」 

 僕は慌てて頭を押さえたけど、遅かった。

 被ってきていたキャップが風に飛ばされ、湖のほうへ飛んでいった。


「あーあ……。お気に入りの帽子だったのにな」


 波に乗ってだんだんとむこうのほうへ流されていくキャップを僕が見送っていると、


「任せるぜよ」


 秀美が湖へ、かっこいいカエルのように飛び込んだ。


「ぅおい!?」


 叫ぶ僕の見送る先で、秀美は綺麗なクロールであっという間に追いつくと、僕のキャップを被って戻ってきた。


「べ……、べつによかったのに!」

 びしょ濡れのキャップをびしょ濡れの笑顔の女の子から受け取りながら、何と言ったらいいのかわからなかった。


 秀美の白いTシャツが透けて、グレーのスポーツブラらしきものが丸見えになっていた。ショートパンツからはおしっこみたいに水が滴っている。目のやり場も何のやり場もわからなくなって、咄嗟に僕は自分の着ている黒いTシャツを脱ぎ捨てた。


「……なぜ脱ぐ?」


 呆然とそう言う秀美に、僕のTシャツを差し出した。


「これ……着て! 僕、あっち向いてるから!」


「ああ……」

 濡れてスケスケの自分の恰好を見てようやく話を理解したらしく、彼女は赤い顔をしてうなずいた。

「そっか……。うち、女の子やきね」



* … * … * … * …* … * … * … * …* …



 秀美は携帯電話を持っていなかった。家の電話も使わず、何か用がある時は必ず直接僕の家にやってきた。っていうかほぼ毎日来ているので、遊びに来るついでに用事を言ってきた。


「バイト代貯まったき、楽器店付き合うてよ」


 秀美がその話を持ってきた時、僕の頭の中で『来ちゃったか……』という声が響いた。

 僕のエレキギターが目当てで毎日のように遊びにきてくれている秀美が自分のギターを買ってしまったら……


 もう……遊びにきてくれないかもしれない。


 この楽しい日々が終わってしまう!?


 でも『嫌だ』とは言えなかった。

 彼女と自転車を並べて、近くにある楽器店へ出かけた。



 楽器店に入る時、秀美はやたらもじもじしていた。


「どうしたの?」


 僕が聞くと、


「あたし田舎育ちやき、こがなかっこいいお店に入るの慣れてのうて……気恥ずかしゅうて」


 スーパーな女の子らしくない答えが返ってきた。


 僕が先に入ると背中に隠れるようにして秀美も入った。


「わあ……!」

 秀美が店の中を見て、夢を見ているみたいな声をあげた。


 店内にはギターをはじめとした弦楽器、鍵盤楽器、管楽器や打楽器が所狭しと並べられていて、明るい照明を浴びて輝いているようだった。


 さまざまな色の、さまざまな形のエレキギターが並んでいる前に立って、秀美は目をキラキラさせて一本のギターを指差した。


「これ! これ、かっこえい! ……やけんど、値段が高いねや……」


ギブソンの黒いレスポールだった。264,800円の値札がついている。


 そういえばと思って聞いてみた。


「予算は? いくらまで?」


 すると予想だにしていなかった答えが返ってきた。


「一万円」


「一万円じゃギター買えないよ!」

 思わず大きな声を出してしまった。


 実際、並んでいるエレキギターについている値札は安くても四万円、高いので四十万円とかだ。


「あー……。でも、あれなら、もうちっくと頑張ったら買えんこともないぜよ?」


 そう言って秀美が初心者用14,800円の安ギターを指差す。


「秀美ほどうまいひとに初心者用ギターはない! 最低でも六万円ぐらいの買いなよ!」


「でも……予算が……」


「中古は? っていうかネットオークションなら、運がよければ安くていいのが手に入るよ?」


「ネットって、うち、やったことないがよ」

 恥ずかしそうにうつむいて、小さな声で秀美が言う。

「何しろ電波の届かん田舎におったき……」


「……よし! 僕に任せろ」

 僕は拳を握りしめた。

「僕がネットで探してみせる! 絶対、秀美に似合うギターを見つけてみせる!」


 気が進まなかったはずなのに、いつの間にか僕が率先して秀美のエレキギターを探すことになってしまった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 秀美さんのような女友達がいたら、俺はもっとギターが上手くなっていたし、いろんな事に挑戦して、充実した青春を謳歌していたような気がするよ!(泣) そんなふうに、過ぎ去った過去に思いを馳せ、主…
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