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夏休み

 夏休みに入っても僕らは毎朝、お城の下の公園で合気道の特訓をした。


 夏休みでも、原田さんは毎日のように、僕の家へ遊びに来た。もちろん目当ては僕のエレキギターだ。


 兄貴と親父は彼女が来るたびにニヤニヤ顔で歓迎した。僕らが部屋で何をしてるのか気になるようで、しょっちゅうドアをノックして顔を覗かせる。


「おいしいケーキを買ってきたぞー。こっちへ来て一緒に食べないかー?」

 兄貴の猫なで声がキモかった。


「あっ。あたしもいいんですか? 行きまーす!」

 原田さんはキモがることなく愛想よく、兄貴に笑顔を見せた。


 だんだんと僕の原田さんを見る目が変わってきていた。


 クラスでは彼女はずっと一人でいる。転校してから一ヶ月以上経ったけど、友達もまだいないようで、作る気もないように見える。それで平気なように見える。


 彼女は一人でいるのが好きなんだと思ってた。でも、そうじゃない。ただ自分の好きなことがたくさんあるので、一人でいても寂しくないってだけなんだ。誘われたらじつはとても人懐っこくて、いい笑顔を見せてくれる。


 好きなことを一緒にしてくれる誰かがいたら、笑顔を見せる。

 僕とギターを弾いている時には、あかるい笑顔を見せてくれるんだ。



「いやぁ〜、いいねぇ、女の子が同じ空間にいるってのは」

 食堂でコーヒーを淹れながら、兄貴が言った。

「うち、女っ気がないから、秀美ちゃんがいてくれると家の中が明るくなるよぉ」


『そういえばお母さんは?』と、原田さんが顔で僕に聞いた。


「うちの親、僕が小学生の時に離婚したからね、親父と兄貴と僕の三人だけなんだ」


「え? そいじゃ、ご飯とか、どいてるが?」

 だんだん僕は土佐弁がわかるようになっていた。彼女は『ご飯とかどうしてるの?』と聞いたのだ、たぶん。


「家政婦さんがいてね、何か作って帰ってくれてる。今日はお休みだから、またどっかから出前取るのかな?」


 親父が昼休憩で診察室から上がってきた。


「やあ、いらっしゃい、秀美ちゃん」

 ニヤニヤ顔を原田さんに向けてから、兄貴に言う。

「なんだ? 今日の昼飯はケーキなのか?」


「うん。たまにはこういうのもいいだろ? たくさん買ったから腹も膨れるよ。好きなの食って」


「まぁ、たまにはいいか。俺、いちごのショートケーキ」


 まんざらでもなさそうな笑顔でいちごのショートケーキを掴み取る親父に、原田さんが言った。


「あの……。よかったら私、夕食作って帰りましょうか?」


「「えっ?」」

 親父と兄貴が嬉しそうな声を揃えた。


 みんなで楽しくケーキで昼食を済ますと、原田さんが冷蔵庫の中身を確認し、料理を作りはじめた。冷凍の合挽ミンチ肉と豆腐、その他調味料で麻婆豆腐を作ってくれるようだ。「簡単なもので申し訳ないけど」と言っていたが、出来上がったのは中華料理店で出されるような本格麻婆豆腐だった。親父と兄貴は手を取り合って喜んでいた。



 部屋に戻ってエレキギターでチョーキングの練習をする原田さんに、僕は言った。


「ありがとう。今夜は美味しいご飯が食べれるよ」


「なんてことないぜよ。家ではいつもお母さんにご飯作っちゃってるし」


「合気道も教えてくれるし……原田さんには何かお礼をしないと申し訳ないな」


「申し訳ないなんて思わなくてえーぜよ。それより……こちらこそごめんね?」


「何が?」


「あたしのこと彼女だなんて思われてしもうて。迷惑やろう?」


「迷惑だなんて……! そんなことないよ!」

 思わず言ってしまった。

「だって僕、原田さんのこと好きだし」


「え?」


「あ……、いや……!」

 慌てて訂正した。

「友達として! 一緒にいると楽しいから!」


「あ、うん。そうだね。あたしもヒデキのこと、好きやき」


「す……、すきやき? ひ……、ヒデキ?」

 初めて下の名前で呼ばれてドキッとした。


「うん。これから山下くんのこと、ヒデキって呼ぶね。あたしのことも『ヒデミ』って呼ぶぜよ」


「う……、うん」


「呼んでみて?」


「ひ……、ヒデミ」


「うん。なぁに?」


「よ……、呼んでみただけだろ!」


 キャハハッと秀美は笑った。それまではあんまり意識してなかったけど、凄く女の子らしく見えた。カノジョが欲しいとかずっと思ってたくせに、秀美のことをそんなふうに見たことはなかったなと気がついた。彼女はあまりにも自然に、いつの間にか側にいた。


 とにかく一緒にいても気を遣わなくて、一緒にいればそれだけで、何をしても楽しい相手だった、秀美は。僕に気の合う双子の姉か妹がいたらこんな感じだろうか。


 でもその時からだったかもしれない。僕は秀美のことを、カノジョにしたいと思うようになっていった。同時に、こんなダメな僕なんかが秀美の彼氏になんて相応しくないと思うようにも……


「あ」

 秀美が思いついて、言った。

「お礼したいって思うがやったらさ」


「うん。何?」

 僕は身を乗り出した。

「何かしてほしいこと、ある? なんでもするよ?」


「じゃ、今度近いうちに、楽器店に付き合うてよ」


「楽器店?」


「うん。あたし、カフェでバイトしちゅーがじゃけんど、お金貯まったら、自分のギターを買うがよ。一緒に選んでよ」


「ギター……」


 なんだかそれは気が進まない話だった。


 秀美は僕の部屋に、僕のエレキギターを目当てで遊びに来ているのだ。彼女が自分のギターを買ってしまったら、もう僕の部屋には遊びに来てくれなくなると思った。




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