表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

特訓、そして誤解

 僕らの家は、それぞれお城を挟んで反対側にあった。


 朝6時。初夏のその時間はもうすっかり明るく、僕は太陽を正面に見ながら、トレーニングウェア姿で坂道をランニングで登っていった。


 反対側の坂道を登って、同じくランニングウェア姿の彼女が、朝日を背負ってやってくる。


 坂の頂上で僕らは足を止めると、笑顔で挨拶を交わす。


「おはよう、原田さん」


「おはよう、山下くん。ちゃんと来たんやね」


 僕を見つめるキツネ目が、僕を認めてくれていた。



 芝生の公園で、まずは柔軟体操をした。

 お互い背中をくっつけ合って、一人が一人を背負って持ち上げる。

 たまにお尻が触れ合ってドキッとしたけど、ふざけた気持ちは持っちゃいけない。僕はこの特訓で強くなるんだ。


 合気道の型を教えてもらい、軽く実戦なんかもこなしていると、なんだかそれだけで自分がめきめき強くなっている気がした。


 原田さんはいい先生だった。教え方がわかりやすくて、うまい。さすがは合気道の段持ちだ。


 これから毎朝、一緒にトレーニングをしよう。そう心に誓い、忠実に僕はその誓いを守った。


 強くなって、いつかあの不良どもを見返してやる──そういう思いももちろんあった。


 でも、それ以上に、原田さんと二人で会うのが楽しかった。



* … * … * … * …* … * … * … * …* …



 一緒にトレーニングをするようになってから、彼女がまた僕の家に遊びに来るようになった。

 僕らは友達になったのだ。彼女の目当ては僕というよりは、僕の持ってるエレキギターだったけど。


 彼女の弾くギターは魔法みたいで、僕にはとても弾けそうにない。でも、もっとうまくなりたくて、彼女に頼んだ。


「ねえ、合気道みたいにギターも教えてよ」


「何を教えてほしいが?」


「速弾きのコツとか」


 すると彼女はこう言ったのだった。


「んん? こう……パッと、サッと……。まぁ、弾いちょったらそのうち速く弾けるようになるぜよ」


 原田さんは合気道に関しては努力して強くなったのだろう。たぶん、だからこそ、他人に教えるのもうまい。自分が辿った道を僕にも辿らせ、僕に出来ないことがあっても、なぜ出来ないかをわかってくれる。自分にも身に覚えがあるからだろう。


 しかしギターに関しては天才だった。


 天才はいつの間にか出来るようになっているものなので、人に教えることは不得意なようだった。僕に出来ないことがあっても、『まばたきが出来ない』と言われてるように、なぜ出来ないのか不思議がるばかりだった。


 しかし彼女のギターは、どう聞いてもアコースティック・ギターの弾き方だ。エレキの弾き方をわかってない。チョーキングもパワーコードもまったく使わず、音を歪ませるとノイズが目立つ。


 つまりはこの魔法みたいなギターには、まだまだうまくなる余地があるということだ。僕は未来のスーパーギタリストのコーチになったみたいに心が躍った。


「チョーキングって難しいのぉ……。力が足らいで弦が持ち上がらん」


 そう言って、原田さんは人差し指一本で硬い弦を持ち上げようとしている。僕が出来ることを彼女が出来ないのを見ると、ちょっと得意になってしまった。彼女からギターを受け取ると、かっこよくチョーキングを披露した。


「こうやって、指を何本か添えて、複数の指で力を合わせて持ち上げるんだ」


 キュイ〜ンとかっこいい音を鳴らすと同時に、部屋のドアが開いた。


「おいヒデキ。ちょっと音がでかいぞ。下の診察室まで聞こえ……えっ?」


 兄貴だった。そういえば大学の夏休みが始まって帰ってきてるの忘れてた。僕と一緒に女の子が部屋にいるのを見ると、面白いものを見つけたように、はしゃぎ出した。


「何っ!? カノジョか? ついにおまえにも出来たのかっ? し、しかも……可愛い子じゃないかっ!」


「ち……、ちげーよ!」

 ムキになって否定してしまった。

「と、友達だよっ!」


「友達です」

 原田さんもそう言って、兄貴にぺこりと頭を下げた。冷めた表情が僕に同意していた。


「いやいや、おかしいだろ」

 兄貴はニヤニヤ顔で、僕らをどうしてもそういう関係にしたいようだ。

「友達って、異性どうしで男の部屋に二人っきりって……、ふつうありえないだろ。よかったなぁ、ヒデキ。そうか、おまえにもカノジョがなぁ……」


 兄貴は僕と似た顔をしていながら、僕と違って結構昔から女の子にモテた。僕と違って陽キャだし、何より高校の時にバンドでギターをやっていて、それが好評だったらしい。じつをいうと僕がギターを始めたのも、兄貴みたいになりたかったからだった。


「彼女、ギターがすごくうまいんだよ」

 僕は兄貴に言った。

「それで教えてもらってたんだ。兄貴なんかより百倍うまいぞ」


「へえ?」

 兄貴はニヤニヤ笑いを崩さず、言った。まだ僕と彼女が付き合っていると決めつけてるようだ。

「弾いてみてよ?」

 原田さんのほうを見ながら、そう言う。


「びっくりするなよ?」


 そう言いながら、絶対びっくりするぞと思いながら、原田さんにギターを渡す。あのジャズやクラシックの曲を、あの超絶技巧を見せつけてやってくれ。そう期待しながら、兄貴に負けないぐらいほどのニヤニヤ顔をした。


 原田さんがギターを、弾いた。僕が教えたばかりのことを試したかったのか、三本の指で、まだ修得してないチョーキングを一発、びょーんと下手くそにかました。


「やっぱりカノジョじゃねーか!」


 僕の言葉を『原田さんはギターがうまい』というのも含めてすべて嘘だと思ったようで、兄貴が猿のように拍手をはじめた。


「おいっ! うるさいぞ!」

 半開きになってた部屋の扉のところに立っている兄貴の後ろから、白衣姿の親父の長身が覗き込んだ。

「診察室まで聞こえてるぞ……っておい」

 親父の顔もニヤニヤになった。

「おいおいカノジョが出来たのか、ヒデキ? おいおいおい、可愛いじゃないか、可愛いじゃないか」



 こうして原田さんと僕は、僕の家族公認の仲という形にされてしまったのだった。


 はっきり言って、彼女に申し訳なかった。僕なんかのカノジョなんてことにされてしまって……。ごめんなさい。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ