この世界の害悪による戦い方講座
「では、お待ちかねの力とやらを紹介しよう」
口頭での契約を終えた後、『原初の災厄』さんはすぐに俺に戦う力を授けると言った。
だが、彼は剣やナイフなどの武器どころか杖さえ携帯していない。
もしかしたら隠している可能性もあるが、あの軽装と背丈の低さで剣などを誤魔化すことは出来ないだろう。
なにせ、呪力を用いてもそのまま能力として発現させるのは至難の技だ。
そんな芸当をこなせるとすれば、それこそ呪術師――つまりはキクキョウ家の人間に限定される。
そのため、『聖火隊』の兵士やフリーランスで『ゴースト』の討伐を行っている傭兵達は大体武器を媒介にして『ゴースト』を斃している。
だからこそ俺は、ナイフを使用しての戦闘術を身に着けていた。
しかし、俺は心のどこかで『原初の災厄』さんなら、もっと別の方法で戦う術を編み出しているのではと期待せずにはいられなかった。
呪力を用いての身体強化や、さらには呪力を炎として顕現させたあの手腕なら、『血濡れの剣』の古参兵と並ぶ実力だろう。
「そらよ」
そう不謹慎にも期待を膨らませていると、『原初の災厄』さんが懐から取り出したのは、仮面だった。
しかも、ただの仮面でなく防寒具に似ており、とにかく口元と首元が隠れるようなデザインである。
俺はこれを差し出された瞬間、目を丸くした。
「えっと……。これはリアムの呪力対策かなにかですか?」
「そんな訳があるか、戯け。これがなんなのか分からんのか?」
「ワカリマセン」
思わず現実についていけない俺は、脳内がショートしそうになりながら、なんとか言葉を返す。
はたしてこれは仮面と言うべきか、それともある種の防寒具か、それとも装飾品か……などと思考を巡らせていれば『原初の災厄』さんはようやくこれの詳細を話してくれる。
「見た通り、それは仮面だ。名前は……そうだな。『業火の仮面』とでも名付けようか」
と胸を張り気味に命名するのは自由だが、明らかに適当に名付けた名前がまさか霊的怠惰というのは些かどうなのだろうか?
なんにせよ、これを着ければいいのか――そう思って『業火の仮面』を着けようとしたそのときだった。
「待て、そいつの使い方やどうなるのかを聞け。と言うより、お前は何故そうも儂の言葉を信用出来る? 儂は人類の敵なのだぞ?」
「えっと、まぁ正直あなたは加虐的な部分はあると思いますし、悪趣味なところはありますが、決してそれは悪いことではないので……」
若干自身を疑えといわれた瞬間、実は既に内心既に疑っているなどと言えずに俺は本音を虚飾する。
申し訳なさはあるが、彼とは今後長い付き合いになるのだから、トラブルを起こさないように気を払うのは当然のことだ。
だが、彼は俺の言葉を額面通りに受け取ったのか、それともどうでもいいのか溜息1つだけで返事する。どこか「阿呆」と罵倒された気はしたが。
「……まぁいい、話を戻すぞ。それには儂の呪力が込められておる。ゆえにそれを装着すれば、お前は呪力の恩恵を得られるという訳だな」
「へ?」
思わず、棚から牡丹餅が落ちたかのような奇跡に思わず俺の胸は高鳴る。
しかし、本当かと疑問に思うのも事実で。いや待て。それ以上にこの人は何者なのかと脳内がパンクしそうになる。
そんな発明品など、それこそキクキョウ家辺りが生み出すような産物ゆえに思わず『業火の仮面』を物珍しく見てしまう。
「そして、『業火の仮面』を使用して呪力を行使した場合、お前は普通の呪力を用いて戦う者達と違う“法”に触れられる」
「“法”?」
ここで俺は、毎晩夢に見るあの現象——姉さんの皮を被った誰かが毎回口にする神の御業という単語を想起してしまう。
もしかしたら、博識であるこの人ならば神の御業とやらを知っているのではないかと、俺は思わず救いを求めるように口を滑らせた。
「その“法”というのは、神の御業……なんて名称だったりします?」
「はぁ? 神の御業? そんな訳なかろう、儂は神様の都合など知らん」
と取り付く島もなく呆気なくそう返されると、『原初の災厄』さんは1つ咳払いをした後にこう言葉を継ぐ。
「話を戻すが、呪力を用いて戦う場合は自身の人生などを対価に生まれ変わらなければならない。つまり、自身の呪力で自身を犯すのだ。これが“再誕”という法……と儂が勝手に名付けた」
勝手にかい……と思わずツッコミかけたが、この空気を壊す訳にもいかずに俺は言葉を呑み込む。
しかしこの“再誕”という法も酷だと思うが、その分何故戦えるだけの力になりうるのかもなんとなく合点がいく。
「でも、この『業火の仮面』を使った場合、“再誕”という法は使えないと?」
「使えんよ。そもそも、元は儂の呪力で能力を行使しているのだからな。むしろお前は犯される側だ」
「へ?」
「なにか問題でも?」
そう言い不機嫌そうに顔を顰めると、『原初の災厄』さんは俺の顔を覗き込む。
いや、正直待って欲しいと俺は切に願う。
何故なら俺は、絶賛青い春と言うか、そう言った大人の事情には敏感な年頃である。
そんな中、中性的かつ端正な顔立ちをした人にそんなことを言われれば、少しだけ喉に小骨が引っ掛かってしまう。
そして残酷なことに、『原初の災厄』さんは俺の不純で不埒な雑念に気付いてしまい、今にも吐きそうだと顔を歪める。
「……気持ち悪っ。まさか、お前はそっちの気があるとでも? 言っておくが、儂はないからな?」
「安心してください、俺にもありません。すみません、話の続きをお願いします」
そう早口で続きを促せば、『原初の災厄』さんは再度咳払いをした後に話を戻す。
「いっそ脳内お花畑なお前のために、先に能力の種を明かすか。『業火の仮面』を使って呪力を行使した場合、相手を汚染させることが出来る」
「汚染?」
「言ってしまえば、浸食だな。相手が呪力で攻撃し、お前が反撃したとしよう。すると、儂の呪力が相手を汚染して自壊衝動に陥る」
「つまり、カウンター攻撃……ですか?」
「応とも。だからこそ、呪力量が多い者や憎しみが強い者ほど自壊衝動に襲われて呆気なく死ぬ」
と『業火の仮面』によって行う呪力の行使を聞いた瞬間、俺は開いた口が塞がらないどころか、思わず顎が外れそうになった。
その性能もそうだが、なによりこれは難敵を――いや、リアムを討つのに最高の武器となる。
正に破格の性能。一瞬『原初の災厄』さんを疑うも、ここで彼が俺を騙してもなんのメリットもない。だからこそ、俺の答えは決まっていた。
「なら、使わせてもらいます」
「いや、だから待て。そいつを使う上でデメリットもあるんだぞ?」
「どのようなものでしょう?」
「至って単純だ」
瞬間、『原初の災厄』さんは不吉に嗤う。
自身は気づいていないだろうが、呵々と嗤い声が若干漏れている。この不吉な嗤い声を聞いた瞬間、俺の背中に嫌な汗が伝う。
「相手もまた精神を犯されるが、それはお前も同様だ。『業火の仮面』を使っている最中は、憎悪に引っ張られ、最悪自我を失う」
そしてこの一言で俺は先程『原初の災厄』さんが口にした言葉に繋がった。
――儂の呪力は全てを犯して闇に同化させてしまうゆえ、お前のような狂人でないと使えない。
――呑まれれば自我もなくなる。
確かにこれでは、適応出来る人間は限られてくるだろう。
だからこの人は最初から壊れている俺に目をつけたのかと知れば、本当に侮れない。
だが、これはきっと相応の対価だ。
触れれば相手を自壊させる必殺の刃。そんな業を得るのであれば、それぐらいの対価があってもおかしくない。なにより、これは俺にとってうってつけだ。
なにせ俺は、なにをしたところで他者に憎悪を抱けない。
さらには、我慢強さだけであれば右に並ぶ者はそういないだろう。
ただ、俺だけが耐えればいい。それはなんて理想だろうか。
ゆえに、俺はそのまま手に取った『業火の仮面』を装着する。
「あ」
すると、『原初の災厄』さんがしまったと声を漏らす。そして次の瞬間、肩を震わせる。
「あのー……どうしました?」
「だっっから、人の話を最後まで聞け、戯けが! 『業火の仮面』を1度装備してしまえば、お前の体は飲み食いが不要になるし、出来なくなるんだよ!」
「へぇ」
「『へぇ』で済むのか!? 確かに儂も食に娯楽はないが、酒と臓物だけにはうるさい自信はあるぞ! だと言うに、お前は人として重要なものを自ら嬉々として手放すとは……本当に手に負えんやつ……」
どこか頭痛を訴えるように項垂れる『原初の災厄』さんだが、これはこれで面白い。だが、この人の心配を跳ねのける訳にはいかないゆえ、俺はある事情を話す。
「すみません、わざわざ配慮いただいたのに。……けどいいんですよ、俺も飲み食いに娯楽はないので」
「はぁ? あんな上等そうな菓子を人に寄越しておいてか?」
「それはあくまで、他人に差し上げるものですから。俺自身、姉が亡くなって以降、なにを食べてもなにを飲んでも全く味を感じられないんです」
だからこそ、食事や水分摂取は本当に最低限しかしていないのだ。
姉さんが亡くなって3年、なんならパンとスープぐらいしか口にしていなかった気もする。
すると、『原初の災厄』さんは鬱陶しいと言わんばかりに顔を歪めた後、顔を思い切り横に振る。
そして一拍置いた後、俺に近づいて来てはそのまま俺の横を通り過ぎる。
「まぁ、これで説明は全て済んだ。とにかく着いて来い。戦うための最後の支度をするぞ」
「分かりました」
本音を言っていいのであれば、あの瞬間——姉さんの死を思い出した瞬間に俺の胸が少し痛んだ。
実の姉を失った哀しみ。そしてなにより姉さんに一生謝罪してもなお許されない罪が、俺の傷口から血を流し続ける。
止血の方法など知らず、ただ目を逸らしているだけの現実逃避。
今、心の傷へと目を向けた瞬間、俺はあの日の罪過を思い出した。
しかし、それもまた俺が背負うべきもの。だから他者から同情を得たくはない。
けれど、許されるのならいっそ泣き出してしまいたい――そんな泣き言を呑み込んで、俺は彼の小さな背中を追った。
どうもこんばんは、織坂一です。なんだか、ギャグとかで色々騒がしいですね。すみません。
前作(もとい本編)は滅茶苦茶シリアスに仕上がった挙句、リアム君にはこうして助けになってくれる人はいませんでした。
ですが今回は『原初の災厄』がこちら側にいるので、こういった2人の掛け合いも色々仕込んでいます。
にしても、ラインバレル君はアホの子すぎるし、お姉さんが亡くなったことによる対価がぁあああ……。
⚔9話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意下さい※)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3117093/