新たなる未来へ
そして俺は聖都・セイビアからこの『ファフニル』跡地へと移住し、この5年は『ファフニル』再建のための人員として真面目に働いてきた訳だ。
リンカさんの配慮によって、俺は『血濡れの剣』の残党に命を狙われることもなく穏やかに過ごしていたが、まだ俺達人間への問題は山積みであった。
その問題の1つが、孤児含め人口の増加による物資の困窮である。
他にも『血濡れの剣』の悪事が民衆に暴露されると、芋づる式にキクキョウ家も没落した。
さらに『ゴースト』駆除を生業としていた傭兵達が職を失い、さらに職を失った傭兵や兵士達は物資が困窮するこの状況で、貴重な物資を独占しては高値で売るなどの暴挙に出る者もいた。
そのせいで比較的平和であったこの土地でも、剣呑な空気が流れたし、近くにある村の人間が助けてくれと縋ってきたこともある。
ゆえに、俺に押し付けられた救世主と言う肩書きは。再度俺に苦難を与えることになった。
やれ村を襲う傭兵やら『血濡れの剣』の残党を排除して欲しいと頼みこまれるが、それも今では難しい話だ。
まだ“法”は健在とは言え、ここで寿命を削ってしまえばそれでこそ俺は数年と経たず人生を終えることだろう。
なにより、俺は救世主と言う座から降りて、ただの凡人として生きていくことをヘレ・ソフィアに誓った。
それに今は亡き仲間達やリアムが、また俺が戦いに身を投じることなんて望んじゃいないだろう。
しかし、多くの人の命が助かるならばと再び戦いに身を投じようとした矢先のことだった。
ある日、この土地にあるニュースが入って来る。
そのニュースと言うのが、非道極まりない所業をする者達がまとめて石化されたと言う話だった。
さらにそんな摩訶不思議な事態の他にも、異様とも言える事態は重なる。
物資で悩んでいた最中、別の大陸の人達が困窮した人達に物資を分けると言って、実際大陸を越えて食べ物などを送ってきたのだ。
理由は同情と、リアムを討ったことでこちら側も『マタ』の被害を受けなくなったからとのことだが、俺はこの事態に直面して、これらの奇跡を起こした人物をふと脳裏で思い返した。
「……いや、確かに改心したとは言え、さすがに仕事早くないですか?」
と、俺は天を仰いで、ある人物——ヘレ・ソフィアへと胸中をごちた。
まだ物資の供給だけであれば、ただの偶然だと思えただろう。だが、明らかに悪人達がまとめて石化されるなど、かつて味わった“法”を思い返して俺は身震いする。
今まで人を直接罰することなどしなかった彼だが、今度は繁栄だけでなく人を正すことも始めたとあれば性質が悪い。だが、それも人間を愛しているからこそのことだと俺はよく理解出来た。
ヘレ・ソフィアは天から人間の可能性を見守っているが、だからと言って彼らに全てを委ねるのはまだ早いと判断したのだろう。ましてや今地上では混乱が完全に治まっていない。
それこそ彼が人間にしたことへの贖いなのだと知れば、俺は自然と頬が緩んだ。
そして俺がこの土地に移って、3年が経った頃に狂獄の設備が始まって、『ファフニル』建設地と狂獄を繋ぐべく、狂獄に大きな橋まで建設された。
おかげで『ファフニル』の領地は、徐々に旧暦の頃の姿を取り戻しつつある。
なにより狂獄の先と繋ぐ橋が出来たことで、俺は今まで心残りだったことを叶えることが出来た。
その心残りも今や解決し、今も大事な日常の1つとなった。
そして今日この日俺はその場所へ向かわなければならないことを思い出して、急いで支度しては建設地を出る。
「すみません! 俺は3日程ここを空けますので、どうかみなさん穏便に!」
俺は何人かの建設地の人に見送られ、そのままある場所を目指す。
そのある場所と言うのがかの霊碑街。リアム達と激戦を繰り広げた場所である。
ここは俺にとって仲間と永遠の別れを告げた場所であり、弔いたい人達が眠る大切な場所であった。
翌日は仲間達の命日であり、俺は月命日には必ず霊碑街へと足を運んでいる。
俺は街を出てその橋を渡り、霊碑街へと足を運ぶ。およそここまで来るのに約1日費やした。
もう呪力や“法”を用いての身体強化はタブーとヘレ・ソフィアから無言の圧をかけられたため、俺は自力でここまで来なければならない。
そして霊碑街へと入れば、墓の入り口で赤い花々が俺を出迎えてくれる。
この赤い花達の品名はリコリス・ラジアータ。どこかの国では、彼岸花と呼ばれる花だとルシェラさんが前に教えてくれた。
ここにこの花を植えようと提案したのは俺であり、理由はなんとなく検討はつくだろう。
死者に捧げるべきは鎮魂の念。供えるは花と相場が決まっている。
俺はこの彼岸花の名前を聞き、実物を目にした瞬間に今やここで眠る仲間と友人へ供えてやりたいと思った。
少々無理難題なお願いだったが、中には賛同してくれた元『ゴースト』達も大勢いた。
俺は紅く彩られた入り口を抜け、転々と霊碑街を歩く。
まずはミシャの墓へと足を運んでは墓石を掃除し、花を添える。
続いてカナタの墓へ行き、次はカゲフミの墓へと足を運んで掃除といった作業を繰り返す。
「……ただいま、みんな」
そう俺は仲間達に告げるも、返事は当然ない。
もちろん、あの激戦を繰り広げた以上、霊碑街一帯にはなにも残らなかった。
だが、狂獄と『ファフニル』建設地を繋ぐ橋が出来てから俺はここに仲間達の墓を建てたいと思っていた。
無論、一般市民が墓を用意するのは難しいゆえ、そこはルシェラさんに相談したところ、知り合いの建設業者を紹介してくれた。
おかげで今までこの土地に腰を下ろして以降、溜めてきた貯金は全て使い果たしたが後悔は一切なかった。
むしろ無駄に持て余すよりもいいだろうと、俺はふと過去を追想してしまう。
その後も俺は仲間達の墓を周って、1人1人に近況報告を交わしていた。
大体ここに来れるのは月に1度程度だから、今だけは普段の忙しなさを忘れて彼らとの会話を楽しんでいる。
積もる話はあるし、なんだかんだあったとは言え今の俺の暮らしは充実していた。
もう、あの広い一軒家で下を向いて日々を送る俺はどこにもいない。
全てを清算し、現在はみんなへの贖罪中である。だからもうなにかを言い訳にして泣くことも許されないし、そんなことはしたくないとも思う。
「さて、最後はあいつと彼女の墓か」
カゲフミに色々と近況報告をして満足した俺は、後残す1つの墓へと向かう。
カナタとミシャの墓に比べれば、カゲフミの墓からあの場所は近い。十数分も歩けば、あいつと彼女の墓はすぐ傍まである。
『Mana』と名の刻まれた墓石の下には、2人が眠っている。
リアムとマナ――『ラジアータ』の主であり、この土地で1300年も生き続けた存在。
リアムの肉体は俺が受け持っているから、当然墓の下に彼の亡骸はない。
一応、この場所でリアムがずっと持っていたあの太刀だけは残っていたそうだが、あれがリアムの所有物だと明かされた瞬間に、ただの鉄屑へと変えられてしまった。
正しい処置と言えばそうだろう。なにせリアムがあの太刀を所持していた以上、リアムの呪力が込められている可能性がある。
であれば、また新たな災禍を喚ぶ元凶となりかねないため処分するのは当然。
ならば、それは俺が引き取りたいと言ったものの、そんなことはさせられないと言われて俺は何度抗議したことか。
俺はそんな現実を何度も拒否し、残酷だと糾弾したが、そんな中ルシェラさんに鳩尾を殴られたことで目を覚ました。
「いい加減目ェ覚ませや! 今までのこと全部を清算したってんなら、いつまでもネチネチと過去に固執してんじゃねぇ! そもそも、お前が守るべきものは……あいつらがアンタ生かしたのは、この先を強く生きて欲しい一心なんだよ! その願いを踏みにじるつもりか!?」
重い一発を食らったものの、彼女の言葉は正に真理だった。
最初は自身の悲願を叶えるべく、聖戦の内容を聞いてきたルシェラさんだが、彼女もただ自身の悲願のために俺の話を聞いていた訳じゃない。
俺があの短いながらも戦ってきた軌跡とは、誇るべきものなのだとルシェラさんは言った。
そして同時に2度と同じ過ちを犯さないための楔であり、死した仲間の尊厳と優しさを守るべきだと俺を諭したのだ。
彼女に仲間意識があるかどうか知らないが、戦いと死の本質を知っている彼女の言葉には重みがあった。
そんな経緯もあって、俺はこの墓の下になにもないと知っていても、憂うことはなくなった。
それどころか、今ではこんな話をしている。
「なぁ、リアム。お前の子供達が中々やんちゃで俺は困ってるよ。普段はいい子なんだけど、どこかお前に似てるっていうか……」
軽く愚痴を零すが、それでも俺は彼らの子供達の様子を訥々と語っていく。当然こんなことをしていれば、すぐに日が落ちてしまうのは自明である。
俺は急ぎつつ丁寧に墓掃除を終え、花を供えてこの場を後にした。
今日はこのまま近くの安宿に泊まって、半日しっかり休んだ後にまた街へと戻る。
正直、最後の連戦で負った傷は今も痛む。
幸い俺が感じる痛みなど、全身にある火傷痕だけだがヘレ・ソフィアに焼かれた痕は、今も聖痕のように残っていた。
今も見た目は戻らないし、あれからまだ1年も経たなかった頃は、この火傷の痛みと心の痛みに歯噛みして耐えていた。
この黒い髪と片方の灰色に染まった瞳を見るたび、リアムの最期を思い出す。
あの「ありがとう」と言う感謝を聞いたあの瞬間、本当は泣き出しそうだった。
さらには、俺に手を貸してくれて最後の最後まであいつは俺の傍にいてくれたのだ。それがどれだけ胸を熱くさせるのかなど、俺にしか分からない。
だからずっとこの熱さと感謝、僅かな悲しみに耽っている訳にもいかないだろう。
それもあって、俺はリアムに対してヘレ・ソフィアを斃すと言ったのだから。
「……罪過と傷はもう俺を逃がさない、俺へ告げる真実はいつだって冷酷無惨なものなり」
俺の救世の“法”の一節を呟いては、傷と肉刺だらけの手のひらを見る。
今や碌に戦えもしないが、それでも断罪者から抜け出したときの覚悟は今も胸にある。
だからそれに恥じないように、今度こそ仲間やリアムの尊厳を貶さぬようにと心を落ち着かせる。
「だから曇りなき無謬の蒼穹だけは俺を照らしてくれ、もう逃避げる道は閉ざされている」
今も俺の心を奮い立たせる魔法の呪文は、いつ聞いても心強い。
季節の変わり目ゆえに少々全身が痛むが、なんとか痛みを堪えて宿屋へと向かう途中のことだった。
宿屋の曲がり角を曲がった途中、俺は小さな子供とぶつかった。
「あ、ごめん」
「——っ」
視線を下へとやれば、目に映ったのは雪のような淡い銀髪。
そして子供が顔を上げた瞬間に、俺は俺とよく似た蒼瞳と視線が合った。
「君……」
「おーい、いつまで泣いてんだよ。いい加減置いてくぞ!」
「ちょ……っ、待ってよ! お兄さん、ぶつかってごめんなさい!」
「待って!」
そう言い残して走り去る少年の後を追えば、曲がり角の先で黒髪の少年と赤い髪の少女が少年のことを待っていた。
不意に伸ばした俺の腕を、彼らは取ることもないまま走り去って行く。たった1人、俺だけを置き去りにして。
しばらく俺は硬直して、気づいた頃にはあの3人は既に路地の向こう側に消えていた。そして俺は我に返る。
「……そうだよな。それがお前の願いで、俺は生きるって決めたんだ」
だから、例えあの子達が仮に彼らだったとしても、もうこの手は伸ばさない。
「過去は過去。未来へ進むっていう約束も守らなきゃ、また人間が憐れまれるしな」
そう、三者の未来の幸福を願って俺はこの先も生きていく。
これにて『マナイズム・レクイエム ~Allrgory Massiah~』は終了となります。
色々語りたいことは活動報告でまとめているので、ここでは省かせていただきます。
そもそも、この『マナイズム・レクイエム』シリーズは突発的に始まったものであり、多くの方に支えられて出来た物語でした。
外伝である『ゲヘナ・ハーモナイズ』同様、今作も勢いで執筆しましたが、一時期長期間の間スランプに陥ってしまったため、完結出来るかも不安だったときもありました。
ですが、読者の皆様やお世話になっている方々の支えもあって、なんとかここまで辿り着けた感じです。本当に感謝でいっぱいです。
ちなみに活動報告やくるっぷの方では既に明かしていますが、なんとマナレクシリーズ第4作目をただいま執筆中であり、今後公開予定です。
なので、また新シリーズにてお会いしましょう!
⚔81話の内容解説(活動報告)はこちらになります↓(※多々ネタバレが含まれるので、本編一読後に閲覧することをおすすめします)
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