『正しき人間』の覚悟
内容に一部不備があったので、修正させていただきました。申し訳ありません。
「……よし、それでは洗礼を行うぞ。まぁ洗礼と言っても単なる心の準備だ。お前自身には戦う力はまだ備わっていないからな」
少しばかり騒ぎもあったが、俺達2人はなんとかアガーペの塔にある訓練場へ侵入した。
そして数メートルの間を空けて、『原初の災厄』さんと俺は向かい合う。
だが、戦う力と言う単語が出た瞬間俺は心が痛んだ。
なにせ俺は散々『聖火隊』から煙たがられていたし、昨日の『原初の災厄』さんの体捌きなど見てしまえば彼を妬むことしか出来ない。
ゆえに情けなくも、そんな俺の口から出る言葉など精々素っ気ない返しだけである。
「なら率直に聞きますけど、どうやってリアムという男に勝つ力を得るんですか?」
そう、その力こそ未だ俺には見えてこない。
風の噂では『ゴースト』には物理攻撃は効くと聞いたが、呪力を纏わなければ致命傷を負わすことが出来ないと聞いたことがある。
その理論に則るのであれば、俺は『ゴースト』すら満足に倒せない。
だと言うのに、彼らの祖と呼ばれる存在をどう斃せというのか。
「それとも、あなたがリアムを討つと?」
それが最も効率のいい手段だと俺が返せば、『原初の災厄』さんは舌打ちをして、一瞬だけ俺から目を逸らした。
グシャグシャと濃紺色の髪を掻いた後、吐き捨てるように俺へこう言った。
「先日言っただろうが、虚けが。今の儂では『ゴースト』の上位個体を殺すので精一杯……奴を殺すなど夢のまた夢だ」
「なら、呪力さえ扱えない俺なら余計無理な話じゃないですか」
「そうだがな。しかし、方法はある。……だが、その前にどうしても気になって仕方ない。お前のその矛盾が」
「矛盾?」
『原初の災厄』さんは視線だけで、俺にこう訴える。
そう、お前は最初から壊れていると。
先日俺を見送った司祭様と同じような目をしていて、俺は思わず目を逸らしそうになるが、瞬間『原初の災厄』さんから注意が飛んできた。
「ここで目を逸らすなよ、戯け。儂はな、お前に一目置いているし、戦う術ならばくれてやれる。しかし、それには少しばかり覚悟を問わねばな」
「覚悟?」
「率直に聞くぞ、小僧。お前は力を与えられれば、リアムと戦えるか?」
「それは……」
『ゴースト』よりも遥かに上位の存在。また『血濡れの剣』が未だ討てない難敵――それを力が与えられれば倒せるか。
その問いは、あまりに単純で不明瞭であった。
なにせ倒せるかどうかは覚悟もそうだが、確率論も捨ててはならない。
いかに覚悟があったとしても、それはそれ。
だが覚悟だけの話だけで問うならば、答えはこうだ。
「はい、必ずリアムを討ちます。最悪俺自身を犠牲にしても……必ず」
しかし『原初の災厄』さんが聞きたいことは、そうではないようだった。
彼は俺をじっと見つめ、「そんなことは知っている」と視線だけで返してくる。
で、あるなら彼は俺になにを問うのか。
その疑問は、溜息と同時に吐き出される。
「まぁそうであろうな、そうでなければ話にならん。……だが、儂が聞きたいのはそこではない。お前も気づいておるだろう?」
翡翠色の瞳が細められた瞬間、俺は反射的に息を呑む。
「力を持ってお前がどう思うか、だよ。言っておくがな、この世で戦う術は繊細であり、感情1つで狂ってしまう。だからこそ力を持った上でどう思うかは案外重要なのだ」
『原初の災厄』さんの今の言葉は、一見無駄なように見えて彼の言う通り忘れてはならない重要な前提だ。
この世で戦う術の大半は呪力で補うしかなく、呪力もまた扱いにおいては慎重にならなければならない。
例えば、今まで世界を死ぬほど恨んでいた人間が、たった幸せの1つの幸せを手にしてしまったとしよう。
そんなことが起これば、憎しみは喜びや慈愛に犯されて黒は白へと反転する。
そうなってしまえば、もう呪力を使うのは困難になる。だからこそ、力を持った後の自身の気持ちとは戦う前提に等しい。それを踏まえた上で『原初の災厄』さんはこう語る。
「その上で、お前の抱える矛盾は爆弾にも等しい。整合性がなければお前は力を持った瞬間、即座に死ぬんだよ。そんな馬鹿げた茶番に時間を割きたくもないしな」
「なら、その矛盾とはなんなのかをはっきり口にしてくれませんか? 目聡いあなたがそう言うのだから、俺には一生かかってもそれに気づけないと言いたいんでしょう?」
「然り」
ゆえに、繰り返しになるが――そう『原初の災厄』さんは言葉を継ぐ。
「お前は狂ってるよ。何故力が欲しいというのに、いざ力が手に入ると知って逃げようとする? ……いや、なぜこんな状況で潔白でいられる? お前はただの死にたがりか?」
「え?」
そっちか? ——と、俺のある側面は『原初の災厄』さんの言葉にそう返す。
しかし、俺は今自身の側面が返した問いの真意が理解出来ない。
いや、理解などしなくていいと俺のある側面は俺を諭す。
俺はそうやって自身の整合性を保ちながら、『原初の災厄』さんの問いかけをよく噛みしめる。
力が欲しいと言うのに、何故手に入ると分かれば逃げようとするだって?
そんなのは、至極簡単じゃないか。
「……そんなのは、決して『正しき人間』の在り方じゃない」
「はぁ? 『正しき人間』? なんだそれは」
俺の答えを聞いた瞬間、『原初の災厄』さんは呆れたように口を開ける。そして、大きな溜息を1つ吐く。
「その、なんだ? 『正しき人間』とは要はズルをしないとかそう言った阿呆のことか?」
「まぁ、そうですね……。ズルってやっぱ良くありませんし、戦うのであればそもそも経験というかナイフの振り方1つや体捌きは知っておかないと話にならないでしょうに」
続いた俺の言葉に、『原初の災厄』さんはより深く長い溜息を吐く。
「あー、もう分かったもういい。お前は潔白じゃなくて潔癖だ。だが親切心で言わせてもらうが、そんな甘い認識じゃリアムを討てん」
「え?」
「奴はな、何もかも等しく喰らう悪食だ。力を与えられれば調子に乗り、そのまま他者を喰いに喰い潰して前へ進む。結局な話な、人間とは結局そんな慙愧に堪えない輩が1番強いのだ」
「そんなの……」
俺は思わず拳を強く握る。
ギチギチと、自身の爪で自身の手のひらの肉を刺すように。
そう、そんなものは。
「総じて悪だ。否定はしないけれど、そんなことはあってはいけないんだ。何故なら――」
そうしたほんの少しのエゴが、人間の輪を乱していくからだ。
決して俺は、ズルをすることを否定したいんじゃない。俺がしたいのは、自分は決してそんなもので怠ける訳にはいかないという自身の覚悟の現れだ。
「力に呑まれるのが嫌だと? ……いや、そうではないな」
と、また『原初の災厄』さんと俺の間で話の食い違いが出てくる。
しかし『原初の災厄』さんはその食い違いにいち早く気づき、こう訂正してくれた。
「なぁるほど。お前はそうやって、『正しき人間』である自身に酔いたい訳か。……ああ、反論はするなよ? そこはどう言い合っても個人の主観でしかないからな」
先に釘を刺されたため、俺は口にしそうになった否定をなんとか飲み下す。
「しかし、お前は努力以前の問題だろうに。いくら体捌きや戦闘術に慣れたとして、結局全ては呪力で事が済むこの世界だ。お前のしていることは手元に武器があるというのに、大敵を針で攻撃するようなものだ」
そう諭す『原初の災厄』さんの言葉は呆れではなく、それ以上に制止の意味が強く感じ取れた。
もう、いいと。
お前は決して悪くはないし、だからこそ他者に頼るべきなのだと。
今彼が出した例こそ的確で、俺には戦う力があると知りながら、それを受け取らずに針で敵を攻撃しているようなものだ。
それでもなお、俺ままだ倫理観や正しくないかそうでないかと言う一点にしがみつく。
「でもっ……!」
「ああもう、うるさいな。でもでもだってじゃないんだよ、阿呆が。はっきり言うが、お前は特殊だ。だからこそ儂が授ける能力に適応できるし、逆に普通の努力じゃいつまで経っても結果は出ないし、正攻法じゃお前の器が持たない」
「なんだって?」
儂が授ける能力――はたしてそれは如何なる技法だろうか。俺はその単語を聞いた瞬間、また幼きあの日のように暴いてはいけないものを暴こうとする。
しかし、なんとか誘惑を呑み込むが、そんな懊悩を『原初の災厄』さんが構うはずもなく。
「儂の生み出した能力とはな、儂の呪力をそのまま他者に呑ませてそれを放出させる方法よ。今の儂が出来ることは少なく、さらには呪力も奴に持っていかれたまま……だが、ピタリと嵌れば、そんな量の問題は一切関係なくなる」
「それに適応してるのが……俺ですか?」
「ああ。正直、儂の最終目標はリアムを殺すことゆえな、だからこそもう何世紀も適応者を探したが、どいつもこいつも駄目だった」
「じゃあ、なんで俺が選ばれたんです?」
「そんなのは簡単だ、お前はあのとき、あのヴァンタールを庇ったであろう? なにより、お前は自分が悪いとまで自身を責めた。儂の呪力は全てを犯して闇に同化させてしまうゆえ、お前のような狂人でないと使えない。呑まれれば自我もなくなるしな」
「そんなこと……」
俺に耐えきれるのかと口に出そうとした瞬間、『原初の災厄』さんは俺の迷いを遮る。
「出来るんだよ。だがさっきの矛盾がいつしかお前を儂と同化しようものなら、それこそ儂は無駄に力を使い潰されるだけ……だが、面白い」
「え?」
そう俺が呆気に取られると、『原初の災厄』さんはあのときのように笑みを深める。
「受け入れろ、それこそお前が唯一勝利を勝ち取れる方法だ。それともどうする? 同じことをただ延々と繰り返して、寿命を無駄に潰すか?」
正にこれは悪魔の契約だと、俺は思う。
確かにこんなことは正しくない、『正しき人間』でありたいのならば即刻辞めるべきだ。
しかし、この手を取らなければ俺はただ寿命を食い潰して、なにも出来ずに死んでいくだけ。
もはや、自分が非力なのは痛いほど分かっている。
でも、それでも本当に願いを叶えたいのなら。
姉さんと両親の仇を討つ――いいや、そうじゃない。そもそもリアムという存在や『ゴースト』と言う災厄自体がいなければいい話なのだ。
今目の前にいる『原初の災厄』が差し出すのは、悪を討つための唯一の断罪刃。
例え自身の精神を食い潰す可能性があるからといって、そんなことは左程問題ではない。
問題なのは、これを手に取って後悔するかしないかのどちらだけ。
所詮戦うのはどちらでも同じだし、力を手にする上での対価としてはどちらもそう変わらないだろう。
「さぁ」
『原初の災厄』は俺を誘惑する。さぁ、自分の手を取れと。
俺は俯き、目を思い切り瞑るが、これで覚悟は出来た。
道を踏み外してしまった後悔については、一生抱えて苦しめばいい。
それ以上に、ここで勝機を逃してしまえばそれこそ俺は一生後悔するのだから。
そうして、『原初の災厄』と俺の契約はここに成立した。
洗礼が暴力的なものではない――ッ!? どうも、織坂一です。
少々長くなりましたが、これで『正しき人間』とは如何なる存在なのか論争は終了になります。
まぁ、一言で『正しき人間』を表すなら、「ズルをせず、人の輪を乱さない秩序を持つ人間」といった感じです。さらに人として最低限の思いやりや優しさ、礼儀は持ち合わせようねって感じなのですが、結構ややこしいな。
とにかくこのややこしさを解消できない不甲斐なさと力量のなさに恥じるばかりですね……。
次回!やっと!ラインバレル君が戦う為の力を得ます!
【追記】
先日、内容に一部不備があったので修正しました。
かの侵入の部分と核爆弾のスイッチの流れですね。
このマナレクAMの世界ではまだギリ銃が伝わったぐらいの文明レベルなので、どれだけ人類の文明が発達してるかというと、マナレク本編(旧暦)より少し後ぐらいです。
なので、汽車もなければ生活家電などもありません。そりゃあ銃という存在も市政には流れていないものですから。
今後、このような不備がないようハチマキ締めて頑張ります。
⚔8話の内容解説(活動報告)はこちらになります!↓(※多々ネタバレが含まれますのでご注意下さい※)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3116729/